「自転車は車道」と言われても…

「自転車は車道」と言われても…
「自転車は車の仲間だから、原則、車道を走ること」

そう言われて車道を走っているのに、路上駐車があって危なくて走れない!
そんな経験、ありませんか?

車道は自転車にとってどれほど安全に走れる場所と言えるのでしょうか。

事故の増加や交通違反の取締りの強化、ヘルメット着用の努力義務化など自転車が何かと話題になっている今、とことん調べてみることにしました。
(社会部記者 / 周英煥)

全国で整備「自転車専用通行帯」とは?

今回、私たちが調べたのは「自転車専用通行帯」です。自転車レーンなどとも呼ばれています。
法律では通行帯がある場所では、原則、自転車はその上を走らなければならず、自動車は走ることができないとされています。

自転車の関係する事故が全国で相次ぐ中、自転車が走る場所を歩道や自動車の車線と分けることで、交通事故を減らすことができると期待されています。

つまり自転車が歩道ではなく、車道を安全に走れるようにすることが通行帯の大きな役割で、整備は急ピッチで進められています。
国土交通省によりますと、2021年の時点で自転車専用通行帯は全国におよそ600キロメートル整備されているということです。

東京都内では、ことし3月の時点で217路線、あわせて123キロメートルが整備されていますが、このうち6割余りがこの5年間に新たに作られました。

ビッグデータで調べてみると…

自転車にとっては道路を安全に走りやすくなる対策なので、きっと自転車利用者も歓迎しているに違いない。

そう思って利用者に話を聞いてみると、意外にも課題を口にする人が少なくありませんでした。その多くが「通行帯上の駐車車両のせいで、安全に利用することができない」という意見でした。

路上駐車が多ければ、自転車が車道を安全に走れるようにするという通行帯の役割自体が揺らぎかねません。
では通行帯には、どれほどの路上駐車があるのか。
そう思って警視庁などに問い合わせましたが、まとまった資料はありませんでした。

それならばと、自分たちで調べてみることにしました。注目したのは東京都内の路上駐車のビッグデータです。NHKは、警視庁が2022年10月の平日(19日午後~20日未明)に行った路上駐車調査のデータを独自に入手しました。
データには、都内全域で昼(13時~17時)と夕方(17時~20時)の時間帯に確認された違法駐車、あわせて8万2000台の位置や車種などの情報が記録されています。

位置情報を元に東京都の地図に違法駐車の場所をプロットするとこのようになりました。ピンクの印が違法駐車車両を示しています。
このうち、路上駐車が特に多いとみられる東京23区のデータに、GIS=地理情報システムを使って通行帯の位置を重ねてみると…。
青い線が通行帯です。その上で、近くにある違法駐車を1台ずつ確認し、通行帯上に止められている数を集計しました。
その結果、東京23区の通行帯は去年10月の時点で134路線あり、このうち85%にあたる114路線に違法駐車があることが初めてわかりました。

台数はのべ1372台に上っていました。
このうち千代田区では、120メートルの区間にのべ13台の違法駐車が確認された場所もありました。

自転車の安全な走行のために整備をしているはずの通行帯が、生かされていないのではないか。調査からはそんな厳しい現状の一端が見えてきました。

通行帯上の自動車で事故も

取材を進めると、こうした通行帯上の違法駐車が事故につながったケースもありました。
通勤などに自転車を利用している宮田浩介さんは、2019年、通行帯に止められていたトラックを避けようとした際に事故に巻き込まれたといいます。

宮田さんは渋谷区の通行帯を自転車で走っていたところ、トラックが止められていたため、右側によけようと後ろを確認したうえで手信号を出して進路を変更しました。
ところが、後ろから来た別のトラックが横を通り過ぎる際、サイドミラーが宮田さんの右手と接触したということです。

転倒などはせず、幸い大きなけがには至りませんでしたが、重大な事故につながりかねないと感じたといいます。
宮田浩介さん
「後方確認をして大きく右手で進路変更の合図を出していても、事故に巻き込まれてしまうのが現状です。もしトラックと接触して転倒していたら命に関わるけがを負っていたかもしれません。私のほかにも、子どもを自転車に乗せている保護者など、日々危険な思いをしている人はたくさんいると思います。自動車による危険のない環境を整備して欲しいです」
通行帯に止まっていた自動車に関係する事故は全国で発生しています。

交通事故総合分析センターの集計によりますと、自転車専用通行帯で自転車が止まっていた自動車に衝突する事故では、2022年までの5年間に全国で57人が重軽傷を負っているということです。

さらに、宮田さんのように通行帯に止まっていた自動車を避けようとした自転車が、後ろから来た自動車と接触する事故については、専門家などからも危険性が指摘されていますが、事故の統計がなく、全容は分かっていません。

違法駐車の背景 見えてきた物流需要

こうした危険な通行帯上の違法駐車については警察も取締りを強化しています。

それでもこれだけの違法駐車が相次いでいるのはなぜか。今度はビッグデータから違法駐車の車種を1台ずつ集計し、傾向を探ってみることにしました。

車種別に集計した結果です。
通行帯での違法駐車のべ1372台のうち、貨物自動車があわせて697台にのぼり、全体の半数以上を占めていることが分かりました。
それらの場所では何が起きているのか。分析したデータを元に貨物自動車の違法駐車が多い路線に向かい、ドライバーに話を聞くことにしました。

