「大物経営者にも反対票」株主総会に異変 NOを突きつけるワケ

「大物経営者にも反対票」株主総会に異変 NOを突きつけるワケ
6月に入り企業の株主総会シーズンが本格化しています。ことしの株主総会のテーマの1つが多様性。ジェンダーバランスに対し、株主の厳しい目が注がれています。3月のキヤノンの株主総会では経営トップが過半数ぎりぎりの賛成でかろうじて取締役に再任されるという異例の事態となりました。女性の取締役がゼロとなったことに“NO”を突きつけた株主が少なからずいたとみられます。世界各国との比較でも女性役員の比率が低いと指摘される日本。企業はこの問題にどう向き合うべきなのでしょうか。(経済部記者 仲沢啓 加藤ニール 斉藤光峻)

“キヤノンショック”の衝撃

「あの大物経営者に対してここまで反対票が広がるとは……」
ことし3月下旬に開かれたキヤノンの株主総会では、27年以上にわたって経営トップを務める御手洗冨士夫会長兼社長CEO(87)の取締役再任に賛成した株主の割合が50.59%にとどまりました。
御手洗氏は経団連の会長も務めた大物経営者ですが、再任に必要な過半数ぎりぎり。まさに薄氷を踏むような結果でした。

なぜこのような事態になったのか?機関投資家である資産運用会社の投票行動を調べると浮かび上がってきたのは、投資家のジェンダーバランスに対する厳しい目でした。

例えば国内大手の野村アセットマネジメントや大和アセットマネジメント、それに三井住友DSアセットマネジメントは「女性取締役の不在」などを理由に御手洗氏の再任に反対したと公表しています。

これらの会社は去年の株主総会では賛成していましたが、この1年の間に議決権行使基準を見直していました。いずれも女性取締役が1人もいない場合は、経営トップの選任などに反対するという基準に改めていて、この基準に則ってことしは反対票を投じたとしています。

さらに株主の判断に影響したとみられるのがアメリカの大手議決権行使助言会社ISS。
この会社は株主総会の議案への賛否を投資家にアドバイスしていますが、ことし2月に助言の方針を改定。取締役会に女性が1人もいない企業に対しては、経営トップの取締役選任に反対を推奨するとしていました。

こうした資産運用会社や助言会社の動きが、賛成率の低下につながったとみられます。

これについてキヤノンは次のようにコメントし、来年の株主総会に向けて女性の取締役を選任する方向で準備を進めることを明らかにしました。
キヤノンのコメント
現時点で取締役に女性が不在であることは事実ですが、一方で、執行役員には2名の女性がおり、また、外国人執行役員もおります。したがって日常の経営に際しては十分多様性の確保はできていると考えております。
しかしながら、「女性取締役の不在」を理由に反対票を投じられた投資家が増え賛成率の低下を招いたという事実を受け止める必要があるとも考えており、今後も株主の皆様との丁寧な対話を重ねながら、より一層の多様性を確保できるよう取り組んでまいります。
数年前から検討を進めており、2024年の株主総会に向けて女性の取締役を選任する方向で準備しています。

女性役員比率が低い日本

そもそも日本は欧米と比べて女性役員の比率が低いことが明らかになっています。

OECD=経済協力開発機構は去年、各国の主な企業を対象に女性役員が占める割合を調査しました。
欧米では、一定の割合で女性役員の登用を義務づける「クオータ制」を取り入れる国や州があり、女性役員の比率は、フランスの45.2%をはじめ、イタリアやイギリスなどで40%を超えています。アメリカでは、31.3%となっていて、OECD各国の平均は29.6%です。

これに対して日本の女性役員の比率は15.5%にとどまっています。

プライム市場 2割が女性取締役ゼロ

日本には、キヤノンのように女性取締役がゼロという企業が少なくありません。

コンサルティング会社のプロネッドの調査では、去年7月1日時点で、東京証券取引所の最上位、プライム市場に上場している1829社のうち、女性取締役が1人もいない企業は382社と、全体の2割に上っています。

企業の株主総会はことし6月にピークを迎えますが、女性取締役の選任状況に変化は見られるのか。NHKでは、女性取締役ゼロの382社のうち、ことし6月に株主総会を開く企業およそ200社を対象に、新たに女性取締役候補を提案しているかどうかを調べました。

その結果、6月2日までに招集通知などを出している企業139社のうち、女性取締役の候補の選任を提案している企業は82社にのぼっています。

弁護士や大学教授などを外部から社外取締役として登用するケースが多いのが現状ですが、企業の間で多様性を確保しようという考え方が広がっていることが見てとれます。

女性取締役ゼロの企業 ことしの株主総会は?

東証のスタンダード市場に上場し、作業着やカジュアルウエアなどを展開するワークマン。
創業40年余りで初めての女性取締役候補として白羽の矢を立てたのは、ユーチューバーとして活動するサリーさんこと濱屋理沙(42)さんです。女性向けの事業をさらに強化するために取締役への起用を決めたといいます。
土屋専務
「候補者探しではお飾りのような人物ではなく、本当に会社の成長につながるかどうかという点を重視した。濱屋さんにはユーザー目線の商品開発やSNS時代の新しいマーケティングなど、われわれにはない新鮮な視点で会社を変えていくヒントをもらいたい」
一方、今月の株主総会で女性取締役候補を選任せず、引き続き女性取締役がゼロとなる企業は57社となっています。

船舶用のエンジンなどを手がける三井E&Sもその1つで、取締役7人はすべて男性です。この会社は東証のプライム市場に上場し、日経平均株価を構成する225社の1社でもあります。
三井E&S 株主総会の担当者
「企業努力として内部での女性の登用を着実に進めていて、ことし4月には初の女性執行役員も誕生している。機関投資家などからのジェンダーバランスを求める指摘もいただいており、引き続き女性取締役の候補者がいないか検討を進め、できるだけ早く、女性取締役を登用したい」

待ったなしの対応を迫られる企業

今月5日、政府が発表した「女性版骨太の方針2023」の案では、最上位のプライム市場に上場する企業の取締役や執行役員を含めた役員について、2030年までに女性の比率を30%以上にすることを目指すとしています。
外資系の機関投資家の中には、来年以降は取締役会に「2人以上の女性」がいなければ、経営トップの選任に反対する方針を示しているところもあります。

企業は、外部から社外取締役として女性を1人起用すればよしとするのではなく、社内からも女性の取締役を登用できるよう人材育成に本腰を入れる必要があります。
経済部記者
仲沢 啓
2011年入局
福島局 福岡局を経て現所属
現在、金融業界を担当
経済部記者
加藤 ニール
2010年入局
静岡局、大阪局を経て現所属
現在、金融業界を担当
経済部記者
斉藤 光峻
2017年入局
長野局を経て現所属
現在、金融業界を担当