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“友人と食事も行けない…” 難病「潰瘍性大腸炎」最新研究は

「外出が怖い」

「潰瘍性大腸炎」という病気に悩んできた女性はこう訴えます。激しい腹痛や下痢などを繰り返す病気で、1日に10回トイレに行くことも。

国内の患者数は推計22万人とも言われ、安倍元総理大臣や、滋賀県出身の陸上選手、桐生祥秀さんもこの病気に悩まされたことを明らかにしています。

原因がわからず、治療法も確立されていないため、難病に指定されているこの病気。今、治療法を開発するための研究が活発化しています。

(大津放送局 記者 光成壮/科学文化部 記者 三谷維摩)

医師は“大丈夫”と説明も…

大阪市に住む田村みくりさん(31)が異変を感じたのは、7年前。

時折、腹痛を感じるようになり、便に血が混じることもありました。

田村さんは、先天性の足の病気のため、車いすで生活しています。

心配になり、近所の病院を受診しましたが、医師からは「直腸の炎症で、そのうち良くなるだろう」と説明を受けたといいます。

しかし、その後も症状は徐々に悪化。

食事も十分にとることができず、友人から食事に誘われても、断ることが多くなっていきました。
田村さん
「胃痛から始まって、どんどん食べられない日が増えていきました。食欲が全然なくて、友達に誘われても食事ができないので、本当は会いたいけど断らざるをえないこともありました」
症状が出始めて1年ほどがたったころ、再び、病院で検査を受けました。

その結果、「潰瘍性大腸炎」だと告げられました。
「潰瘍性大腸炎」は大腸の粘膜が炎症を起こし、激しい腹痛や下痢などを繰り返す病気です。

原因はわからず、治療法も確立されていないため、難病に指定されています。

症状を抑える薬はありますが、患者の中には効果が十分得られない人もいて、症状は落ち着いたり、再発したりを繰り返します。

長期化すると大腸がんになるリスクも高いとされています。

初めて聞いた病名に、田村さんは大きなショックを受けました。

食事がしづらくなったことで、体重は1年間でおよそ20キロも減ったと言います。
田村さん
「聞いたことがない病名で、調べてみたら難病だということで。やっぱりショックでした。まさか自分がそういう病気になると思わず、不安を感じました」

外出が怖い…1日に10回トイレに

病気は、田村さんの生活に深刻な影響を及ぼしました。

外出先ではトイレがどこにあるのかいつも気になりました。

影響は仕事にも及び、病院の事務員として働いていた田村さんは、腹痛でトイレに行く回数が増えたほか、体調の悪化で仕事を休まざるをえない日もありました。

同僚の目が気になって、職場に居づらいと感じるようになったといいます。
その後も、症状は良くなったり悪くなったりを繰り返しています。

症状が落ち着いているときは趣味のダンスを楽しむこともできますが、悪化したときは血便などがおさまらず、1日に10回もトイレに行くこともあります。

急な体調の悪化に備え、症状を抑える薬は手放せません。
田村さん
「トイレのことが気になってしまい、外出が怖いと思っていた。何か新しいことに挑戦する機会があっても、症状が悪化するかもしれないと思うと、前向きに挑戦する気持ちがなかなか出てこないですし、薬を飲んでも今以上に症状がよくなることがないと思うと不安です」

新たな治療法 開発の動き盛んに

長期間にわたり症状に苦しむ患者の負担を減らそうと、新たな治療法の開発を目指す動きが盛んになっています。
国内では、東京医科歯科大学のグループが、再生医療の技術を使い、「オルガノイド」という細胞のかたまりを作って、患者に移植する治療法の研究を進めています。

患者の大腸から健康な細胞を取り出して培養し、腸の粘膜を作る幹細胞など腸上皮と呼ばれる部分のさまざまな細胞を含んだ「オルガノイド」を作り、腸の潰瘍が起きている部分に移植することで、症状の改善を目指しています。

去年、世界で初めて、このオルガノイドを移植する手術を実施したということです。
また、順天堂大学などのグループは、腸内細菌を移植する治療法の研究を進めています。

健康な人の腸内細菌を患者の腸に移植することで腸内の環境をコントロールし、過剰な免疫反応を抑えることで症状の改善を目指しています。

この治療法は、保険が適用される治療と併用できる国の先進医療として、検証が進められています。

順天堂大学の石川大准教授によりますと、治療法の開発が盛んになる背景には、潰瘍性大腸炎の患者が欧米やアジアなど多くの国で増えていることがあるといいます。
順天堂大学 石川大 准教授
石川准教授
「潰瘍性大腸炎は従来の治療だけでは根治までもっていくのは難しく、患者が増えるなか、世界各地の研究機関があの手この手でよりよい治療法を目指している状況だ」

