マイナンバー公金受取口座 いま何が起きている?

マイナンバー公金受取口座 いま何が起きている?
マイナンバーの公金受取口座をめぐる一連の問題。こうしたトラブルやミスがまさか起きるとは…。一連の取材を通じた率直な実感です。今回明らかになった実態は、個人の情報を安全に管理しなければならないマイナンバー制度の根幹を揺るがしかねません。自治体の中には、自主的に口座の利用を停止するところも出てきています。公金受取口座をめぐって今起きていること、これからどうなっていくのか、取材しました。(経済部記者 名越大耕/名古屋放送局記者 玉田佳)

デジタル庁“人為的ミス”と“登録者による意図的な操作”

今回のトラブルやミスの原因についてデジタル庁は一環してシステムの異常ではないと説明しています。
それらを原因として実際に明らかになったトラブルやミスは、
○無関係な別の人の口座が登録されるミス 748件

○家族名義と見られる口座の登録 およそ13万件
この膨大な数を目の当たりにすると、デジタル庁が説明する2つの原因を生み出したさらに“別の大きな原因”があるのではと感じます。

“当初から想定されていた” 家族名義の口座の登録

デジタル庁のある関係者は取材に対して、家族名義の口座が登録されるという“登録者による意図的な操作”は当初から想定されていたことを認めていました。

現在広く支給されている児童手当などの給付金は、その多くが世帯主である親の口座に支給されています。金融機関で乳幼児などの子どもの口座を作ることはできますが、本人名義の口座しか公金受取口座では認められていないことへの理解や周知が不足していれば、親の名義の口座を登録してしまうケースは容易に想定できます。

公金受取口座を登録する手続きの際に、システム上でそれを拒否する仕組みがない状態であることも当然、デジタル庁は認識していたはずです。

遅れた公表 デジタル庁の対応は

デジタル庁が一連のトラブルやミスを最初に公表したのは5月23日の河野デジタル大臣の記者会見です。
しかし、それよりもはるか以前、ことし2月の段階でこの事態を把握していたことが明らかになりました。
2月の時点で問題を把握しながらなぜ公表せずに対策もしなかったのか、河野デジタル大臣はみずからが把握したのは5月に入ってからだとしたうえで、デジタル庁幹部にも報告が上がらず、公表が遅れ、対応もできなかったと説明しています。組織内での報告や情報共有のあり方が問われています。

大分市では2022年の段階で、誤って別の人のマイナンバーに口座が登録されるトラブルが確認されていました。
当時、足立市長はデジタル庁に報告した際に、「属人的なミスなので公表しない」という返答があったことを明らかにしていました。

デジタル庁は現在、「本人以外の口座を登録しないように」周知の徹底を行うことを繰り返し強調していますが、大分市からの報告があった段階で対策を進めていれば、ここまで事態は大きくはならなかったのではないかと感じざるをえません。

デジタル庁と自治体の“温度差”

そうしたデジタル庁の対応に敏感に反応し、いち早く動いた自治体があります。

神奈川県平塚市は、非課税世帯などを対象にした物価高騰対策の給付金の支給でマイナンバーの公金受取口座を利用することを取りやめる決定をしました。

全国の自治体の間で先駆けて明らかになりましたが、その理由は多くの自治体に共通しそうです。
この給付金を担当する福祉総務課は、2022年11月に初めて公金受取口座を利用した際には、住民基本台帳にある申請者の氏名と、マイナンバーにひも付いた公金受取口座の名義が一致していることを1件ずつ確認。誤った給付が起こらないようチェック体制を整えた結果、誤った給付もありませんでした。

しかし、今回の問題を受けて、7月以降に予定している給付では、口座の利用を行わないことを決めました。

担当者にその理由を取材すると、市民の不安な感情に配慮したと答えました。
脇田 課長代理
「エラー自体は今までのチェック体制で十分防げると認識していますが、13万人も確認されているという情報があり、市民も非常に不安に思っていると思う。そこに配慮して、効率性以上に安全性を配慮する方針に改めました」
この給付については従来どおり、対象の世帯に通知書を郵送したうえで、振り込み先の金融機関の口座に変更がないかの確認や、新たに口座を登録する場合は名義や口座番号などを用紙に記入したうえで返信をしてもらう手続きを取ることにしています。そのうえで、その内容と住民基本台帳にある申請者の氏名との照合作業を行うことにしています。

7月から予定される給付金は、およそ2万7000世帯を対象に支給される見通しで、現在は通知書の内容を変更する作業に追われているということです。
脇田 課長代理
「方針変更によって、多少事務が後戻りするところはありますが、やむをえないものと受け止めています。早く制度が安定的なものになり、真の意味で利便性の高いものになることがのぞましいと思います」

