“体罰は人生を変える”17歳女子高生の訴え

彼女は当初、「体罰」だとは思いませんでした。

「たたかれた時、痛みよりも試合のことやチームの雰囲気を悪くしたことが心配でした」

兵庫県姫路市の高校のソフトボール部で、部員の女子生徒が顧問の男性教諭に平手でほおをたたかれる体罰が発覚しました。

「お前なんかいらん」などと暴言も浴び、みずから命を絶とうと考えるまで追い詰められたといいます。

大好きだったソフトボール用品は、今は押し入れにしまったまま。
部活動も学校も辞めざるをえませんでした。

(神戸放送局 記者 武田麻里子)

「ソフトボール漬けの生活でした」

ソフトボールを始めたのは中学に進学した時。きっかけは両親の影響でした。

多彩な球種をどのように組み合わせてバッターに対じするか。素早い判断が試される投打の駆け引きに魅力を感じ、続けてきたといいます。
中学校時代の練習試合
(女子生徒)
「”中学生活 イコール ソフトボール“というくらい3年間はソフトボール漬けの生活でした。新型コロナウイルスの感染拡大時期と重って練習の機会は少なかったですが、メンバーに恵まれて、厳しい練習も頑張ることができました。もっと上を目指したいと思い、高校でもソフトボールを続けようと考えるようになりました」
高校進学にあたって参考にしたのが、中学校時代のソフトボール部の先輩の話でした。

「部活の環境が整っていて、全国大会を目指して頑張っているよ」

憧れの先輩と、同じ高校で同じ夢を追いかけたいと決意。去年の春、兵庫県姫路市にある姫路女学院高校にスポーツの特待生として入学しました。

そして、その夢に向けて練習に打ち込む日々を支えてくれたのが両親たち家族でした。
(女子生徒)
「高校でも全国大会を目標に毎日練習をしていました。中学時代は兄弟がまだ幼くてコロナの影響もあったので、両親が試合会場に来ることはあまり無くて、もっと自分がソフトボールをしているところを家族に見てもらいたいと思っていました」

ユニフォームを忘れたら

しかし、ある”事件”が起きます。
去年9月、地区大会の試合会場でのことでした。

ユニフォームを自宅に忘れたとことに気付き、あわてて母親に電話で相談。
一方、いきさつを母親から知らされた顧問は腹を立てます。その際、顧問は母親に「一発どつきますよ」と“通告”したということです。
試合会場のイメージ
そして、生徒は平手でほおをたたかれました。
ほかの部員らもいる前でのことでした。

これまでも顧問による厳しい指導に耐えてきたこともあり、当時、これが体罰なのだという自覚は無かったといいます。
(女子生徒)
「自分が一番悪いと思っていたので、怒られることは覚悟していましたし、たたかれて当然だと考えていました。たたかれた時は痛いというより、このあとの試合への影響や、自分のせいでチームの空気を悪くしてしまったことへの申し訳なさで頭がいっぱいでした」

「お母さん、わたし部活やめたい」

たたかれたあとも顧問のそばに立って謝罪を続けました。しかし、受け入れてもらえず、暴言を繰り返されたといいます。
(女子生徒)
「『消えろ』とか『お前がいなくても試合は成り立つ』ってずっと言われ続けました。帰っている途中にいろいろ考えて、このまま顧問のもとで部活を続けることは無理かもしれない。でも、ここでやめたら応援してくれている家族やチームメイトの期待を裏切ることにならないかと悩んで、部活をやめるくらいなら電車に飛び込もうという変なことを考えてしまいました。帰宅後、お母さんに『部活をやめたい』と伝えました」

生徒は、ほおをたたかれた影響で口を開けたり食事をしたりするのが難しくなり、医療機関からは全治約1か月の「外傷性開口障害」との診断を受けました。

学校は体罰について調査を行い、生徒側に謝罪。顧問は懲戒免職となりました

「学校に行ってもしんどいなら」

試合のあと、使い込んだグローブやバットなどはすべて部屋の押し入れにしまい込みました。
暴言や暴力による精神的なショックは大きく、生徒は学校に通えない状態が続いていました。

医師からは「うつ状態」の診断を受け、試合の約1か月後、みずから学校を辞めることを決断しました。
(女子生徒)
「自分が悪いんだっていうのを繰り返し考える生活でした。学校に行ってもしんどい気持ちが続くだけなら、辞めた方が立ち直るにはいいかなと思って。でも、同じ目標を共有する友達との学校生活は、半年間でもたくさん思い出があります。そんな友達や先輩と一緒にいられなくなることは、学校をやめるとき一番に頭をよぎりました」
今は別の通信制高校に通う生徒。
ソフトボール漬けの毎日から、自宅でパソコンの画面を前に授業や課題に取り組む日常へと変わり、複雑な思いを抱えています。

(女子生徒)
「あの日、もう少し違った指導をしてくれていたら、今はこうはなってはいなかったと思います。これまで部活動をしていた友達や先輩が私のいない場所で活躍しているのを見ていると、一緒にできたら楽しかったんだろうなと思うことがあります」

