政府 少子化対策の強化案 児童手当の所得制限撤廃など盛り込む

少子化対策の強化に向けて、政府は1日の有識者会議で具体策の案を示しました。児童手当の所得制限を撤廃し、対象を高校生まで拡大することをはじめとした経済支援策などが盛り込まれています。

予算規模は今後3年かけて年間3兆円台半ばとし、集中的に取り組むとする一方、財源は歳出改革などを行って確保し、具体的な内容は今後検討を進めるとしています。

少子化対策の強化策を盛り込んだ「こども未来戦略方針」の案では、今後3年かけて年間3兆円台半ばの予算を確保し、「加速化プラン」として集中的に取り組みを進めるとしています。

具体的には児童手当について所得制限を撤廃した上で、対象を高校生まで拡大し、

◇0歳から3歳未満は1人あたり月額1万5000円
◇3歳から高校生までは1万円を支給する
としています。そして
◇第3子以降は、高校生まで年齢にかかわらず3万円に増額する
としていて、いずれも来年度中の実施に向けて検討するとしています。
一方、高校生を扶養する親などの所得税を軽減する扶養控除について、対象となっていない中学生までの扱いとのバランスなどを踏まえ、どう考えるか整理するとしています。

また2026年度をめどに、公的保険の適用を含めた出産支援のさらなる強化を検討すると明記しています。

さらに高等教育にかかる費用の負担軽減策として、授業料の減免や給付型の奨学金について、来年度から理系の大学生や実家が多子世帯の学生などを対象に、世帯年収が600万円程度までの中間層に広げた上で、さらなる拡充を図っていくとしています。

また、親が就労していなくても子どもを保育所などに預けられる「こども誰でも通園制度」を来年度以降、本格導入することを目指すとしています。

このほか、両親ともに育休を取得した場合、最長4週間、手取りの収入が変わらないよう2025年度から育児休業給付の給付率を引き上げることを目指すなどとしています。
必要となる財源は
▽社会保障費の歳出改革に加え、社会保険の仕組みを活用することも念頭に、社会全体で負担する新たな「支援金制度」の創設などで2028年度までに確保するとし、
▽制度が整うまでに不足する分は一時的に「こども特例公債」を発行して賄うとしています。

また、徹底した歳出改革などを通じ、国民に実質的に追加負担が生じないことを目指し、消費税など子ども・子育て関連予算を充実させるための財源確保を目的とした増税も行わないと強調しています。

一方で、新たな支援金制度は今後、歳出改革などを行う中で検討し、詳細は年末に結論を出すとしています。

そして、新たな特別会計の創設など必要な制度改正のための法案を、来年の通常国会に提出するとしています。

また、岸田政権が掲げる子ども・子育て予算の倍増について、今回の「加速化プラン」でこども家庭庁の年間予算は今の5兆円近くからおよそ1.5倍に増えるとした上で、効果を検証しながら取り組みを進め、2030年代初頭には倍増の実現を目指す考えを示しています。

政府は今後、与党などとの調整も経て、今月中に「こども未来戦略方針」として決定することにしています。

岸田首相「追加負担を求めることなく進めていく」

岸田総理大臣は会議の中で、「次元の異なる少子化対策と若者・子育て世代の所得向上とを、言わば『車の両輪』として進めていくことが重要であり、財源を確保するために経済成長を阻害し、若者・子育て世代の所得を減らすことはあってはならない」と述べました。

その上で「歳出改革などによる公費の節減や社会保険負担の軽減などによって、国民に実質的な追加負担を求めることなく、少子化対策を進めていく」と強調しました。

経団連 十倉会長「中長期的な社会保障制度改革の検討を」

少子化対策の強化に向けて政府が示した具体策の案について、会議の委員を務める経団連の十倉会長は「財源が非常に苦しい中なので児童手当の所得制限の撤廃はどうかなと申し上げたが、政府の方針案には賃上げや国内投資などの勢いを絶対に損なわせないという決意表明があったのでそこは評価したいと思う」と述べました。

その一方で、「きょう示された案は3年間のプランで制度設計にも時間の余裕がないが、それで終わるのではなく、次元の違う少子化対策はこれからも続くということなので、中長期的な税を含む社会保障制度改革の検討をお願いしたい」と述べました。

連合 芳野会長「社会保険料の負担 労使取り組みに水を差す」

連合の芳野会長は記者団に対し、財源として社会保険の仕組みを活用することも念頭にした検討が行われていることについて「社会保険料の負担は、賃上げに対する労使の取り組みに水を差す。幅広く、すべての国民で支えていくことが重要で、税を含めた財源確保策を議論し、今の状況を国民に説明すれば、増税についても理解してもらえるのではないか」と述べました。

