生成AIで「ブラック・ジャック」新作を AIの創造性 どこまで?

漫画家・手塚治虫さんの代表作の1つ「ブラック・ジャック」。生成AIを使って、新作を生み出そうというプロジェクトが始まりました。急速に進化するAIは、どこまで人間の創造性に迫れるのでしょうか。

生成AIを使った「ブラック・ジャック」とは?

こちらが、12日に公開されたサンプル画像です。
ブラック・ジャックがスマートフォンを操作していたり、助手でパートナーのピノコがノートパソコンを触っています。これらは、生成AIを使って描かれました。

プロジェクト総監督は手塚治虫氏の長男

東京・港区の慶應義塾大学で行われたプロジェクトの報告会には、手塚治虫さんの長男でプロジェクトの総監督の眞さんや、プロジェクトの総合プロデューサーで人工知能が専門の慶應義塾大学の栗原聡教授らが出席しました。

報告会ではプロジェクト名「TEZUKA2023」が公表され、「ブラック・ジャック」の完全新作を生成AIを使って制作することが発表されました。

このプロジェクトは単に生成AIを使って新作に挑むだけでなく、「人間の創造性やおもしろさにAIがどこまで迫ることができるのか」といった研究も主なねらいだとしています。

新作は2つのAIを使って

「ブラック・ジャック」の新作は2つの生成AIを使って、人間と「協同」で制作することになっています。

漫画の制作に携わる人間のクリエーターらが、テキスト生成AIの「GPTー4」に指示し、おおまかなストーリーを作成させます。

キャラクターの顔とコマは、画像生成AIの「Stable Diffusion」に指示し、同じように作成させます。
その上で、アイデアを相談したりしながら、制作を深めていく予定だということです。

GPTー4には、ブラック・ジャックの物語の構造、登場人物、世界観、テーマといった「作風」を取り込んだ指示文をうちこんで、ストーリーのプロットなどを作成をさせると言うことです。

また画像生成AIには手塚さんのほかの作品も含めて、キャラクターの表情や背景、筆遣いなど、手塚さんの画風を学習させているということです。
12日の報告会では、実際に生成AIを使ったデモンストレーションが行われ、眞さんが「離島、コロナ」などとと入力すると、離島でコロナウイルスに感染した子どもを救うためにブラック・ジャックが地元の祈祷師と協力するといったストーリーが生成されました。
プロジェクト総監督の手塚眞さん
「手塚治虫は必ずしも明るい未来社会だけでなく問題点、危機的な状況も感じ取った上で作品を発表してきた。私たちはそうした漫画から未来について学んだことも多いと思う。このプロジェクトのハードルは高く、心の中では半分無理かもと思っているが、挑戦することは重要なことで、手塚治虫も漫画という表現でさまざまなことに挑戦してきた。AIは人間に取って代わるのではなく、創作をサポートすることでさらに人間の創造性を広げると期待している」

「ブラック・ジャック」 連載開始から50年

「ブラック・ジャック」は1973年に「週刊少年チャンピオン」で連載が始まり、10年にわたって全242話が掲載されました。

医師の免許を持たない、いわゆる「もぐり」の天才外科医、ブラック・ジャックを主人公とした、「生命」と「医療」をテーマにした作品で、日本のみならず世界中で愛読されています。

社会問題や倫理的な問題にも切り込み、医療の限界や尊厳死、臓器移植などをテーマにした回もあり、命とは何か、生きることとは何かを、深く考えさせることも魅力の1つです。
手塚プロダクションによりますと、生成AIで制作するブラック・ジャックの新作はことし秋に、秋田書店から出版される「週刊少年チャンピオン」で掲載される予定です。

どこまで「ブラック・ジャック」らしさに迫れるか

AIを使ったブラック・ジャックの制作をめぐる難しさの1つは、どこまで「ブラック・ジャック」らしさに迫れるかということです。

今回、AIは物語のプロットやキャラクターなどのアイデアを示してくれますが、実際の漫画のコマ割りやセリフなどは、人間の「クリエーター」がAIのアイデアを生かしながら制作する予定です。

ブラック・ジャックらしい、手塚治虫らしい漫画にどれだけ近づけるかは、AIに実際にどのような指示を出せば、人間側が、そのアイデアを生かしやすい答えを返してくれるのか、AIに対して的確な指示を与えることができるのかが重要なカギになります。

今後、クリエーターたちがAIと「協同作業」を進める中で、その課題が見えてくるとしています。

生成AI開発のCEO 大学生と交流

こうした生成AIの1つChatGPTを開発した、アメリカのベンチャー企業「オープンAI」のCEO サム・アルトマン氏が、慶應義塾大学で開かれた交流会参加し、学生らおよそ700人と交流しました。
壇上に立ったアルトマン氏は、学生からの質問に次々と答えていきました。

