ハウステンボス 業界外から来た社長が“背水の陣”で仕掛ける

ハウステンボス 業界外から来た社長が“背水の陣”で仕掛ける
思い切った従業員の処遇改善を矢継ぎ早に打ち出しているのが、九州・長崎のテーマパーク・ハウステンボスです。

ことし1月にグループ全社員1000人余を対象に「平均6%の賃上げ」を発表したかと思えば、4月には「来年も平均6%の賃上げを継続する」と発表しました。

さらに年間の休暇を8日増やし、休暇取得がしやすい環境を整えようと、来年の1月9日~12日は「4日間の連続休業」を実施します。

そこには、坂口克彦社長の“こだわりの経営哲学”がありました。

(長崎局記者 松本麻郁)

医者は体を健康に 観光は心を健康に

坂口克彦社長は68歳。

2019年にハウステンボスの社長に就任しましたが、もともとは観光業界の人ではありませんでした。
日用品大手ユニチャームで事業本部長や台湾子会社の副社長を務めたあと、ハウステンボスの親会社だった大手旅行会社エイチ・アイ・エスに移り、社長として送り込まれました。

坂口社長は『社長』と呼ばれるのが嫌いで、社内では「坂口さん」と呼ばれています。

坂口さんが社長就任以来、一貫して続けているのは、ハウステンボスの入り口での客の出迎えです。
坂口克彦さん
「医者が体を健康にするように観光業は心を健康にするものすごく大事な業界です。それなのにコロナ禍で『観光業は不要不急』と言われてしまいました。医者は不要不急とは言われないのに、なぜ観光業は不要不急なのか、ものすごく嫌な気持ちでした」
「ハウステンボスはストレス発散の場所です。お客様には普段のしがらみやわだかまり、ストレスを解消するためにハウステンボスに来ていただいて、発散してもらう場所なのです」

ずっとやりたかった処遇改善

ことしの春闘は30年ぶりの高い水準の賃上げとなりました。

記録的な物価高騰が続く中、政府の要請に企業が応えた形です。

ただ、坂口さんはハウステンボスの賃上げは「4年前からずっとやりたかったことだ」と強調します。
坂口克彦さん
「社長に就任した4年前から、処遇の水準をもっと引き上げたいと思っていました。ただコロナ禍で大赤字の時期に、処遇改善を図ることはできませんでした。結局、コロナ禍が終わるタイミングに合わせた形になりましたが、ずっと処遇改善を実施したいと思っていました」
去年9月、ハウステンボスの親会社がエイチ・アイ・エスから香港の投資会社「PAG」にかわりました。

坂口社長はPAGを説得し、矢継ぎ早に処遇改善を打ち出したのです。

思い切った処遇改善の目的はどこにあるのでしょうか。

坂口さんは「誇りを持って働きたい」という社員のやる気に「低い水準の処遇」がブレーキをかけていたためだと語ります。
坂口克彦さん
「他人に言われて仕事をするのではなく、自分は価値ある仕事したい、納得して仕事をしたい、家族に誇れる仕事をしたいという気持ちを醸成することがなによりも大事です。やる気を阻害するブレーキを排除したいと思って、処遇改善を行いました」

開業以来初めての4日間連続休業へ

それでも観光施設が年始に「4日間の連続休業」するケースは聞いたことがありません。

さぞかし悩み抜いた決断だったのではないのかと尋ねると、意外な反応が返ってきました。
坂口克彦さん
「自分自身としてはやりたくてしょうがありませんでした。それを実施したら、社員が喜んでくれるし、会社を信用してくれるのではないかと思いました」
「一方で自分にとっては『背水の陣』です。自分が発表することで、やらなきゃいけない状態をつくる、それをやっても業績が上がらなけば親会社(PAG)は認めてくれないでしょう。4日間休業しても、絶対業績が上げられるという自信が自分にはあります」
坂口さんが取り組んできた処遇改善は、ハウステンボスがことし9月をめどに策定する中期経営計画の柱の1つです。

ポストコロナで観光人材の獲得競争が激しくなる中、優秀な人材の定着を図り、大幅に採用を増やしていく方針です。

こうした処遇改善が顧客へのサービス向上につながって企業の競争力を高め、ひいては高い利益を実現すると考えているのです。

こうした坂口さんの自信の裏付けになっているのが、コロナ禍の3年間で進めてきた取り組みです。

自らマネージメント職の社員400人を対象に繰り返し研修を行い「納得して働く」ことの大切さを伝え続けました。
そして人材育成の段階はほぼ完了し、処遇改善は”最後の仕上げ”という位置づけです。
坂口克彦さん
「人事制度も全部作り替えました。成長に向けた地盤は作ったと、これから必ず良い方向になっていくはずです。だからこそ、社員のやる気を阻害するブレーキ(低い処遇)を取り除かせてくださいということなんです。『必ず業績は上がります、まあ信じてください』という気持ちです」

なにきれい事を言ってるんですか

経営哲学の理想を熱く語る坂口さん。

それでも、4年前にハウステンボス社長に就任した当初、社内で冷ややかな目で見られることも多かったと言います。
坂口克彦さん
「『会社って何のためにあるの?』と言えば『お客さんもそこに働くスタッフも幸せになる為にあるんだ』ということなんです。こんなこと言うと、大概の人に笑われるんですよ。『なにきれい事言ってるんですか』と」
「ずっと言われ続けてきましたけど、自分はやっぱり、その方が業績が上がるし、その方が処遇が上がるという経験が過去にありました」

処遇改善の手応えは?

一連の処遇改善を、ハウステンボスの社員はどう受け止めているのでしょうか。

賃上げはことし7月からなので、多くの社員はまだ実感はわいていないと言います。
坂口克彦さん
「社員はまだ処遇改善を実感してないので『まだもらっていない』という感じです。でも実感したらゴロっと変わるんじゃないかと思います。やる気を阻害するブレーキが全部なくなって、仕事に突き進むようになると思います」
新型コロナが5類に移行し、インバウンドも復活し、観光業はかつての賑わいを取り戻し始めています。

ただ観光業では、コロナ禍に多くの人材が流出してしまったため、人材の確保・定着の課題に直面しています。

「観光業に戻る人を増やすために率先して改革を発信したい」と語る坂口さんの思い切ったチャレンジが実を結ぶのかどうか。

観光業全体にとって試金石になると言えそうです。
長崎局記者
松本麻郁
北海道出身
民放記者などを経て2022年より長崎局
地域経済や離島などを取材