専門家 “財源に関する議論が重要”

社会保障や子育て政策が専門の京都大学大学院の柴田悠教授は、「これまでよりも加速度的に予算が増えることは確かでこの点は非常に評価すべきだが、児童手当の拡充など内容がまだ不明瞭なので、制度設計の具体案がないと評価が難しいところもある。また、まだまだやり得るところはあり、未婚の人たちの働き方改革など、地道な支援も含めてしっかり取り組んで少子化対策を進めていくことが非常に重要だ」と指摘しています。

その上で、「財源の作り方で効果が減ってしまうことは十分あり得ることだ。特に若い未婚の人たちの手取りが減ってしまうと結婚や出産が遠のいてしまうので、しっかり議論してもらいたい」と述べ、財源に関する議論が重要になるという考えを示しました。

戦略方針案の詳しい内容

政府が示した「こども未来戦略方針」の案の詳しい内容です。

戦略方針案では、今後3年間で子ども・子育て政策に集中的に取り組む「加速化プラン」の内容や将来的な予算の倍増に向けた大枠が示されています。

1.基本的な考え方

はじめに、少子化はわが国が直面する最大の危機だとして、2030年代に入るまでのこれからの6、7年が少子化傾向を反転できるかどうかのラストチャンスであり、対策は待ったなしの瀬戸際にあると指摘しています。

そして、対策にあたっての3つの基本理念として

▽構造的賃上げなどとあわせて経済的支援を充実させ、若い世代の所得を増やすこと
▽社会全体の構造や意識を変えること
▽すべての子ども・子育て世代をライフステージに応じて切れ目なく支援すること

を掲げています。

財源については、歳出改革の取り組みを徹底するほか、既存の予算を最大限活用することなどで、実質的に追加負担を生じさせないことを目指していくとしています。

さらに歳出改革の積み上げなどを待つことなく、前倒しで速やかに少子化対策を実施し、その間の財源不足は必要に応じて「こども特例公債」を発行するとしています。

一方で財源確保のための消費税を含めた新たな税負担は考えないと明記しています。

2.経済的支援と若い世代の所得向上

今後3年間で子ども・子育て政策に集中的に取り組む「加速化プラン」のうち、子育てに関する経済的支援の強化や、若い世代の所得向上に向けた取り組みは以下のとおりです。

【児童手当の拡充】
現在、児童手当は、中学生までの子どもがいる世帯に支給されています。支給額は

▽0歳から3歳未満の子ども1人あたり月額1万5000円
▽3歳から小学生までの第1子と第2子は1万円、第3子以降は1万5000円
▽中学生は1万円

です。ただ一定以上の収入がある世帯では給付に制限があり、「特例給付」という形で、子ども1人あたり月額5000円に減額されて支給されています。

また去年10月から、世帯で最も収入が高い人の年収が1200万円以上の場合は「特例給付」も含めて支給されていません。

今回の案では「特例給付」も含めた所得制限を撤廃した上で対象を高校生まで拡大し

▽0歳から3歳未満は1人あたり月額1万5000円
▽3歳から高校生までは1万円を支給する
としています。また
▽第3子以降は、高校生まで年齢にかかわらず3万円に増額する
としています。

いずれも来年度中に実施できるよう検討するとしています。

一方、高校生を扶養する親などの所得税を軽減する扶養控除について、対象となっていない中学生までの扱いとのバランスなどを踏まえ、どう考えるか整理するとしています。

【出産費用の保険適用】
出産費用をめぐっては、医療機関ごとに差があることから、具体的なサービスの内容や費用などをホームページで公表する「見える化」を、来年度から実施できるよう具体化を進めるとしています。

そのうえで、その効果などを検証し、2026年度をめどに出産費用の保険適用の導入を含め、出産に関する支援などのさらなる強化について検討するとしています。
【高等教育の負担軽減】
大学や大学院など、高等教育にかかる費用の負担軽減策も盛り込まれました。貸与型の奨学金については、卒業後の月々の返還額を減らす「減額返還制度」を利用できる年収の上限を今の325万円から400万円に引き上げるとともに、子育て期の経済的負担に配慮し、子どもが2人いる世帯は500万円まで、3人以上の世帯は600万円まで年収の上限を引き上げるとしています。

授業料などの減免や給付型の奨学金については、来年度から理系の大学生や実家が多子世帯の学生などを対象に、世帯年収が600万円程度までの中間層に広げるとしています。

そのうえで、財源などを踏まえつつ、多子世帯の学生などへの授業料などの減免についてさらなる支援拡充を検討するとしています。

また、授業料を在学中は支払わず、卒業後に所得に応じて納付する新たな制度を、来年度から修士課程の大学院生を対象に導入し、さらなる拡充のあり方について検討を進めるとしています。