AIによる5年後、10年後の将来について質問されたのに対し、アルトマン氏は「一部の仕事はなくなる一方、よりよい生活にもなるその両面があると思う。仕事の定義が変わり、プロンプトエンジニア=AIへの命令を担う技術者という新しい仕事が生まれている」と述べました。

一方、ChatGPTなど文章や画像を自動で作成する生成AIのリスクについては、「責任を感じている。多くの人と協力してより安全なものを作っていきたい。どのような取り組みが必要か、世界の人と連携して議論していきたい」と述べました。

“君たちはラッキーな世代”

そして最後に学生たちに向けて「AIにできるだけなじんでもらいたい。君たちはラッキーな世代であり心配する必要はなく、AIを使って生産することを考えてもらいたい」と呼びかけました。

参加した学生は「情報をまとめたりする際にChatGPTを使っていますが、すごく便利な一方で、情報の正しさに懸念もあり、もろ刃の剣だと思う。パソコンもインターネットもなかった父の世代と比べて、いまは恵まれています」と話していました。

別の学生は「AIはとてもよい技術だと思いますが、例えば貧困などに悪い影響を与えるかもしれない。AIを使って医療や教育を安く、無料にできるよう勉強したい」と話していました。

ChatGPT 学生の利用が目立つという調査も

さまざまな分野で活用が広がっている生成AIですが、学生の間での利用が増えているという調査もあります。

野村総合研究所が、職業ごとにChatGPTの利用率を聞いた調査では「大学・大学院・専門学校生」が21.6%で、最も多くなっています。

安易な利用には警鐘も

こうした中、全国の国立大学でつくる国立大学協会は、先月29日に生成AIの利活用についてのコメントを公表しました。

「負の側面を克服しつつ、積極的に活用を試みるべき」とする一方、「現時点ではプライバシー侵害や機密情報の漏えいなどへの懸念があり、社会においても制度やルールが未整備である」としました。

その上で留意すべき点として、レポートや論文などで安易に利用されないような学内のルールづくりや、生成AIが抱える各種の課題解決に向けた研究の推進などを挙げています。
筑波大学の学長で国立大学協会の永田恭介会長は12日の会見で、こうした見解について「現在の問題点を挙げたが、半年もたつと書いたことが陳腐になるぐらいのスピードでAIが進化している。利活用を抑える方向ではなく、課題も科学技術で直す心意気で活用を進めていただきたい」と話していました。

生成AIをめぐるさまざまな課題

生成AIをめぐっては、さまざまな課題が指摘されています。

ChatGPTなどの対話型のAIについては、回答に間違った情報が含まれている可能性があります。

AIの学習データが十分でない、または偏っていることなどがあるほか、AIがテキストを生成する仕組みが、ある単語の次に用いられる可能性が確率的に最も高い単語を出力するものであるため、知らないことでもまるで知っているかのように答えることがあるのです。

また、画像を生成するAIでは、生成された画像が、既存の著作物と類似するなど、著作権を侵害する可能性があります。

アメリカでは「自分の作品を許可なくAIの学習に使われ、似た作品を作られた」などとして、AIの運営会社を相手に集団訴訟を起こす動きも出ています。

日本の著作権法では、学習用のデータとして著作物を収集・複製し、学習用データセットを作成することを原則として認めていますが、必要と認められる限度を超える場合や、著作権者の利益を不当に害することになる場合を除くとしています。

こうした中、クリエーターを対象に業界団体が行ったアンケート調査では「どのような行為が侵害に当たるのか線引きがあいまいだ」とする指摘が相次ぎ、公表した漫画がAIが学習するデータとして勝手に使われていたとか、自作のイラストを使って生成された画像が無断で販売されているなどと、訴える声が寄せられています。

また生成AIに入力したデータが秘匿性の高い情報などだった場合に流出を懸念する声も上がっています。

さらに生成AIが、フェイクニュースの生成やサイバー犯罪に悪用されるおそれも指摘されています。

去年9月には、台風15号による豪雨で静岡県で水害が起きた際に、洪水の画像だとして、AIで作った偽画像がツイッターに投稿されました。

また、生成AIはコンテンツを簡単に大量に生成できるほか、文章の要約や翻訳、アイデア出しなどにも活用でき、大幅な仕事の効率化につながるため、仕事が奪われるのではないかといった懸念の声も上がっています。

アメリカではAIを使った短編映画などが製作され、映画業界で働く人たちなどが反発し、ストライキを行う事態となっています。