全国初 AI自動車教習に行ってみた

全国初 AI自動車教習に行ってみた
運転免許の教習と言えば、助手席に座る指導員に教えてもらいながら、技能を身につけていく…というのが、これまでの常識。

しかし、教習の現場にもAIが入り込み、これまで当たり前だった光景が一変するかもしれません。

免許取得のための教習としては全国で初めて、岡山市内に“AI教習所”が登場しました。

いったいどんな教習なのか、現場に行って体験してきました。

(岡山放送局記者 遠藤友香)

教習コースの運転 生徒1人で?

岡山市中区にある自動車学校を訪れてみると、S字カーブやクランクなどで教習車がゆっくりと走行するおなじみの光景が。
しかし、教習車の車内に目を凝らしてみると、運転席でハンドルを握る生徒が1人。
助手席にいるはずの指導員の姿はありません。
「30キロ出してください」

「交差点を右折です」

車内では、カーナビの音声のようなAI=人工知能の声が響きます。

指導員の代わりに、AIが適切に運転できているかチェックしているのです。

教習中、指導員はコースを見渡す建物の中から見守ります。
車内とは通話システムで接続されていて、「見通しが悪い交差点ではスピードを落とし徐行を」などと、必要に応じてアドバイスを伝えます。

そして、コースを走行後、停車した教習車に指導員が乗り込み、AIが分析した運転結果を生徒と一緒に確認。

モニターに教習車が走行した軌跡を上から見た図が示されます。
こちらは、右カーブする際の分析結果。

理想的なラインが黄色、生徒が運転した軌跡が緑色で表示され、「カーブする時に、車体が中央によりすぎていた」状況などが一目瞭然で分かります。

「センサー」と「カメラ」で

このAI教習のシステムは、福岡で自動車学校を経営する会社が、愛知県にある自動運転のソフトウエアを手がけるスタートアップ企業と協力して開発しました。

AI教習は、これまで免許取得済みのペーパードライバー講習や高齢者の運転講習などに使われていましたが、運転免許取得のための教習に導入されたのは、この岡山の例が全国で初めてです。

教習車のルーフの上には、センサーが装備されています。
AIが事前に教習所内のコースの情報を学習。

センサーと道路の情報を組み合わせ、車の位置や動きを把握し、運転を評価する仕組みです。

誤差は10センチ以内だということです。

さらに、車内には、ドライバーを撮影するカメラを搭載。
生徒の目線の動きを読み取り、車線変更や右左折の際に周囲の安全を十分に確認しているかも、AIが判断します。

シビアな判定に苦戦

記者も実際に体験してみました。
進路変更の前に周囲の確認ができていないと、「ピッ」という機械音がして、減点。

交差点を右折する前に、ウィンカーを出すタイミングが遅いと「ピッ」。

右折前に道路の中央に寄せていないと「ピッ」。
まさに「ピッ」の嵐。

AIにズバズバと指摘されてしまいました。

メリットは「正確さ」

AI教習の感想を生徒に聞いてみました。
生徒
「AIは少しのタイミングを間違えただけで、指摘されるので厳しいけど、厳しく指導してくれるからこそ、本番に備えられると思います」
指導員を15年ほど務める梶原智仁さんはAIの特徴を次のように話します。
教習指導員 梶原智仁さん
「AIは、評価を正確にできるのがメリット。人間だと生徒に感情移入してしまうところもありますが、AIだとドライにできます」
しかし、免許取得前の生徒が1人で運転して安全面は大丈夫なのでしょうか?
教習指導員 梶原智仁さん
「最初からAIシステムを使っているわけではなく、ハンドルの回し方、どこを見て運転するか、目線の位置などは従来と同じように指導員が教えています」
はじめは指導員が同乗し、慣れてきたところでAI教習に切り替えているということです。

また、AI教習車には自動ブレーキも搭載されているので、衝突のおそれがある場合や信号無視など危険な状況の場合は、ブレーキが作動する仕組みになっています。

指導員が足りなくなる?

このAI教習システムが開発された背景には、人手不足への強い懸念があります。

少子化により自動車免許を取得する人の数が減少していく見通しですが、一方で指導員も高齢化で今後減少のペースが加速していくことが想定されているのです。
AI教習所を手がけるミナミホールディングス 江上喜朗社長
「ひと言で言うと指導員不足。昨今、働き方改革だったり、教習ではない高齢者の運転講習の分野だったり、ただでさえ人が足りていません。それに加えて、指導員の高齢化も進んでいます。教育の質を落とさずに生産性を上げていかないと、全国の教習所は潰れていってしまう。そこをやる上で、技能教習におけるDX=デジタルトランスフォーメーションは欠かせない」
岡山で行っているAI教習の料金は、仮免許を取得する前の段階までで、およそ5万5000円(消費税込み)。

人件費などを抑えられるとして、一般的な自動車学校と比べると低く設定されています。

去年の夏以降、AI教習を受けた15人が仮免許を取得し、現在もおよそ20人が受講中だということです。

普及への課題は

一方で、課題もあります。

新たな技術であるAI教習は、法律が想定していない技術であり、都道府県の公安委員会が指定する教習として認められていません。

このため、ほとんどの利用者が通っている一般的な「指定自動車教習所」では利用することができません。

岡山でのAI教習は、特殊車両などの教習を手がける「届出自動車教習所」のコースなどを間借りする形で行われています。
一般的な指定教習所では、仮免許や本免許の技能試験を受けることができますが、AI教習ではいずれも運転免許試験場まで受けに行く必要があり、その受験料は教習料金とは別に実費負担となります。

また、路上教習にも対応していないため、利用者は、仮免許を取得したあとは、ほかの教習所に入り直して路上での技能教習を受けなければなりません。

AI教習は岡山に続き宮崎県内でも導入が検討されていますが、本格的に普及するには、規制緩和が必要になります。
江上喜朗社長
「目下の目標は、AI教習が全国の『指定教習所』で使えるようになること。客観的に教習効果と安全性を担保できると証明されれば、規制が変わっていくという流れになるかと思うので、そこにチャレンジしていきたい」
運転免許取得のための自動運転の技術の進歩に伴って、規制が緩和された結果、国内でも特定の条件のもとで完全な自動運転を行う「レベル4」の車が解禁されました。

「ChatGPT」などの生成AIについて活用のあり方をめぐる議論が巻き起こっていますが、今後「AI教習」も広がっていくかどうか注目されます。
岡山放送局記者
遠藤 友香
2019年入局
岡山市政や県内経済、西日本豪雨などを取材中