「大崎事件」4度目の再審請求を認めない決定 福岡高裁宮崎支部

44年前、鹿児島県大崎町で義理の弟を殺害した罪で服役した95歳の女性が無実を訴えて再審=裁判のやり直しを求めていた「大崎事件」で、福岡高等裁判所宮崎支部は、裁判のやり直しを認めない決定を出しました。

昭和54年に鹿児島県大崎町で、当時42歳の義理の弟を殺害した罪で懲役10年の刑が確定し、服役した原口アヤ子さん(95)は4度目となる再審請求を行っていて、福岡高等裁判所宮崎支部で審理が行われていました。

確定した判決では酒に酔って自転車で溝に転落し、家に運ばれてきた義理の弟を日頃の生活態度に不満を持っていた原口さんが、元夫らに指示して殺害したとされています。

これに対し弁護団は、義理の弟が死亡したのは溝に転落した際の首のけがとその後の不適切な救護措置が原因で、殺人事件ではないと主張していました。

これについて福岡高裁宮崎支部の矢数昌雄裁判長は5日、再審を認めない決定を出しました。この中で弁護団が新証拠として提出した救急救命医の鑑定について「遺体の写真からだけで鑑定したもので、死因や死亡時期を推論する決定的なものとはいえない」などと指摘し、再審を認めませんでした。

原口さんは一貫して無実を訴えていて、過去の再審請求で3回、地裁や高裁が再審を認める判断を出しましたが、いずれも検察の抗告を受けてその後に取り消されるという異例の経過をたどっていて、裁判所の判断が注目されていました。

高裁決定を前に支援者らが集会

福岡高等裁判所宮崎支部の近くでは、5日午前10時ごろから、支援者らおよそ50人が集まって集会を行いました。

午前11時に高裁が決定を出すのを前に、原口アヤ子さんの娘の京子さんが「母も長い年月をかけてがんばっています。きょうは絶対に勝つのでよろしくお願いします」と伝えました。

また、弁護団長の森雅美弁護士は「きょうは必ず再審が認められると信じている。必ずや道は開けると確信しています」と話していました。

その後、支援者たちの拍手に送られながら、弁護団は高裁に入っていきました。

支援者「不当決定は認めない」

再審を認めない決定が出ると、弁護団のメンバーが「不当決定」と書かれた紙を掲げました。

裁判所の前に集まった支援者たちは一瞬、静まり返ったあと、「司法は死んでしまったんでしょうか。何という決定でしょうか」と声があがりました。

そして、「不当決定は認めない」と声をそろえて訴えていました。

支援者 原口さんに報告

再審を認めない決定を受けて、支援者の武田佐俊さんは、原口さんが入院している病院に報告に向かいました。

その後の会見で、武田さんは報告した時の原口さんの様子について、「穏やかな顔ではありませんでした。不当決定と書かれたパネルを見せると食い入るように見ていました。そして、ゆっくりうなずいて、うっすら目に涙も浮かんでいるように見えました」と話しました。

そして再審が認められなかったことについて、武田さんは「血のにじむような努力をして、まさかこういう結果になることは想像だにしていなかった。原口さんは、あと10日で96歳になります。むちを打つような今回の決定については、ことばがないです」と話していました。

弁護団 特別抗告する考え示す

弁護団や支援者は、宮崎市の宮崎県弁護士会館で記者会見を開きました。

弁護団の森雅美団長は「われわれが無罪であると立証しなければならないような決定だ。『疑わしいときは請求人の利益に』とした過去の最高裁判所の決定を踏まえると、鹿児島地方裁判所よりも後退したといえる内容だ」と批判しました。

そのうえで「今後とも再審開始の決定を目指してへこたれることはありません」と述べ、最高裁判所へ特別抗告する考えを示しました。

また、鴨志田祐美事務局長は、弁護団が新証拠として提出した救急救命医の鑑定に対する高裁の判断について「当初、法医学者が首を絞められたことが死因だと鑑定した部分には影響するが、それ以外の共犯者の供述の信用性などには影響しないのだと分断してしまっている。死亡時期に疑いが生じるのであれば、供述の信用性も当然、揺らぐのではないか」と述べました。

