ビジネス特集

日本発の太陽電池「ペロブスカイト」どこがすごい?

「実現すれば、これまでの不可能を可能にする太陽光発電だ」

資源エネルギー庁の幹部がそう語る技術に取材者として心が踊った。

ペロブスカイト太陽電池。厚さ1マイクロメートルのフィルム型の太陽電池だ。

世界的なエネルギー危機の中で、この太陽電池が何を変えるのか。

取材を進めると、日本のエネルギーの弱点を克服しうる、いくつもの優れた特性が見えてきた。

(経済部記者 五十嵐圭祐)

ペロブスカイト太陽電池とは

そもそもどんなものか。

極薄のフィルムに「ペロブスカイト」と呼ばれる結晶の構造をした物質を塗ることで、太陽光を電気に変えることができるのだ。
桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授が発見した日本発の技術だ。

従来の太陽光パネルに比べて厚さは100分の1、重さは10分の1と、薄くて軽いのが特徴だ。
桐蔭横浜大学 宮坂力特任教授
さらにフィルム状で柔軟性に優れているため、折り曲げて設置することができる。

これまでは重さがネックとなって設置できなかったビルの壁面や建物の屋上、さらに曲面の部分にも貼り付けることができるという。

太陽光の適地が少ない日本にとって

島国で平地が少ない日本では、太陽光発電に適した土地が少ないと言われている。

IEA=国際エネルギー機関によると、平地面積あたりの太陽光発電の容量は日本が世界トップだが、毎年の導入量の伸びは縮小し続けている。

これは発電に適した場所の活用がかなり進み、適地が残り少なくなってきていることを裏付けている。
政府は2030年度に電力全体の14%から16%を太陽光発電で賄う方針だが、2021年度の実績は8.3%と、10年足らずで倍近くに伸ばしていかなければならない。

ペロブスカイト太陽電池を導入できれば、設置場所を飛躍的に増やせる可能性があり、大きな期待が寄せられている。

政府はまず、街なかのオフィスビルの壁面や駅、公共施設などで活用を進め、将来的には各家庭での利用も視野に入れている。

実用化はいつ?研究開発の最前線

国内では、政府の支援を受けて5つの企業グループが開発を進めている。

大手化学メーカーの「積水化学工業」もその1つで、10年前から技術開発を進めている。

大阪・島本町にある研究施設を訪ねてみた。

まず案内されたのは、湿度が厳しく管理された部屋。そこに入ると、黄色がかった特殊な照明に製造装置が照らされていた。
ペロブスカイト太陽電池は湿度が高い環境に弱いほか、一般的な照明の光でも性能が劣化してしまうという。

非常に繊細な技術だという印象を受けた。

製造装置を見ると、横幅30センチのロール状になっているフィルムに結晶構造の元となる材料を塗り付けていた。

半透明のフィルムが最後の工程を通ると、材料が塗られて黒色になって出てきた。
機能的にはもうこの状態で発電できるそうだ。ただ、このまま屋外に出すとすぐに劣化して使い物にならなくなるという。

そこで会社が研究を重ねているのがフィルムを保護する技術だ。

この会社は精密機器にほこりや湿気が入り込まないよう密閉して保護する技術に長けている。これをペロブスカイト太陽電池にも応用しようというのだ。

この工程は企業秘密ということで残念ながら見ることができなかったが、実用化に向けては不可欠な工程だという。

この分野では他社をリードしていると、担当者が自信をもって話していたのが印象的だった。

原料も自給できる!国産化に大きな期待

研究所の担当者がおもむろに見せてくれたのが、小瓶に入った液体だった。
ペロブスカイト
これがペロブスカイトという結晶構造の材料だという。

主な原料はヨウ素。日本はチリに次ぐ世界2位の生産国だ。

日本の国土の地下には、ヨウ素を豊富に含んだ地下水があり、ここからヨウ素を取り出している。つまり原料を国内で調達できるということだ。

ロシアのウクライナ侵攻や米中の対立などで原材料のサプライチェーン=供給網の強化が課題となるなか、経済安全保障の強化にもつながると期待されている。

日本には悲しい歴史がある。

従来の太陽光パネルで2000年代前半まで世界トップのシェアを誇っていたが、中国との価格競争に敗れて次々と撤退。今では世界シェアの大半を中国に奪われてしまった。

それだけに関係者は日本発のフィルム型太陽電池で巻き返し、世界の新たなスタンダードを作りたいと意気込んでいる。
積水化学工業 ペロブスカイト太陽電池グループ 森田健晴グループ長
森田健晴グループ長
「日本は技術で先行し、実用化して世界に広がったとたんにシェアを奪われるという苦い歴史を繰り返している。フィルム型では何としても勝たなければならない。ユーザーとも協力してチームジャパンで戦っていく」

世界初・屋外での発電試験 実用化まであと一歩

積水化学工業では、2年前から研究所の屋上で世界初となる発電試験を行っている。
課題となっている耐久性に問題がないかや、フィルムにムラなく結晶構造を塗り、効率的に発電できているかなどを確認している。

これまでのところ、屋外の環境で少なくとも10年程度は発電を続けられることが確認できている。

今後はフィルムの大型化に取り組み、再来年の2025年の実用化を目指している。

脱炭素目指す企業も期待

脱炭素を目指す企業からも期待が高まっている。

NTTデータは来年4月から東京・港区にあるデータセンターの壁にフィルムを設置し実証実験を行うことにしている。
実験予定のビル
無数のサーバーが24時間稼働するデータセンターは電力の消費量が多い。

ビルの壁に設置した太陽電池で発電できれば、二酸化炭素の削減にもつながる。

会社では実用性が確認できれば、全国に16あるデータセンターでペロブスカイト太陽電池の導入を目指すことにしている。
NTTデータ ファシリティマネジメント事業部 佐藤光宏課長
佐藤光宏課長
「データセンターの脱炭素化は簡単ではないミッションだが、場所の制約がないフィルム型は大きな可能性がある。都心部での再エネの地産地消モデルを作っていきたい」
ちなみに一般家庭に普及するのはいつごろか資源エネルギー庁に聞いてみたが、まずは街中のオフィスビルや駅、それに役所の建物などで普及が進むということ。

量産化によってコストを抑えられるようになれば、家庭用にも広がっていくが、早くても2030年以降ではないかということだった。

しれつな開発競争 日本はリードできるか

太陽光パネルの生産で世界トップの中国でも、ペロブスカイト太陽電池の開発が行われている。
資源エネルギー庁によると、政府の支援を受けた複数の企業や大学が研究成果を発表しているという。

また、イギリスのオックスフォード大学発のスタートアップ企業も商品化に向けて開発を行っているという。

岸田総理大臣はことし4月、再生可能エネルギーの普及拡大に向けた閣僚会議で、ペロブスカイト太陽電池について「2030年を待たずに早期に社会実装を目指す」と表明した。

すでに政府の支援を受けたプロジェクトが動き出しているものの、その規模は決して大きいとは言えないレベルだ。

世界的な開発競争を勝ち抜き、新たなスタンダードを作れるか。

政府には他国の動きもにらんだ戦略的な道筋を描くことが求められている。
経済部記者
五十嵐圭祐
2012年入局
横浜局、秋田局、札幌局を経て経済部
現在、エネルギー業界を担当

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