ウクライナ ダム決壊 ゼレンスキー大統領「状況は壊滅的」

ウクライナ南部でダムが決壊して大規模な洪水が発生し、被害の状況が少しずつ明らかになっています。

浸水は、東京23区に匹敵する広さにまで拡大しているとみられ、影響を受ける市民は4万人近くにまで増える可能性が指摘されています。

ゼレンスキー大統領は、浸水の被害を受けた地域を訪れ、当局の責任者などと今後の対応を協議しました。

一方、ウクライナ軍による反転攻勢の動きが南部などで活発になっているとみられ、その動向も焦点となっています。

ダム決壊の原因についての専門家の見方も含めて、詳しくお伝えします。

ゼレンスキー大統領 ヘルソン州を訪問

ウクライナ南部ヘルソン州にあるカホウカ水力発電所のダムが6日、決壊して大規模な洪水が発生したことを受けて、ゼレンスキー大統領は8日、ヘルソン州を訪問したとSNSで発表しました。
当局の責任者などと会議を開き、洪水による被害状況や住民の避難や生活の支援、さらに今後の軍事作戦などについても意見を交わしたということです。

また、ゼレンスキー大統領は浸水した地域を訪問したとする映像をSNSで公開しました。

地雷などが流された可能性

ダムの決壊によってこの地域に設置されていた地雷などが下流に流された可能性があり、ウクライナ当局や国際機関から非難や懸念の声が上がっています。

ウクライナのマリャル国防次官は6日、SNSで「ロシアが設置した地雷が流された。予測できない爆発につながるだろう」と書き込みロシア側を強く非難しました。

また、ウクライナの非常事態庁も6日、SNSを更新し、「地雷に気をつけて!」と書かれた画像とともに地雷などが流された可能性があるとして警戒を呼びかけました。

非常事態庁は8日にもSNSを更新し、地雷などには近づいたり触ったりしないよう求めた上で「地雷の危険性を必ず子どもたちに伝えてください。子どもたちの命を救うことになります」と呼びかけています。
さらに、国際機関からも懸念の声が上がっています。

フランスのAFP通信は、ICRC=赤十字国際委員会の担当者が7日、これまで把握していた地雷の位置がダムの決壊で分からなくなったと指摘したと伝えています。

担当者は「いまとなっては、地雷が下流のどこかにあるということしか分からない」と述べ、住民だけでなく、現地で救助活動にあたっている人たちにも危険が及ぶ可能性があると懸念を示したということです。

動画で公開「大規模な洪水で2000人以上が救助」

ゼレンスキー大統領は、7日に公開した動画では、これまでに2000人以上が救助されたと明らかにしました。

ただ、ヘルソン州のロシア側の支配地域について「状況はまさに壊滅的だ。救助もなく、飲料水も食料もない。医療活動も行われておらず、どれだけの人々が死ぬかも分からない」と述べ、ロシア側は民間人を救助していないなどとして、強く非難しました。
そのうえで「大規模な支援が必要だ。ICRC=赤十字国際委員会のような国際機関が、すぐに救助活動に参加し、ロシア側の支配地域にいる人々を助けることが必要だ」と訴えました。

ロシア側の当局者「1万4000棟以上の住宅が浸水 4280人が避難」

ヘルソン州でロシア側が支配する地域の当局者は8日、国営のタス通信に対し、15の集落で1万4000棟以上の住宅が浸水し、墓地や病院、幼稚園などが水没したとしています。そして、170人以上の子どもを含む4280人が避難しているとしています。また、ダムに隣接し、ロシア側が占拠しているノバ・カホウカ市の市長は行方不明になっていた7人のうち、5人が死亡したと明らかにしました。

【ダム決壊 被害の状況は】

OCHA=国連人道問題調整事務所 4万人近くに影響が増えるか

OCHA=国連人道問題調整事務所はウクライナ政府の情報として、▼およそ80の町や村で浸水の被害が報告され、▼影響を受ける市民は4万人近くにまで増える可能性があるとしています。