市民の声に敏感に対応した

平塚市が公金受取口座の利用の停止を決めたのは、市民との距離が近い自治体だからだと感じます。

平塚市は、給付金などの迅速な支給のほか、職員が手書きの口座情報を入力するといった事務作業の省力化を目的に、一部の部署で公金受取口座を利用してきました。

問題が発覚して以降は、口座を登録した人にポイントを付与する「マイナポイント」の申請に訪れた市民の間で口座のひも付けを控える動きも見られるということです。
岡崎 課長
「実際、不安で口座の登録を待とうという人がでているのは事実です。本人の口座でなくとも登録できてしまうというところについて、かなり市民に心配をかけているのではないかと思います」
マイナンバーの公金受取口座の制度によって自治体は業務の効率化に大きな期待を寄せていました。

デジタル化の本来の目的が達成されることを望んでいます。
岡崎 課長
「起きたことは起きたことで、国には丁寧な説明をいただきたい。どうしても起きてしまう人的なミスをデジタルで補おうというのがデジタル化なので、なるべくミスを防げる仕組みを作ってもらいたいです」
デジタル庁に報告をしながら、具体的な対策につながらなかった大分市や北九州市のケースも思い起こすと、デジタル庁と自治体の間に大きな温度差があると言えます。

平塚市と同様の動きが自治体の間で広がれば、行政サービスのデジタル化推進というマイナンバー制度の目的の根幹が揺らぎかねません。

システム改修には最長2年も

一連の問題の発覚後、河野デジタル大臣は「口座の名義とマイナンバーの氏名をふりがなで照合することができないことが根本的な原因」と説明しています。
実際、金融機関の口座の名義はふりがなで管理され、マイナンバーの氏名は漢字で管理されているため、その説明は正しいものです。

ただ、システムとして照合ができないからトラブルやミスは避けることはできないということであれば、それだけでは対応が十分だとは言えません。

デジタル庁は6月に成立したマイナンバー関連法の改正によって戸籍にふりがながつくことになるため、ふりがなどうしの照合ができるようにシステムの改修を行うとしています。

ただ、この関連法の施行は2025年6月までに行われることになっています。実際の施行がいつ行われるのかは決まっていませんが、最長で2年かかるとなれば、まだしばらく時間がかかることになります。

このためデジタル庁は、AIを活用して漢字から推測したふりがなと照合させようという新たなシステムを年内をめどに開発し、それまでの間に導入することにしていますが、正確な照合にはならないことから、どこまで効果があるのかは未知数です。

さらなる防止策は本当に難しいのか?

デジタル庁は本人名義の口座しか公金受取口座には登録できないことや、家族名義の口座から本人の口座に再登録の手続きをすることなど、周知の徹底を行うとしています。
その一方で、マイナンバーカードの普及を進めるために、マイナポイントは、ことし9月末まで受け付けられることになっています。このため今後も、家族名義の口座を登録しようとする人が出てくる可能性も十分考えられます。

このうち周知の取り組みについては、これまで、デジタル庁のホームページやマイナポータルで周知してきたとしていますが、「一人一口座」などわかりにくい表現でした。
「乳幼児でも本人の口座が必要」「他人名義の口座では給付金を受け取れない」などと明確には書かれていません。

また、システム上の工夫の余地もありそうです。マイナポータルで口座を登録する際、画面にポップアップされる形式で、「登録は本人口座に限ります」「家族名義の口座の場合、給付金を受け取れない」などと新たに表示させることもできそうです。

この表示の内容を確認してチェック済みの操作を行い、みずから表示を消す作業をしなければ登録手続きには進めない仕組みにすることもできるのではないでしょうか。

取材後記

マイナンバー制度のように、これまでなかった新しいシステムを導入する際に、その過程でトラブルやミスが起こりうることは、システムの構築や導入に関わる関係者の間では常識とされています。

“人為的ミス”と“登録者による意図的な操作”が起こることを前提にシステムの構築や周知活動を進めていかなければ、結局、国民の不信感や不安感を助長することにつながります。

今回の一連の問題が発覚した過程で、自治体からの報告が事実上放置されていたことや、考えられる想定がありながらその対策を十分に取ってこなかったことが明らかになりました。

今できる対策が本当にこれで十分なのか、当事者には十分な自己検証を期待しています。
経済部記者
名越大耕
2017年入局
福岡放送局を経て現所属
名古屋放送局記者
玉田佳
2017年入局
長崎局を経て2022年から現所属
経済取材を担当