「体罰は人生を変える」

自宅でふさぎ込む毎日から抜け出そうと、雑貨店でのアルバイトも始めましたが、「学校を辞めるという選択がよかったのだろうか」と思い返すこともあるといいます。

生徒は、指導に名を借りた暴力や暴言は、被害者のその後の人生に大きな影響を与えることを知ってほしいと訴えます。
記者と女子生徒
(女子生徒)
「これは私と顧問だけの問題ではないと思います。今回は私だっただけで、ほかの生徒が被害を受けていた可能性もありますし、いまもほかの学校でも起きているかもしれません。体罰はたとえ1回でも、たたかれてけがをするだけじゃなくて、その人の人生も変えてしまいます。これだけ人生が変わりやすい時期に指導していることを、指導者の人たちはちゃんと考えてほしいです。そして、生徒とはことばで丁寧にコミュニケーションをとってほしいと思います」
生徒への体罰が発覚した当初、学校の聞き取りに対し、顧問は次のように語っていました。
(顧問の男性教諭)
「けがをさせたことは深く反省しています。大変、申し訳ないことをしてしまいました」

その後、傷害などの罪で略式起訴され、裁判所から罰金30万円の略式命令を受けています。

暴力や暴言に関する相談 過去最多

不適切な指導は、部活動などスポーツの現場でいまも根強く残っています。

「レスリングの道場で監督が体が吹っ飛ぶほどの平手打ちをした」
「ハンドボールの監督が選手に、殺すぞ、帰れと大声で怒鳴っているのを目撃した」

これらは、スポーツの現場での暴力や暴言に関する相談を受け付けている「日本スポーツ協会」に寄せられた訴えです。
相談件数は、2022年度は373件と過去最多となりました。
ただ、これについて協会は、被害者が声をあげやすい環境が広がっていることなどが増加の背景にあると分析していますが、まだまだ氷山の一角の可能性もあります。
日本スポーツ協会インテグリティ推進課 品治恵子係長
(品治係長)
「新型コロナウイルスの影響で一時的に相談は減りましたが、スポーツの現場で活動が本格的に再開したためか件数も増えています。しかし、これが実態を反映した数字なのか、まだまだ潜在的な被害が隠れているのかは分析が必要です。近年は、指導者から『頭が悪い』とか、『お前なんか使わない』などといった人格を否定するような暴言に関する相談が増えているのが特徴です」

ただ、情報や相談を寄せた人の内訳で見てみると約6割は被害者の保護者からでした。このため協会では、当事者が安心して窓口を活用できるよう、去年7月には子ども向けの専用サイトも開設して対応にあたっています。

“生徒ファースト”の対応を

部活動の現場で指導者による暴力や暴言が明らかになった場合、学校側はどのような対応が求められるのか。

スポーツ危機管理学が専門で、指導者による体罰などの問題に詳しい日本体育大学の南部さおり教授は、次のように話しています。
日本体育大学スポーツ文化学部 南部さおり教授
(南部教授)
「暴力や暴言による被害を受けた生徒は自尊心を傷つけられ、学校に行けなくなるケースは少なくありません。体罰などが発覚した場合、学校側はまず被害者である生徒が話しやすい環境を作り、心のケアも含めた支援をするなど“生徒ファースト”の対応が求められると思います」

しかし、子どもの場合、暴力や暴言による被害を受けていても、それが不適切な指導だと気付いていなかったり、気付くのに時間がかかったりするケースもあります。

また、スポーツの強豪校などでは、保護者も指導者に依存し、子どものSOSが埋もれていないか注意が必要です。
このため南部教授は、子どもや保護者が訴えやすい環境を整備することが重要だといいます。

(南部教授)
「被害を受けても自覚が無いケースもあるため、何が体罰にあたるかの正しい知識の啓発を子どもや保護者にも行うことが必要です。そのためにも、学校側は内部だけで対策を検討するのではなく、年に1回程度、外部講師を招いた講習会を開くなどして、体罰を容認しない体制を構築していくべきだと思います」

NO!スポハラ

提供:日本スポーツ協会
体罰の根絶には、指導者をはじめ、子どもたちにかかわるすべての大人が関与することが重要です。

日本スポーツ協会はことし4月、スポーツの現場での暴力や暴言など“スポーツハラスメント”にあたる不適切な指導を根絶するため「NO!スポハラ(スポーツ・ハラスメント)」をスローガンに活動を新たに始め、保護者を対象にした研修会の開催や、SNSを通じた啓発活動などにも力を入れているということです。

青春をささげてスポーツに取り組む子どもたちから、スポーツだけでなく、心の尊厳までも奪う体罰の現実。

そうした現実を生み出さないように、勇気を出して取材に応じた女子高生の訴えを、重く受け止めなければいけないと感じます。

相談窓口

子供向けの相談フォーム
日本スポーツ協会 「スポーツにおける暴力行為等相談窓口」
電話番号 03-6910-5827
     毎週 火・木 午後1時~午後5時
    (年末年始・祝日を除く)