また、ヘルソン州の知事は8日SNSで「ヘルソン州では600平方キロメートルが水につかった」と明らかにし、浸水は、東京23区に匹敵する広さにまで拡大しているとみられます。

ストリレツ環境保護相も7日SNSで「少なくとも150トンの石油が、破壊された水力発電所から流出した」としてロシア軍を非難しています。

このほかにもOCHAは、ダムの周辺にあって、70万人以上に水を供給していた貯水池の水位も急速に下がっていて、安全な飲料水の確保が懸念されると指摘していて、影響は、広範囲に及ぶと見られています。

国連報道官「住民に深刻な健康被害が及ぶおそれ」

国連のデュジャリック報道官は7日、定例の記者会見で、国連機関が分析した現地での影響について明らかにしました。それによりますと、水位の上昇が続き、浸水の範囲も広がっているとして安全な飲料水を入手できないなど、住民に深刻な健康被害が及ぶおそれがあるとしています。

FAO=国連食糧農業機関「食料安全保障に影響の可能性」

また、FAO=国連食糧農業機関は被害状況について「数千ヘクタールの農地が浸水し最近植えられた農作物にも大きな被害が出ている」としたうえで「食料安全保障に影響を与える可能性が高い」と警告しています。

【原発への影響は】

IAEA事務局長 声明「安全確保の活動を強化」

IAEA=国際原子力機関のグロッシ事務局長は7日、声明を発表し、ウクライナ南部のザポリージャ原子力発電所を来週、視察し、水力発電所のダムが決壊したことによる影響など状況を確認することを明らかにしました。また、原発に常駐するIAEAの職員の数を増やし、安全を確保するための活動を強化するということです。

ザポリージャ原発では原子炉が停止状態にありますが、燃料の溶融や放射性物質の放出を防ぐために冷却が必要です。
声明によりますと、ダムの決壊後、原発に冷却水を供給する貯水池の水位が下がっていて、2日以内に水をくみ上げられなくなることも予想されるということです。

このため貯水池から水がなくならないうちに原発の隣にある別の池などに冷却水を移す作業が急ピッチで進められているということです。

声明では、この池などに十分貯水されていれば数か月間は冷却水の供給は可能だとしています。

原発の周辺ではこれまでも砲撃などが起きていることからグロッシ事務局長は「こうした水源を維持することが不可欠だ」として破壊しないよう訴えました。

【支援の動き】

仏マクロン大統領 ダム決壊による被災者支援表明

フランスのマクロン大統領は、ゼレンスキー大統領と電話会談を行い、ウクライナ国民への連帯の意向を伝えた上で被災者に支援を行う考えを明らかにしました。
フランス政府によりますと、浄水器や衛生用品、貯水タンクなどを緊急支援物資として現地に届けるということです。

また、ウクライナ大統領府によりますと会談で、ゼレンスキー大統領は、ダムの決壊は、ロシア軍の爆破による結果だと主張し、両首脳は、状況の調査に向けて、国際的な枠組みを活用する可能性を検討したということです。

NATO事務総長「8日に緊急会合を開く」

NATO=北大西洋条約機構のストルテンベルグ事務総長は7日、ツイッターへの投稿で、ウクライナ南部でダムが決壊し、大規模な洪水が発生したことをめぐり、8日に緊急会合を開くことを明らかにしました。

また、ウクライナのクレバ外相も7日、ストルテンベルグ事務総長と電話会談したことを明らかにし「ストルテンベルグ氏はNATOの枠組みで人道支援を行うことを約束した」としています。

【ダム決壊の原因については】

ダムの決壊をめぐってウクライナ側は、ロシア軍によって内部から爆破されたとしているのに対して、ロシア側はウクライナ軍の妨害行為によるものだと主張し非難の応酬が続いています。

専門家「“ロシア側が実行”見方は成り立つ」

ダムの決壊の原因について、防衛省防衛研究所の兵頭慎治研究幹事は、現時点では事故の可能性も排除できず、断定的な評価はできないとしています。

そしてウクライナとロシアがそれぞれ相手側の破壊工作だと主張していることについては「どちらにとってメリットがあったのかということや、決壊のタイミングを考えると、ロシア側が実行したという見方は成り立つ」と述べました。
具体的には▼ドニプロ川下流のウクライナ領の住民に被害が出るほか▼ダムから冷却水の供給を受けるザポリージャ原子力発電所でも事故の懸念が高まることから、ウクライナ側にとってメリットは少ないと分析しました。

