「一般職は賃上げしても…」給与アップの新たな動き

「一般職は賃上げしても…」給与アップの新たな動き
「一般職は賃上げしても管理職は別だ」
そうした声を取材で聞く機会がこれまでよくありましたが今、状況は変わってきていると感じます。部長や課長の給与を引き上げた企業。さらに取材を進めると100社以上の取引先の賃上げを支援する大手メーカーも。賃金アップの新たな動きをお伝えします。(鳥取局記者 大本亮/盛岡局記者 梅澤美紀)

“逆転現象”をなくせ

「毎月の給料が部下より少ないというのは、気持ちの良いものではないと思います」

人事の担当者がそう話すのは東京 港区の大手電機メーカーです。

ことし4月、課長や部長などの管理職の社員およそ1400人を対象に賃上げを実施しました。管理職の賃上げは8年ぶりで、年収は平均で8%上昇します。ただ、上げ幅は一律ではなく業務の成果や職場での責任などに応じて決まり賃上げ率は最大で19%だということです。
管理職の割合はおよそ30%に上りますがなぜ今、賃上げに踏み切ったのか。一般社員が時間外で月30時間以上働くと、一部の管理職の給与を上回るケースがあり、職場での役職は上なのに収入が低いという状況が生まれていたといいます。

このメーカーでは一般社員の賃上げを続けてきましたが、管理職は労働組合の組合員ではないため春闘の賃上げ交渉の対象ではありません。

今回の管理職の賃上げで今年度の人件費はおよそ12億円増える見込みです。ただ、メーカーでは管理職のモチベーションの向上や人材の流出防止につなげ、若手社員が働き続けたいと感じられる職場作りが重要だと考えています。
八反田 人事総務部長
「管理職の給与水準をみた時に、企業全体の水準からみても少し低くなっていました。そうした中でリーダーとして組織を引っ張る力を発揮してもらおうと、今回、管理職の給与水準を引き上げました。企業というのは人で成り立っています。長い目で見たときに、人に対してきちんと手当てをしていかないと事業が成り立っていかないので、必要な投資だという認識です。業績は決して良いとは言えない状況ですが、今やらないと先々がないという危機感を持って決めました」

「役職定年」廃止 管理職として長く働けるように

賃上げだけではありません。

このメーカーはことし4月「役職定年制度」を廃止しました。「役職定年制度」は退職を定めた定年とは別に、課長や部長などの管理職に所定の定年を設け、その年齢に達すると、自動的に役職から外れる制度です。
組織内の新陳代謝を高め若手の育成を進めようと、30年以上前に導入。このメーカーの定年は現在、60歳。これまでは56歳になると管理職は一般社員と同じ扱いとなり、年収は最大で15%下がる仕組みでした。

しかし、ベテランの社員がポストを失ったり収入が減少したりするため、モチベーションの低下につながっているケースもあると考え、制度の廃止を決めました。
八反田徹 人事総務部長
「若手の社員を管理職として登用していくことも進めていきたいですし、ある年齢になったから役職を外すというわけではなく一人一人の希望や実情を踏まえ働きがいを得られるようにしたい」

責任は重いが、モチベーションは維持

今回の待遇の見直しについて、当事者はどう感じているのか。

管理職として部長職を務めている副島健さんは、入社からおよそ15年で管理職となり、営業やマーケティングなどの仕事を続けてきたということで、現在、部下も8人います。56歳となったことし3月に役職から外れ、給与も減額される予定でした。

今回の制度廃止で部長職にとどまるのに加え、8年ぶりの賃上げで収入も増えることになりました。

副島さんは現在、妻と社会人の長男の3人暮らし。施設に入所する母親の介護なども考えると管理職として働き続けられることは、経済的にも助かるといいます。
副島さん
「うれしい驚きです。部長職としての責任がそのまま続くことは非常に重いですが、その分、モチベーションを維持することができ、生活に張り合いがあると感じます。体が動くうちは働き続けたい」

賃上げのためにあえて価格に上乗せ

取引先の中小企業の賃上げを後押しする動きも出ています。

愛知県大口町に本社を置く工作機械メーカーではこのメーカーを主な納品先として部品などを製造する協力会社の賃上げを後押しようと5月の発注分から賃上げ分などを上乗せする取り組みを始めました。
上乗せするのはこのメーカーに納める部品製造などに携わる社員の人件費の2%程度。対象の協力会社はいずれも中小企業でその数は115社に上ります。協力会社からの見積書の提出を受け調達価格をあえて高くしています。

「人への投資」としてベースアップなどの賃上げだけでなく、職場研修の経費に充てるなどして生産性の向上につなげてほしいとしています。

取り組みを始めたきっかけを家城淳社長にたずねたところ…
家城社長
「協力会社の賃上げも後押しする必要があると考え、自然に思いつきました」

協力会社「ありがたい」の反応

メーカーはことし4月に労働組合に加入するおよそ1700人の正社員を対象に定期昇給と基本給を引き上げるベースアップなどで平均で5.55%の賃上げを行いました。

ベースアップ分だけでみると調達価格への上乗せ分とその経費は同じ規模だといいます。
こうした人件費のアップもありますが、取引先の協力会社には、今後の資材やエネルギー価格の高騰分は、今回の上乗せとは別にそのつど価格に反映してきています。

その原資をどう確保するのか気になりましたが、メーカーが製造した工作機械などに価格転嫁をすることは検討していないといいます。取引先の協力会社からは「ありがたい」という反応が相次いでいます。

決断の背景は

取材を進めると今回の取り組みの背景には人手不足が深刻化しているという事情も見えてきました。

協力会社では、鋳物の製造などで熟練した技術が求められる仕事が多くを占めますが従業員の高齢化や後継者不足、若手の育成という課題が顕在化し始めているといいます。
このメーカーでは、製品のおよそ半分を協力会社の協力を得ながら製造しています。製造作業にはまだ大きな影響はありませんが手が打てる今だからこそ、こうした『人への投資』を協力会社にも積極的に行ってもらうべきだと考えました。
家城社長
「工作機械は製造業を支える産業だが協力会社の先進技術や熟練作業が非常に重要になっていて、その支えによって成り立っている。不確実なことに柔軟に対応していくことが求められる現代では、自社としても中期ビジョンを協力会社とともに成し遂げていくことが重要で、取引先の“持続的成長”のために決断した」

ビジネスのヒントにも

調達価格への上乗せは今後の状況をみながら当面、続けたいとしています。

このメーカーでは資材の調達先も含め、取引先とともに創造していくことが日本のものづくりの競争力を高めていく上でも欠かせないと考えています。

同じ目的を達成するために方針や方向性を共有する取引先に対して積極的に投資するという考え方は、ほかの会社にとってもビジネスのヒントにつながるかもしれないと取材を通じて感じました。
鳥取局記者
大本亮
2016年入局
大津局を経て鳥取局
現在、県政と経済を担当
盛岡局記者
梅澤美紀
2020年入局
現在、経済・防災などを担当