根治目指す研究 京都大学でも

こうしたなか、この病気の原因解明につながる研究として注目されているのが、京都大学のグループが発表した論文です。

京都大学大学院の塩川雅広助教らは、大腸の炎症の原因となる物質を特定しようと、患者の血液を調べたところ、ある共通の”抗体”が見つかりました。

それが「抗インテグリンαvβ6」と呼ばれる抗体です。
この抗体は健康な人からは見つからなかった一方、潰瘍性大腸炎の患者の9割が持っていることを発見しました。
塩川さんらの仮説です。

抗体は、本来自分の体を守るためにあります。

しかし、研究グループが見つけた抗体は、大腸の粘膜の表面にある細胞を攻撃してしまいます。

すると粘膜がうまく作られず、炎症が起きるのです。

塩川さんはこの抗体を取り除けば、根本的な治療につながると考えています。

さらに、患者の症状と抗体の関係を調べると、抗体の量が多い患者ほど、症状が悪化していることもわかりました。

この研究は、100年以上わからなかった病気の原因に迫る成果として、アメリカの専門誌に論文が掲載され、国内外から注目を集めています。

治療法開発 費用をまかなうために

京都大学のグループでは、この抗体を患者の体内から取り除く治療法を開発できれば、病気の根治につながる可能性があると研究を続けています。

治療法の開発のため、塩川さんたちは2022年、大学内にベンチャー企業を設立しました。

ヒトで安全性などを確認する「治験」には、数十億円の費用がかかるため、公的な研究費だけでは足りないその費用を民間からベンチャー企業への投資などでまかなうのが目的です。

塩川さんたちは2026年に新たな治療法の治験を始めたいとしています。
京都大学大学院 塩川雅広 助教
塩川助教
「仮説どおりにうまくいけば、潰瘍性大腸炎の治療法の大きな変革につながるのではないか。潰瘍性大腸炎の根治につながる可能性が十分にあると思うので、長年症状に苦しんでいる患者さんたちにできるだけ早く治療を届けたい」

難病治療実用化の課題は

病気を根本的に治療できる可能性がある研究。

田村さんにこの研究について尋ねたところ、田村さんは「もしかしたら根治するかもしれないという情報は、本当に希望を持てる」と語っていました。

ただ、実用化までの道のりはまだ遠いのも実情です。

実用化に向けては、いくつかの段階があり、まず、治療薬など治療法の候補を作り、そこから効果の高い安全な方法を絞り込む必要があります。

塩川さんたちはすでにいくつか候補の準備を進めていますが、動物実験で候補を絞り込んだり、「治験」で安全性や効果を確認したりしなければならず、そのためには長い時間と多額の予算が必要なのです。

塩川さんは実用化に向けては国からの研究費やベンチャー企業に集まっている資金ではまだまだ足りないと話しています。
こうした治療法研究の課題は、潰瘍性大腸炎に限った話ではありません。

原因がわからないなどの理由で治療法が確立されていない「難病」は国が指定するもので300以上あります。

これについて、厚生労働省の難病対策委員会の委員長で関西電力病院の千葉勉名誉院長は、ほかにも予算を割かなければいけない課題が多いなかで、国からの研究費を大きく増やすのは難しいと指摘します。

また、難病の治療法の開発をめぐっては、難病は一般的に患者が少なく利益が出づらい反面、開発に失敗する可能性もあり、企業にとってはリスクも高いということです。
千葉名誉院長
「研究費を効率的に配分し、有望な研究に多くの予算を充てる仕組み作りが重要だ。また、治療薬の実用化に向けては、塩川さんたちのような研究者とベンチャー企業とのマッチングを進める必要がある」
難病の患者からの期待はとても大きなものがあります。

国の支援や民間の投資を活用して、スピード感を持って進めていくことが必要だと感じました。
大津放送局 記者
光成 壮
2017年入局
初任地の盛岡局を経て現所属
科学文化部 記者
三谷 維摩
2009年入局
徳島局や大阪局などを経て現所属
医療分野を担当

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