一方、ロシア側にとってはメリットがあると述べ、その理由として▼ドニプロ川に架かる唯一の橋がダムに併設されていたが、破壊された上、▼下流域が水没して地面がぬかるみ、ウクライナ側が戦車部隊などを進めることが難しくなったと指摘しました。

戦況に与える影響と今後については

今後の戦況に与える影響については「ウクライナには複数のシナリオがあったと思うが、ヘルソン州の奪還作戦はやや難しくなった可能性がある。ゼレンスキー大統領が洪水対策にも注力しないといけなくなり、戦闘に集中できなくなる状況も懸念される」としています。

ウクライナと国境を接するロシア西部の州では、ロシア人などの義勇兵を名乗る「自由ロシア軍」や「ロシア義勇軍」が攻撃を繰り返しています。

2つの組織の役割について兵頭研究幹事は「ロシア側からするとこれまでの1200キロの戦線に加えて、ロシア領内の800キロを新たに守らなくてはならない状況になり、戦線が大きく拡大することになる。このため、特に南部と東部からロシア軍を引き離し、分散させるねらいがあるとみられる。ウクライナ軍の反転攻勢の動きにも何らかの形で連動していると思う」とする見方を示しました。

その上で、ゼレンスキー大統領が義勇兵組織によるロシア領内への攻撃を把握していたかどうかは確認できていないとして「ゼレンスキー大統領がこれらの組織を100%コントロールできておらず、ロシア領内への攻撃が激化し、戦争がエスカレートする可能性もある」と指摘しました。

米シンクタンク「戦争研究所」ロシア軍の多くの防衛施設が破壊

アメリカのシンクタンク「戦争研究所」は7日「ダムの破壊はドニプロ川の東岸地域のロシア軍の陣地に影響を与えている」として、ウクライナ軍の反転攻勢に備えたロシア軍の多くの防衛施設や地雷原が破壊されたと指摘しました。

そのうえで「現地のロシア側は非常に混乱し、占領地域での市民への被害がさらに悪化している」としてロシア側にも大きな被害がでているという見方を示しています。

英国防省「複数の前線で激しい戦闘が続く」

また、イギリス国防省は8日「非常に複雑な作戦のなか、複数の前線で激しい戦闘が続いている」としてウクライナ軍による反転攻勢の動きが活発になっているとみられます。

親ロシア派の幹部「ウクライナ側が夜間攻撃を行った」

親ロシア派の幹部は8日、南部ザポリージャ州の主要都市メリトポリからおよそ60キロ離れたトクマクなどでの戦況に触れ「ウクライナ側がかつてない規模で、夜間、攻撃を行った」と発表し、ウクライナ軍の動向も引き続き焦点となっています。

【仲介の動き】

トルコ エルドアン大統領が調査委設置提案

トルコのエルドアン大統領が7日、ロシアのプーチン大統領、ウクライナのゼレンスキー大統領と、それぞれ個別に電話会談を行いました。

トルコ大統領府によりますと、エルドアン大統領はゼレンスキー大統領に対して「詳しい調査を行うために、ロシアとウクライナの専門家、それに国連とトルコなどが加わった委員会を設置できる」として、原因究明に向けた調査委員会の設置を提案したということです。
一方、プーチン大統領に対しても「包括的な捜査が行われることが重要だ」として調査委員会の設置に向けてみずからが調整役を担う考えを伝えたということです。

ロシア大統領府によりますと、プーチン大統領は「ウクライナは西側の意向をくんで緊張を高める危険な賭けをしている」と主張したということです。

ゼレンスキー大統領は「ロシアのテロ行為による人道面や環境への影響などについて伝えた」とSNSで明らかにしていて、エルドアン大統領としては、みずから仲介に乗り出すことで事態の打開につなげたい考えとみられます。