なぜ対立?アメリカ債務上限問題 金融面で「大惨事」防げるか

G7広島サミットが21日閉幕しました。

開幕前に一時、アメリカのバイデン大統領が日本を訪問しない可能性もあると言われていたことを覚えているでしょうか?

その理由は、「債務上限問題」。

アメリカのイエレン財務長官が「経済面、金融面で大惨事を招くことになる」と述べるなど、行方次第では世界経済にも大きな影響を与えるおそれがあります。

債務不履行に陥る期限が「6月1日」との見方もある中、サミット閉幕後の会見でこの問題についてバイデン大統領が言及しました。

この先、どのような展開が繰り広げられるのでしょうか。

“受け入れがたい”サミット後の会見でバイデン大統領が…

アメリカでは政府ができる借金をめぐり、引き上げを求めるバイデン政権と、引き上げには大規模な財政支出の削減が必要だとする野党・共和党との交渉が続いています。

バイデン大統領は21日、G7広島サミットが閉幕したあとの記者会見でこの債務上限問題について冒頭で次のように発言しました。
「今こそ共和党側が過激な主張から歩み寄る時だ。彼らが提案してきたことの大部分は率直に言って、受け入れがたい。議会の指導者全員が債務不履行=デフォルトはありえないという認識で一致している。アメリカはこれまで債務不履行に陥ったことはないし、これからも陥ることはない」

債務上限問題とは? 6月1日が期限との見方も…

アメリカでは財政規律を守るため政府が国債などを発行して借金できる上限が決められています。

この上限を引き上げるためには議会の承認が必要になります。

ことし1月、政府の借金が増えてその上限に達し、イエレン財務長官は臨時に資金を確保する特別措置を始めたと発表しました。
イエレン長官はこの特別措置で確保できる資金が早ければ来月(6月)1日に底をつく可能性があると指摘し、議会に対して繰り返し上限の引き上げを求めてきました。

上限が引き上げられなければ、アメリカ国債が史上初めて債務不履行=デフォルトに陥る可能性があります。

アメリカ国債は信頼性が高い安全な資産として知られ、その価格や利回りの動向は世界の金融市場で指標となっているほか、世界中の投資家や外国政府が保有し、重要な資産運用先となっています。

このため、投資家などのあいだで仮に債務不履行=デフォルトが意識されると世界の金融市場に大きな混乱を引き起こすおそれがあります。

特に銀行破綻が相次ぎ金融不安がくすぶる中では、国債を保有するアメリカ国内の銀行の経営をさらに悪化させるなど深刻な事態を招くことになります。
バイデン大統領は今月9日、16日と続けて野党・共和党のマッカーシー下院議長など議会の指導部と会談し、上限の引き上げに向けて協力を要請しましたが協議はまとまりませんでした。

バイデン大統領はG7広島サミット後に予定していたオーストラリアなどへの外国訪問をキャンセルし、帰国を早めて対応にあたることになりました。

バイデン政権と共和党 食い違う互いの主張とは

バイデン大統領が21日の会見で「受け入れがたい」と述べた共和党の提案。

共和党は債務の上限を引き上げるとともに歳出の削減を盛り込んだ法案を提出し、過半数を握る議会下院ですでに通過させています。
この中では、
▽バイデン政権の看板政策である再生可能エネルギーやEV=電気自動車などに対する税額控除の廃止または修正
▽低所得者向けの医療保険制度「メディケイド」や食料支援を行う際の条件の厳格化
▽石油・天然ガス・鉱物などエネルギー資源開発プロジェクトに対して政府の許認可プロセスを迅速にすることなども盛り込んでいます。
一方、バイデン大統領は、医療保険制度を利用する2100万人の人々や食料支援を受ける100万人近い人々を危険にさらすような提案は受け入れられないとしています。

また、これまでの3兆ドル近い財政赤字の削減に加えて新たに1兆ドル以上の支出削減案を提案したとしたうえで、支出の削減だけでなく歳入の増加も検討すべきだとしています。

