“夢の電池”に賭ける研究者たち

“夢の電池”に賭ける研究者たち
京都大学にある研究室。

白衣を着た人々が黙々と粘土のようなものをこねている。

ここは“夢の電池”の開発現場だという。

電池は、スマートフォンにEV=電気自動車、災害用蓄電池などさまざまな製品で欠かせない存在となったが、容量不足というネックが人々の利便性を大きく左右する。

安全で長持ち、コストも抑えられるという次世代の電池を日本の技術力で完成させたい。

知られざる開発現場を取材した。

(経済部記者 榎嶋愛理)

それは「柔固体電池」

「薄くて曲げられるような形状にしています」
開発しているのは、リチウムイオン電池の次の世代の電池とされる全固体電池の構造をベースに、その中身の電解質に柔らかい材料を使う柔固体電池(じゅうこたい)。

住友化学と京都大学、鳥取大学が3年前から共同開発を進めた。

なぜ曲げられると夢の電池になるのか?

現在、主流のリチウムイオン電池、各社が開発を進める全固体電池、そしてこの柔固体電池をそれぞれ比較することでそれがわかる。
リチウムイオン電池の弱点を乗り越える次世代の電池として、各社が現在、全固体電池の開発を進めている。

ただ、全固体電池には固体であるがゆえに、製造が難しいというハードルがある。

電池はマイナス極とプラス極の間に電解質をはさむ構造で、電解質が固体となる場合、電極と密着させるために製造過程で圧力をかけ、界面を接合させるという難しい工程がある。

そのため、量産化にはまだ高いハードルがあるのだ。

さらに、完成した電池も、使用を続けるうちに界面が剥がれないように密着させ続ける部品が必要になる。

この全固体電池の課題を解決するのが柔固体電池なのだという。
柔らかくすることで、電極と密着させやすくなり、圧力をかける必要はなくなる。

歯科医院で歯形を取るペーストに近いイメージだ。
全固体電池の利点を併せ持ちながら、リチウムイオン電池よりも性能の高い電池として開発が進められている。

柔らかい素材を発見!

そして、電池の電解質にふさわしい材料を分子レベルで見つけ出す研究が始まり、2年がかりでとうとう発見したのだ。

今後はエネルギー出力を上げるといった開発の段階に入る。
開発にあたった京都大学大学院工学研究科 安部武志教授
「実はずいぶん前から柔らかいものには注目していました。ただ、固体とあわせた時になかなかスムーズにリチウムイオンが動いてくれなかったんです。そうなると急速な充電ができないということになりますので、そこをどうクリアしていくのかが長年の課題でした」
「今回開発したのは、その課題をかなりのところまでクリアできているように思います。さらに1歩1歩開発を進めていきたい」

研究者たちは悔しい過去をバネに

現在、主流のリチウムイオン電池は中国が高い世界シェアを持ち、電気自動車との一体ビジネスで世界の覇権を握ろうとしている。
ただ、リチウムイオン電池ももともとは日本の基礎研究から生まれたものだった。

日本として再び研究開発に取り組むことになる柔固体電池。

研究者たちはやる気に満ちあふれていた。
住友化学 新健二所長
「電池に関連して言うと、日本ではこれまでさまざまな開発をされてきたのに、商売としてはうまくいっていないんです。そのことを製造業として強く認識しています」
「ただ、まだまだ逆転できますし、勝負のど真ん中ですから、世界でも勝ち抜けると思っています。そのためにも必要なのが仲間づくりです。メーカーさんと本気のお付き合いをしていく中でより実用性のあるものになると思います。仲間になって、国外の戦いに勝っていきたいと思っています。私としては今は5合目くらいにいるのかなと思っていますね」

オープン型開発で仲間づくりを

共同開発の中心的な役割を担う住友化学。

これまでも電池の部材の研究開発を手がけてきたが、今回の柔固体電池の開発にあたっては、途中段階での研究開発の成果を詳細に学会で発表する異例の対応をした。
それは、情報をオープンにすることで、興味や関心を持った企業などへの仲間づくりを広げるのが狙いだ。

電池メーカーだけでなく、EVシフトが加速する自動車メーカーなど業界の垣根を越えた連携を模索している。

まずは2年後をめどにドローン向けの柔固体電池の実用化を目指し、将来のEV市場の拡大を見据えて、電池材料関連の事業などで2024年度にかけて700億円規模の関連投資も計画する。

人々の生活をよりよくしたい 技術大国としてのプライド

取材を通じて研究者たちが次々と口にしたのは、「新しいものを見つけたい」「人々の生活をよりよくしたい」「日本の産業を盛り上げたい」という思いだった。

そこには、技術大国としてのプライドも強く感じた。

“夢の電池”の実現は、いまの電池のようにあらゆる製品の核となるもの。

人々の生活を大きく変えることにつながる。

研究者たちが見据えるのは、数年後、もしくは数十年後の「世界標準」だ。

仲間づくりを目指す研究者たちに応えようという輪が広がることを期待したい。
経済部記者
榎嶋 愛理
2017年入局
広島局を経て現所属