納付が始まる年収の基準は300万円程度とし、子育て期は例えば子どもが2人いれば、年収400万円程度までは納付が始まらないようにするとしています。
【リ・スキリング】
国の学び直し支援策について、働く個人が主体的に選択できるよう、5年以内をめどに効果を検証しつつ、半数以上が個人経由での給付となるようにするとしています。その際、教育訓練給付の補助率の拡充や訓練期間中の生活を支える新たな給付や融資制度などについて検討するとしています。
【「年収の壁」への対応】
一定の年収を超えると配偶者などの扶養から外れ、社会保険料などの負担が生じ手取りが減ってしまう、いわゆる「年収の壁」への対応も盛り込まれました。106万円、130万円の壁を意識せずに働くことが可能になるよう
▽短時間労働者が、厚生年金や健康保険に加入できるよう要件を緩和するとともに
▽最低賃金の引き上げに引き続き取り組む
としています。

そのうえで、当面の対応として、年収が106万円を超えても手取り収入が逆転しないよう、労働時間の延長や賃上げに取り組む企業への支援を強化する施策をパッケージとしてことし中に実行し、制度の見直しにも取り組むとしています。

【住宅支援の強化】
子育て世帯への住まいの支援として
▽公営住宅などへ優先的に入居できる仕組みの導入を働きかけるとしたうえで、今後10年間でおよそ20万戸を確保するとしています。また
▽空き家の活用を促す区域を設定するなどして、民間住宅の活用も進め、今後10年間でおよそ10万戸を確保するとしています。

さらに
▽住宅を取得する際の金利負担を軽減するため、住宅金融支援機構が民間の金融機関と連携して取り扱う長期固定型の住宅ローン「フラット35」について、特に多子世帯に配慮しつつ、来年度までのできるだけ早い時期に支援を大幅に充実させるとしています。

このほか、子どもの声や子どもが出す音に気兼ねせず集合住宅などに入居できるよう、子育て世帯に対する理解の醸成を図るとしています。

【学校給食費の無償化】
一方、学校給食費の無償化については「加速化プラン」には盛り込まれなかったものの、実現に向けて、無償化を実施している自治体の取り組み実態などを調査し、1年以内に結果を公表したうえで、課題の整理を丁寧に行い、具体的方策を検討するとしています。

3.サービスなどの拡充

すべての子ども・子育て世帯を対象とするサービスなどの拡充策です。

【保育士の配置基準見直し】
保育所などの空きを待つ待機児童対策は進んだものの、幼児教育・保育の現場での子どもの事故などによって、子育て世代が不安を抱えており、安心して子どもを預けられる体制整備を急ぐ必要があると指摘しています。

このため、保育の質の向上に向けて保育士の配置基準を改善し
▽1歳児については今の「子ども6人に保育士1人」から「5人に1人」に
▽4・5歳児については「30人に1人」を「25人に1人」にし、運営費を加算する方針です。さらに、保育士などのさらなる処遇改善を検討するとしています。

【こども誰でも通園制度】
すべての子育て家庭に対し、多様な働き方やライフスタイルにかかわらない形での支援を強化するため、ひと月に一定時間の枠の中であれば、親が就労していなくても、子どもを時間単位などで保育所などに預けられる「こども誰でも通園制度」を創設するとしています。

そして速やかに全国的な制度とするため、今年度中にモデル事業をさらに拡充し、来年度からは本格実施を見据えた形で実施するとしています。
【社会的養護、障害児、医療的ケア児の支援拡充】
▽困難を抱える子育て世帯
▽家族の介護などに追われる「ヤングケアラー」
▽障害がある子ども
▽病気などでたんの吸引や人工呼吸器などが欠かせない「医療的ケア児」
など、多様な支援ニーズへの対応の拡充も盛り込まれました。

子育て世帯に対する包括的な相談・支援にあたる「こども家庭センター」の人員体制の強化や、支援の必要性の高い家庭への訪問事業の拡充などを行うとしています。

また、障害児や「医療的ケア児」への支援体制を強化するため、国や都道府県などによる助言などの広域的支援を進めるとしています。

4.共働き・共育ての推進

両親がともに育児に関わる「共働き・共育て」を進めていくための取り組みです。

【育休取得率目標の引き上げ】
男性の育児休業について、現在2025年までに30%としている企業の取得率の目標を2025年に50%、2030年に85%に引き上げます。

【育休給付引き上げ】
両親ともに育児休業が取得できるよう、現在67%となっている育児休業の給付率を2025年度から8割程度に引き上げ、手取り収入が変わらないようにするとしています。

