ダム決壊 衛星画像から見る被害と影響は ウクライナ

ウクライナ軍は6日、南部ヘルソン州のドニプロ川にある水力発電所のダムがロシア側によって破壊されたと発表しました。ダムが決壊し大規模な洪水が発生したことで、地元の知事はおよそ1万6000人の住民が危険にさらされ避難を進めているとしています。

一方、ロシア側はウクライナ政府の命令で実行されたと反発しています。

衛星画像からはダムの決壊の様子や住宅地への被害が少しずつ見えてきました。その影響など専門家の見解も詳しくお伝えします。

決壊したダムとは

ロイター通信によりますと、ウクライナ南部の水力発電所のカホウカダムは、ヘルソン州を流れるドニプロ川に1956年に建設されました。高さはおよそ30メートルで主に水力発電用として使われてきました。
また、2014年にロシアが一方的に併合したクリミアに水を供給しているほか、ロシアが占拠しているザポリージャ原子力発電所にも冷却水を供給しているということです。

【衛星画像から見る被害】

ヘルソン州のドニプロ川にあるカホウカ水力発電所のダムが決壊する前とあとの様子をとらえた、アメリカの民間企業の衛星画像です。

6月4日 決壊前

6月4日に撮影された決壊前のダムの画像からは、貯水池をせき止めているダムの中央から水が流れて落ち、白く水紋が広がっている様子が確認できます。

6月6日 決壊後

一方、2日後の6日に撮影された決壊後の画像からは、ダム全体が大きく壊れ、周辺の道路や木々を飲み込むほどの大量の水が流れ出て氾濫している様子が確認できます。

住宅地の被害は

またドニプロ川周辺の住宅地をとらえた画像では、ダムが決壊する前の5月15日の時点で多くの住宅や道路、緑地が確認できるものの、ダムが決壊したあとの6月6日には広い範囲で水没している様子がわかります。

【原発への影響は】

「直ちにおびやかすリスクない」IAEA事務局長

IAEA=国際原子力機関のグロッシ事務局長は6日、本部があるオーストリア、ウィーンで開かれている理事会で、カホウカ水力発電所のダムが大きく損傷しザポリージャ原子力発電所へ冷却水を供給していた貯水池の水位が低下していると明らかにしました。

ただ、「IAEAの現時点の評価として、原発の安全性を直ちにおびやかすリスクはない」と述べ、現時点で原発の安全には影響はないとの見方を示しました。

数か月の冷却に十分な水量も

その上で、原発の安全に必要な冷却水を供給する貯水池に影響が出たとしても代替手段はあるとして、ザポリージャ原発の隣にも冷却水をためる池があると説明しました。

原発はこれまで停止状態にあることから、数か月の冷却に十分な水の量があると推定されるとしています。

グロッシ事務局長は「この池を無傷で維持することが極めて重要だ。壊してはならない」として、冷却水をためた池を破壊しないように訴えるとともに来週ザポリージャ原発を訪れる計画を立てていることも明らかにしました。

1万6000人が危険に 被害拡大のおそれも

ウクライナの南部へルソン州の水力発電所のダムが破壊されたことについて、地元の知事は、現地メディアの取材に対して、大量の水が下流に流れているため、およそ1万6000人の住民が危険にさらされていると明らかにしました。

住民はすでにバスや列車で避難を進めているということです。また、今後ほかの地域にも被害が拡大するおそれがあるとして、住民の避難に向けた準備を行っているということです。

【双方の主張は】

ゼレンスキー大統領「ロシアは最大の生態系破壊の罪犯した」

ウクライナのゼレンスキー大統領は7日に公開した動画で「ロシアの占領軍はウクライナの土地で、ここ数十年で最大の生態系破壊の罪を犯した」と厳しく非難しました。

ロシア 報道官「ウクライナ側による意図的な妨害行為」

一方、ロシア大統領府のペスコフ報道官は6日、「ウクライナ側による意図的な妨害行為であり、ウクライナ政府の命令で計画され、実行されたものだ。その目的の1つはクリミアから水を奪うことだ」として、ウクライナ側を非難し、双方の応酬が続いています。

専門家「攻め込みにくくするねらいか」

長谷川雄之研究員 防衛省防衛研究所
ロシアの安全保障に詳しい専門家は、「ロシア側とウクライナ側のどちらが破壊したのかはっきりしないが、軍事的な側面では多くの集落を水没させることで、この地域全体に攻め込みにくくするねらいがある。また、ダムの破壊によってクリミア半島に水を送ることが難しくなるので、クリミア半島での水の確保に大きな影響を与えるだろう」と分析しました。

その上で「ダムの破壊が戦況に与える影響は大きい。水没した地域に軍隊が入っていくのは難しいので、今後この地域でどのような戦い方が展開されるのか注目だ。また、この地域に注目を集めさせて実はほかのところを軍事的にねらっているという陽動作戦の可能性についても考える必要がある」と指摘しました。

【国際社会の反応は】

国連安保理事会は緊急会合開催

ダムが決壊し洪水が発生したことについて、国連の安全保障理事会では6日、日本時間の7日5時すぎから対応を協議する緊急会合が開かれました。

「民間インフラの被害で最も重大な事件」人道問題担当の事務次長

冒頭、国連で人道問題を担当するグリフィス事務次長は「国連は、ダムの破壊につながった状況について独立した情報を入手できていない」とした上で「去年2月にウクライナ侵攻が始まって以来、民間インフラの被害としては最も重大な事件になるだろう」と述べ、危機感を示しました。

このあと各国からは、民間インフラへの攻撃は直ちにやめるべきだという意見が相次ぎました。

このうち、アメリカのウッド国連大使は、ダムの決壊の原因について調査中だとした上で「ロシアがウクライナに対して残忍な戦争を始めなければ、今回の人道的な危機は存在しなかった。ロシアの全面的な侵攻は、罪のない人々の命を危険にさらし、ウクライナの人たちの生活を破壊し続けている」と述べ、ロシア軍の即時撤退を求めました。
また、ウクライナのキスリツァ国連大使は「ロシアが爆弾を爆発させ、ヨーロッパで最大規模の人為的災害をもたらした。ウクライナの重要インフラに対するテロ行為だ」と述べ、ロシアを強く非難しました。

一方、ロシアのネベンジャ国連大使は「ウクライナの政権は考えられない罪を犯した。ウクライナと西側諸国は偽の情報を流している」と述べ、ダムを破壊したのはウクライナ側だとして、国連が客観的な調査を行うべきだと主張しました。

松野官房長官「侵略なければ事態起こらず」

松野官房長官は、午前の記者会見で「ダムの決壊により、流域に位置する街の多くの住民が避難を強いられている。懸念を表明するとともに、ウクライナ国民に対するお見舞いと連帯を改めて表明する」と述べました。

そのうえで、ダム決壊を受けて開かれた国連の安全保障理事会の緊急会合について「わが国や欧米諸国は、ロシアのウクライナ侵略がなければ、今回の事態が起こることはなかったなどと指摘し、改めて撤退を求めた。引き続きG7をはじめとする国際社会と緊密に連携していく」と述べました。