現場に着いてすぐ、目に入ったのは通行帯に列をなして路上駐車をする運送業者のトラックです。
あわせて30人のドライバーに話を聞いたところ、このうち22人は「荷物の積み降ろしのために駐車している」と答えました。

さらにドライバーからは、宅配の需要が高く、離れた駐車場や停車スペースなどに止めていると配達時間に間に合わないとか、コインパーキングを使いたいが車体の幅が広く、重量のあるトラックは利用できないところも少なくないなどといった声が聞かれました。
トラックドライバー
「運送業の労働環境の改善も叫ばれている中で、離れた駐車場などに止めて配達していたら時間内に終えられないのが実情です。コインパーキングに止める10分があれば、その時間に荷物を別の場所に届けることができます。自転車が通る場所に車を止めていることは申し訳なく思いますが、配達を待っている人の需要に応える必要もあってしかたなく…」
現場の取材から見えてきたのは、自転車の安全を守るための通行帯と、高まる物流需要に応える貨物自動車、それぞれのニーズがぶつかりあう実態でした。

専門家「命を守れる場所に合意形成を」

ただ、難しい事情があるとはいえ、この状況を改善していかなければ安全な交通環境を実現することはできません。

今回の分析結果について、都市交通が専門で、自転車の通行空間に関する国の委員会の委員を務める埼玉大学大学院の久保田尚教授に聞きました。
埼玉大学大学院 久保田尚教授
「想定していたよりも自転車専用通行帯での違法駐車の数が多く、非常に驚いています。東京以外の都市部でも同様の問題が起きていてもおかしくありません。自転車にとっては、後ろを確認をしながら駐車車両を避けるのはハンドル操作が難しいです。幹線道路では車もスピードを出しているので、命に関わる重大な事故が起きかねない危険な状態と言えます」
さらに久保田教授は、貨物自動車の駐車のニーズに対応していくには、道路に関わるさまざまな立場の人たちの合意形成が求められると指摘しました。
「例えば、空き地などを活用して貨物車両が止められるスペースを設けるなど、配送業者への配慮も必要です。通行帯を『命を守れる場所にすること』を最優先に警察や道路の管理者、住民、物流業界など様々な主体がしっかりと話し合い、まちづくりの問題として取り組む必要があります」

「場所」で共存

専門家が指摘していたのが、いかに多様な交通の主体を「共存」させるのか、道路に関わるすべての人が知恵を絞る大切さでした。

「共存」のため、ヒントになる取り組みが東京都で行われています。
文京区の「白山通り」では、貨物自動車などの駐車のニーズと自転車の安全な走行を両立させるため、通行帯の隣に駐車スペースを設置する対策を行っています。

この道路の周辺はマンションや商業ビルが多く、貨物自動車などの駐停車のニーズが高いことから、都が2016年から2021年にかけて通行帯の右隣に短時間の駐車ができるパーキングチケット方式の駐車スペースを整備しました。「場所」を分けることで共存しようというものです。

「時間」で共存

札幌市では「時間」で共存させる取り組みが行われています。

札幌市中央区の「さっぽろシャワー通り」周辺は大型商業施設や飲食店が建ち並び、貨物自動車の交通量が特に多い地域です。
市は、2006年から貨物自動車の荷さばきのニーズが特に高い夜9時半から翌日の午前11時半までの間、歩道の一部を駐車スペースとして開放しています。
一方、歩行者が増えるそれ以外の時間帯は、歩道内に駐停車をさせないようポールを設置して自動車の進入を防いでいます。ポールの移動は、地域の商業施設の従業員などが担っているということです。

これは歩行者と貨物自動車を分ける取り組みですが、専門家も時間によって道路の用途を使い分ける方法は道幅が狭い日本の道路で、自転車通行空間と駐車のニーズを共存させるための1つの対策になり得ると指摘しています。

取材後記

2022年に全国で発生した交通事故は、現在の方法で統計を取り始めた昭和41年以降で最も少なくなりました。
その一方で、自転車が関係する事故は6万9985件と2年連続で増加しています。

さらに、2023年7月からは条件を満たした電動キックボードが運転免許なしに利用できるようになり、自転車と同様の交通ルールが適用されます。
歩行者、自動車、自転車、そして電動キックボードなどの新たな乗り物が、共存できる交通環境を整備できなければ、さらなる事故の増加を招きかねません。

移動手段としても人気が高まっている今だからこそ、自転車が安全に車道を走れるよう、違法駐車をいかに減らしていくか、道路に関わる様々な人たちが考える必要があると感じました。

※参考資料 分析で作成したデータ集
社会部 警視庁クラブ記者
周英煥
2017年入局。岡山局を経て2021年から現所属。交通部など担当。
データディレクター
田中元貴
データビジュアライズチーム「NMAPS」でデータ分析・可視化を担当。