給付率の引き上げは両親ともに出産後の一定期間、育休を取得した場合で、最長4週間を限度として検討を進めることにしています。

【企業への助成】
また、中小企業が育休取得の体制を整備する際や、業務を代替する社員に手当を支給する場合の助成の拡充などを検討するとしています。
【育児期の柔軟な働き方】
育児期の柔軟な働き方に向けて、子どもが3歳になるまでテレワークを企業の努力義務の対象とすることや、子どもが3歳になるまで請求できる「残業免除」について、対象年齢を引き上げることを検討するとしています。

【時短勤務への給付】
子どもが2歳未満の期間に一定時間以上の短時間勤務をした場合に、手取りが変わることなく育児・家事を分担できるよう賃金の低下を補う給付制度を創設し、2025年度からの実施を目指すとしています。

その際、女性のみが時短勤務を選択し、キャリア形成に差が生じることがないよう留意するとしました。

【多様な働き方へ雇用保険拡大】
さらに、多様な働き方を支えるためとして
▽雇用保険の対象外だった労働時間が週20時間未満の労働者が育児休業給付や失業手当などを受給できるよう適用対象の拡大に向けた検討を進め、2028年度までをめどに実施するとしたほか、
▽自営業やフリーランスなど国民年金の1号被保険者について育児期間の保険料を免除する措置を創設し2026年度までの実施を目指すとしています。

5.意識改革

子ども・子育てに優しい社会づくりのための意識改革に向けて盛り込まれた項目です。

【こどもファスト・トラック】
この春から国立博物館など国の施設で行われている、子連れの人が窓口で並ばずに優先的に入場できる取り組みをほかの公共施設や民間施設にも広げていくとしています。

【国民運動】
また、子ども・子育てを応援する地域や企業の好事例を共有して展開するなど、こども・子育てに優しい社会づくりのための意識改革に向けた国民運動を、夏ごろをメドにスタートさせることも盛り込んでいます。

財源確保の課題

少子化対策の強化に向けた年間3兆円台半ばの予算を確保するための財源について、1日に示された案では
▽社会保障費をはじめとした歳出改革の取り組みを徹底するほか
▽既存の予算を最大限活用するとしています。

その上で
▽企業も含めて社会・経済の参加者全員が連帯して広く負担する新たな「支援金制度」を構築する方針が示されました。その際、
▽少子化対策の財源確保を目的に消費税などの増税は行わないことや
▽対策の内容と費用負担を透明化するため、「こども金庫」と呼ばれる特別会計を新たに設けることも盛り込みました。

ただ、歳出改革の内容や規模は示されておらず、来年度予算案の編成にあわせて具体的な検討を進める方向です。この中ではデジタル化などによるコスト削減のほか、診療報酬改定や介護保険の適用対象の見直しなどが検討されるとみられます。

ただ、物価の上昇や医療・介護現場での人手不足が続く中、医療や介護の関係者から処遇改善のため人件費の引き上げを求める声が上がっているほか、与党内にも「社会保障費の歳出改革は限界だ」といった意見があります。

今回の案では、「加速化プラン」の実施が完了する2028年度までに安定財源を確保するとし、その間、不足する財源は「こども特例公債」の発行で賄うこととしていますが、歳出改革への反発もある中、政府は難しい調整を迫られそうです。

さらに、今回の案では、徹底した歳出改革を行うことなどで「実質的に追加負担を生じさせないことを目指す」としています。

ただ、少子化対策を除いてもこれまで保険料負担は増え続けています。企業の従業員などが加入している健康保険組合で作る健保連=健康保険組合連合会によりますと、高齢化の進展に伴う医療費の増大で、平均の保険料率は、▽15年前の平成20年度の7.38%から
▽10年前の平成25年度は8.67%に上昇しました。

さらに今年度(令和5年度)は予算ベースで9.27%となっています。

健保連は「いわゆる『団塊の世代』が75歳以上となる2025年にかけて、負担はさらに増えるみられる」としていて、少子化対策の財源を賄う上でも増え続ける社会保険料の負担をどれだけ抑えることができるかが課題となります。

予算倍増に向けた大枠と今後の対応

「加速化プラン」の予算規模については、現時点ではおおむね3兆円程度となるものの
▽高等教育費に加え
▽子どもの貧困や虐待防止、それに障害児や「医療ケア児」に関する支援策の拡充を検討し、「全体として年間3兆円台半ばの充実を図る」と明記しています。

「加速化プラン」の実施により、こども家庭庁の予算はおよそ5割増えることが見込まれるとした上で、2030年代初頭までに、こども家庭庁の予算全体か子ども1人あたりの予算の倍増を目指すとしています。

今後、戦略方針の具体化を進め、年末までに、「こども未来戦略」を策定するとしています。