「司法取引」導入から5年も適用は3件 なぜ?その背景は

日本版の「司法取引」が導入されて5年となりました。容疑者が捜査に協力することで起訴を見送られるなどの見返りを得るこの制度。新たな証拠を集める手段として、刑事司法の転換点となるか注目されました。

しかし、適用が明らかになったのはこの5年で3件にとどまっています。これについて関係者はどう分析・評価したのか、詳しくお伝えします。

【司法取引とは】

司法取引(協議・合意制度)とは、容疑者や被告が共犯者や首謀者の犯罪について供述したり証拠を提出したりして捜査に協力すると、見返りとして検察が起訴を見送ったり求刑を軽くしたりする制度です。

適用の対象は、特定の経済犯罪や薬物犯罪などに限られ、企業の不正や組織犯罪などの解明につながると期待されてきました。

背景には「取り調べ」への過度な依存

司法取引は、取り調べに過度に頼らず証拠を集める手段として導入されました。その背景には、厚生労働省の元局長の村木厚子さんが無罪になったえん罪事件などをきっかけに、検察が描いた筋書きを密室で無理に押しつける取り調べのあり方が強い批判を浴びたことがあります。

【実際の適用は】

5年で3件 “ゴーン事件”でも

導入から5年でどのくらいの適用があったのでしょうか。検察は詳しい適用状況について公表していませんが、裁判が開かれた事件は日産自動車の元会長のカルロス・ゴーン被告らが金融商品取引法違反の罪で起訴された事件など3件です。

いずれも東京地検特捜部が捜査した事件で、司法取引に応じた当事者は起訴されませんでした。

裁判所が言及した「信用性」

3件のうち2件の判決で裁判所が言及したのが、司法取引の信用性についてでした。

アパレル会社元社長の判決では元社長が有罪となりましたが、司法取引で得られた“供述の信用性”について「相当慎重な姿勢で判断に臨む必要があり、極力争点での判断材料としては使わない」という考えを示しました。

日産の元代表取締役、グレッグ・ケリー被告の裁判では、司法取引に応じた元秘書室長が約20回に及ぶ証人尋問で証言しましたが、裁判所はケリー元代表取締役が関与したとする証言の多くについて「裏づける証拠は存在しない。証言は信用しがたい」として認めませんでした。

一部が有罪となったものの起訴内容の多くが無罪になりました。

【なぜ3件?信用性は? それぞれの分析・評価】

専門家「裁判所は慎重な姿勢」

専門家はこの状況をどう分析したのでしょうか。

今月3日、日本刑法学会の大会で司法取引について発表した早稲田大学の小川佳樹教授は「適用状況から一定の傾向を読み取るには絶対数が少なすぎる」とした上で司法取引で得られた供述の信用性の判断について「裁判所はかなり慎重な姿勢をとっている」と述べました。

また、無実の人を共犯者に仕立てるなど“巻き込み”の危険性について司法取引特有の事情として「捜査機関から有利な取り計らいが明確に提示されるため、捜査に協力する人がうその供述をする動機がより強まることがある」と指摘しました。

裁判官「制度の成功失敗 判断には早い」

また、あるベテランの刑事裁判官は取材に対し、「共犯者供述の信用性の問題は、そもそも制度導入時から論点になっていた。これまでの裁判では制度があまりうまくいっていないように見えるが、だからといって『この制度は失敗だ』と判断するには早い。日本の風土や固有の考え方を含めて制度をどうしていくか、今は捜査機関の方でブラッシュアップしていく段階にあると思う」と話していました。

検察官「従来では得られなかった証拠も」

最高検察庁刑事部の白井智之検事に聞きました。

Q.5年間で適用が明らかになったのは3件。少ないのではないか。
A.「供述の信用性を慎重に吟味することを前提に『適用すべきものに適用していく』というスタンスで、件数はその結果にすぎない。適用を検討したが最終的に至らない事案もありうるわけで、公判で見えるものがすべてではない」。

Q.司法取引をどう評価するか。
A.「従来は得られなかった証拠が得られる成果があり、非常に重要な手法だ。ただ、これまでの捜査手法が失われ、協議・合意制度(司法取引)に置き換わったわけではない。今後も適切に実績を積み重ねたい」。

【企業はどう評価したのか】

過去の3件はすべて企業活動に関わる事件で、司法取引によって企業が法人としての起訴を免れるケースもありました。今後も企業犯罪で司法取引が使われる可能性がある中で、企業側はこの制度をどう捉えているのでしょうか。

制度の導入当時、企業などを対象にした司法取引のセミナーを主催していた団体の担当者はNHKの取材に対し、「ここ数年は企業などからのニーズがほとんど無い」と話していました。

「不正申告しても 司法取引が成立するか不明」

企業の危機管理に詳しいある弁護士は「この制度にポテンシャルを感じてはいるが、現状では不正を申告しても司法取引が成立するかわからない。捜査の対象にならないかや、社内でのあつれきを考えてしまう」と話していました。

一方で、今後の活用に期待する声もありました。

「司法取引は企業の危機管理」

企業のコンプライアンスに詳しい國廣正弁護士は「しっかりとしたコンプライアンス体制を備えた企業が、不正の根源を絶ちきるために司法取引を使うことは、企業の危機管理の1つだ。巻き込みの危険性には配慮しつつも、企業として正しいあり方を考えたとき司法取引も有効に活用されうる」と話していました。

【今後どうなる】

最高検の白井検事は「企業犯罪では、物的証拠がありすぎて重要なものがどこにあるのかわからないことが多い。電子機器でパスワードがかかっていてアクセスできない場合もあるので、この制度が果たす役割は大きい」と話していて、客観証拠を集めやすい点で制度の有用性を示していました。

法曹界でも「5年で3件」という結果に対する捉え方が立場によって違う司法取引。日本社会に今後どう根付いていくのか。

法務省は協議会を立ち上げ、有識者が司法取引の現状や課題について議論を始めています。