そのうえで「アヤ子さんの人生をかけた叫びを何だと思っているのか。何よりも本当にアヤ子さんに対して、申し訳がたたないという気持ちでいっぱいです」と話していました。

原口さんの長女「日本の恥 ずさんな証拠を容認したようなもの」

記者会見には、今回の請求人となっている原口アヤ子さんの長女の京子さんも同席しました。

会見の中で京子さんは「今回の決定は、本当に残念でありません。これは日本の恥で、世界の恥であり、捜査のずさんな証拠を裁判所が容認したようなものです」と時折ことばを詰まらせながら話しました。

そのうえで、「母も死ぬまで頑張ると言っております。今回の決定に負けずに、日本からえん罪事件がなくなるように、ご支援いただきよろしくお願いします」と話していました。

原口さんの様子は

福岡高等裁判所宮崎支部が裁判のやり直しを認めない決定を出してから3時間後の午後2時すぎに、NHKの記者が鹿児島県内の病院に入院している原口アヤ子さんと面会しました。

6月15日で96歳となる原口さんは、車いすに腰をかけて病院のホールで応じました。

原口さんは、脳梗塞の後遺症で話すことは難しい状態ですが、棄却という結果を聞いたときの気持ちを尋ねると、体を起き上がらせて声を出そうとしたり、大きく数回うなずいたりしていました。

また、事件発生から44年という時間の長さについて尋ねると、ため息とともにじっと遠くを見つめるような瞬間もありました。

午後3時ごろには、高裁で直接決定文を受け取った娘の京子さんが、結果を伝えるために駆けつけましたが、棄却という結果を受けて、京子さんは疲れきった様子に見受けられました。

福岡高検「適切な判断をされたものといえる」

決定を受けて、福岡高等検察庁の小橋常和次席検事は「本決定については、裁判所が適切な判断をされたものといえる」とコメントしています。

裁判所の決定のポイントは

今回の再審請求で弁護側は、救急救命医の鑑定を新たな証拠として提出し、義理の弟が死亡したのは、当日、自転車で溝に転落した際の首のけがと、その後の不適切な救護措置が原因で、殺人事件ではないと主張していました。

そして、去年の鹿児島地裁の決定が、その可能性を排除できないとしながら、殺人事件と結論づけたのは不合理だとして、即時抗告していました。

これに対し、福岡高裁宮崎支部は5日の決定で、救急救命医の鑑定について、「遺体を直接検分していない専門家が、別の鑑定や解剖の写真からしか遺体の情報をえることができなかったことなど問題点がある。死因や死亡時期を推論する決定的なものとはいえない」と指摘しました。

そのうえで、去年の鹿児島地裁の決定について「論理則、経験則などに照らして、おおむね不合理なところはない」と結論づけ、再審を認めませんでした。

専門家“高いハードルを課した”

決定について、元裁判官で刑事裁判の経験が長い半田靖史弁護士は「新しく出された鑑定について一定の証明力を認めたものの、全体的な流れを検討すると、この程度の証明力ではだめだという判断で、高いハードルを課したといえる」と話しています。

そのうえで、「今回の事件は、過去に何度も再審請求がされ、そのたびに一定程度の疑問を示す新しい証拠が出されてきた。個別に評価すると、十分ではないという判断になるのかもしれないが、総合すると疑問がかなり生じてくる。再審の判断の枠組みでは、新たに提出された証拠をまず検討し、それまでの判断を崩すものだとなったら、いろいろな証拠との総合評価に入るが、今回は入り口で止まってしまったために、古い証拠を評価し直す必要がないとされてしまった」と指摘します。

再審に関する法制度にも課題があるとして、「被告側への証拠開示は十分に認められるべきだ。再審の門を閉ざすのではなく、公の裁判で真実を明らかにする機会が広く与えられることが望ましい」と話していました。