為末さんが風疹の抗体検査を受けてみた

為末さんが風疹の抗体検査を受けてみた
オリンピック3大会に出場した元陸上選手の為末大さんのもとに「風疹」の抗体検査とワクチン接種の無料クーポン券の案内が届きました。

為末さんは無事に検査と接種は受けたものの、現状では予防接種の普及には課題があると分析。接種すれば自分だけでなく他人に深刻な被害が出るのを防ぐことができるのですが…。

為末さんと課題解決について考えます。

そもそもクーポン券って?

できるだけ簡単に説明します。

2012年から2013年、そして2018年から2019年にかけて風疹が日本で流行した際、問題になったのが、妊娠中の女性が風疹にかかるとおなかの赤ちゃんの目や耳、心臓などに障害が出る「先天性風疹症候群」でした。
風疹は予防接種で感染を防ぐことができますが、子どものころに接種を受けていない「接種の空白世代」が、1962年(昭和37年)4月2日から1979年(昭和54年)4月1日生まれの男性でした。

今44歳から61歳の男性です。

この世代は中学生当時、同世代の女子しか定期接種の対象となっていなかったのです。
この世代の男性が「感染拡大の原因」になるのを防ぐために、国はなんとかして予防接種を受けてもらおうと2019年から、風疹の抗体検査と予防接種を原則無料で受けられるクーポン券を、発送しています。

当初は3年間で終了する予定でしたが、コロナ禍で利用が進まず、追加で3年間延長になりました。

それでも最新の国のまとめで、風疹のクーポン券を利用した人は4人に1人ほどにとどまっています。

為末さんも“受けていない”世代

為末さんは1978年5月生まれ、まさに予防接種の空白世代です。

風疹の予防接種については「自分のことだからいつか受ければいい」と思っていましたが、あるイベントへの参加がきっかけで、先天性風疹症候群のことや、自分の世代が予防する必要性について知りました。

自宅に届いているはずのクーポン券を探したところ見当たらず、住んでいる自治体に再発行を申請して、役所でクーポンを受け取りました。
まずは抗体検査。
自分に風疹の免疫があるかどうかを調べる検査です。

風疹は一度かかったら感染しにくいといわれ、「自分は子どものころにかかったことがあるから大丈夫」と思っている人も少なくありません。

こんな調査があります。
まだ抗体検査を受けていない全国の875人の“空白世代”の男性を対象に調査したところ「子どものころに風疹の予防接種をした」と答えた人が55%にも上りました。半数以上です。
当時受けた別の予防接種と勘違いしている人が圧倒的に多かったのです。

為末さんは子どものころに風疹にかかったかどうか記憶がはっきりしないため、抗体検査を受けようとクーポン券を持って都内のクリニックを訪れました。

ここでちょっとしたアクシデントが。

持って行ったクーポン券が、住んでいる自治体の体育館やプールなど公共のスポーツ施設の利用券だったのです。

役所で確かに手渡されたものだったのですが、交付ミスでした。

役所の窓口でも、風疹のクーポン券の交付は珍しいのかもしれません。
為末さん
「きちんと確認しなかった僕も悪いんですが」
気を取り直してこの日は自費で抗体検査を受けました。

血液を少量採取して検査終了。

あっという間で、為末さんも「もう終わり?」と少し拍子抜けした様子でした。

検査の結果が出るのは約1週間後でしたが、再び結果を聞きに訪れるのは手間だと思い、為末さんは、その場でワクチン接種もしてもらうことにしました。
ワクチン接種を終えた為末さん
「想像以上に簡単。歯医者とかに行くほうが痛くて、若干ストレスあるかもという感じですね」
ちなみに後日出た抗体検査の結果はHI法という検査方法で「16倍」という数値。

免疫が全くないわけではないものの「より確実に予防するためには予防接種を検討しなくてはいけないレベル」でした。

恐らく過去にどこかで風疹にかかった可能性がありますが、抗体の値が下がってきている状況と考えられました。

念のため、子どものころ母親に風疹にかかったか聞いてみましたが「記憶はない」という返事だったということです。

為末さんの分析 接種の拡大が難しい理由

今回、風疹のワクチン接種の重要性を知って実際に「動いた」為末さんですが、予防接種の普及には課題があると分析します。
まずは「コロナのように差し迫った危機があればニーズがわかるんですが、現状では切迫感がない」ということ。

そして「自分自身の健康だけでなく、皆のためにもやったほうがいいという“利他的”な面があわさっているのがさらに難しい」と話します。

為末さん自身も、前述のように風疹の予防接種についての予備知識は「自分のことだからいつか受ければいい」という程度でした。

さらに接種に至るまでの手続きにも課題が。

「実際に妊婦さんの後悔の話を聞いたから絶対やんなきゃというので乗り越えたけど、手続きがちょっと面倒くさかったかな」と話します。

「完全に本人の気付きだけでやるのか、仕組み的に気が付いたら行動を促されるという設計が重要」だとして、会社の健康診断などに検査を組み込んだり、新型コロナの際に行われた職域接種のような形で自然に接種できたりすれば、と提言します。
為末さん
「止められる病気、防げる病気は防いだほうがいいですよね。それもまわりの人が対策をすることで防げる病気というのはあまりないですよ」

“あなたがきっかけ”で感染が広がる

為末さんの提言のように、人々にちょっとしたきっかけを与えることで、自発的に望ましい行動を促すことはできないか。

行動経済学が専門の大阪大学大学院の特任教授・大竹文雄さんは、風疹の抗体検査とワクチン接種を受ける人を増やすための検証を続けています。
大竹さんの研究グループでは2020年の1月から3月にかけて、全国の「予防接種空白世代」の男性4200人に対して、どんなメッセージが予防接種に効果的なのか、調査を行いました。

これまで国は妊婦への感染を防ぐために、「未来の赤ちゃんを守るために」というメッセージで検査や接種を呼びかけていました。

しかし大竹さんの調査では、風疹が胎児に及ぼす医学的な影響について認知が進んでおらず、多くの人にそのメッセージが届いていなかったことが分かりました。
そこで呼びかけ方を「あなたがきっかけ」で赤ちゃんに障害が出る可能性がある、という、より直接的な内容に変えたところ、これまでの厚生労働省の呼びかけに比べて、実際に抗体検査を受けた人が7.5ポイント、増えたことがわかりました。
大竹教授
「人は正常性バイアスが働き、あなたが重症化しますよと言っても、自分は大丈夫だからと思い込んでしまう傾向が強い。そうではなくて、あなたのせいで人の健康を害するおそれがありますよ、と伝えると効果が高い。例えば、災害時にも『避難しないと大変ですよ』というと『私は大丈夫だから』となってしまうが『あなたが避難しないと周囲の人も逃げてくれないから他の人が危険にさらされることになります』と伝えると逃げてくれる。それと一緒です」

ミニドラマでも呼びかけ

ほかにもさまざまな訴え方に取り組んでいます。
自分が予防接種を受けたと思っている人のために、「風疹の抗体を持っていると思い込んでいませんか?」という問いかけと「子どもの頃に公的な予防接種がされていない」ことを強調したポスターが新たに作られました。

またこうしたメッセージを伝えるための動画も作成してネット上で公開しています。

作成したのは「オフィス」編と「ウエディング」編。
オフィス編では、コンペで企画がとおり、職場で同僚一同がハイタッチをして喜ぶ場面で、風疹の抗体検査や予防接種を受けていない上司の課長だけが仲間に入れてもらえない様子が描写されています。
女性社員
「私がもし妊娠して、課長がきっかけで風疹にかかると赤ちゃんに影響を及ぼす可能性があるんです。クーポン届いていないですか?無料で受けられるのに。課長のことを尊敬していたのにもう近づけないです」
動画はこれまでに230万回以上再生され、6月は、15秒の短縮版が大阪モノレールの車内で放映されています。

「無料」はあと1年半です

2023年6月現在、はしか(麻疹)の感染拡大も懸念されています。

風疹の抗体価が低ければはしかと風疹の感染を防ぐためのMRワクチンを無料で接種できますが、風疹もはしかもワクチンを2回接種すると免疫はほぼ生涯続きます。

季節性インフルエンザは流行の型が変わるため予防接種は毎年のことですが、風疹とはしかは一生で2回です。

もう一度。

無料クーポン券の期限はあと1年半余しかありません。
ネットワーク報道部デスク
山本未果
NHKストップ風疹プロジェクトに2013年から参加