政権としては石油産業に対する300億ドル規模の減税を廃止するなど、トランプ政権下で導入した巨額の減税の見直しを求めています。
これに対し、議会下院の予算委員長を務める共和党のジョディ・アリントン議員は21日のABCテレビのインタビューで減税の廃止などを拒否する考えを示しました。

アリントン議員はインフレによる生活費上昇という苦しみは減税によってではなく財政支出の拡大によって引き起こされたことをアメリカ国民は理解しているとしたうえで、共和党の法案は「インフレを加速させる財政支出の問題やアメリカが抱える持続不可能な巨額の債務に対処するものだ」としてバイデン大統領に対し、交渉への姿勢を改めるよう求めました。

また、議会下院のマッカーシー議長は21日、FOXテレビのインタビューで、債務上限の引き上げについて発言。
「難しいのは何も合意していないということだ。以前は財政支出の削減などをめぐって双方が合意できる同じ場所にいて妥協できると感じていたがバイデン大統領が外国に行っている間に議論を変えることを望んだのだ」

そのうえで妥協点を見いだせれば債務上限を引き上げることは可能だという認識を示しました。
アメリカの複数のメディアはバイデン大統領がワシントンに戻る機内から共和党のマッカーシー下院議長と電話で協議を行ったと伝えています。

ホワイトハウスはバイデン大統領が22日、共和党のマッカーシー下院議長と会談すると明らかにしました。

バイデン大統領としてはこの会談で難航している交渉の打開をはかる方針です。

【QA】今後のポイントや影響について専門家は

アメリカの債務上限問題の今後のポイントや影響についてアメリカ経済に詳しいみずほリサーチ&テクノロジーズの小野亮プリンシパルに聞きました。

(1)交渉の現状は?

Q.債務上限問題の交渉の現状をどのようにみていますか。

A.間もなくバイデン政権側と野党・共和党が合意するだろうという期待感が高まっていただけに、この週末に交渉中断となったことでマーケットには失望感が覆っている。

来年の大統領選挙を睨んで、政権と共和党の双方が瀬戸際戦略をとっているといえる。

バイデン大統領から見ればある程度、歳出削減に応じたという認識がある一方で、共和党はそうした対応だけでは足りないという思いがあり、お互いがギリギリまで主張を曲げないチキンゲームのような交渉になっている。

(2)交渉のリミットは?

Q.アメリカのイエレン財務長官は「早ければ6月1日に政府が債務を支払えなくなる」という見方を示していますが、交渉のリミットを巡ってはさまざまな見方があります。どのようにみていますか。

A.6月に入ってアメリカ国債の元利払いができないとなると、一部デフォルトになって大変なことになる。

6月1日がその「Xデー」と言われるが、それ以前の段階でも不安材料はあるとみている。

というのもアメリカの国庫の資金は5月以降急減していて、先週18日の時点では、およそ500億ドルしか残っていない状況だ。
仮に、昨年と同じようなペースで日々の資金繰りがあるとすれば、今週中にも国庫がゼロになる可能性もある。

そうなれば医療費や政府が絡む契約の支払いに影響が出るおそれがある。

政権と共和党の間で早く何らかの合意がなされることが期待される。

(3)合意得られないと影響は?

Q.与野党で合意が得られないままだと、どのような影響があるとみていますか。

A.アメリカ国債は投資家の間では世界で最も安全性が高く、さらに流動性があって使いやすい金融資産だとみられていて、さまざまな金融取引で担保として使われているほか、金融取引の際に金利を決める指標としても利用されている。

そのため、この問題でアメリカの金利が急上昇したり、デフォルトしたりという事態が起きると、金融市場全体の存立が危うくなるぐらいの影響が出かねない問題で、早く政治決着すべきだ。
またアメリカの大統領経済諮問委員会は、最悪のケースのシナリオとして数百万人の雇用が失われるなどの試算を出していて、最悪のケースではリーマンショックのような混乱を考えなければいけない。

ただこれは政治決着しさえすれば回避できる問題であり、マーケットの間では、与野党もさすがに国民が大変な事態に直面するようなことはせず、最悪の事態は回避するのではないかと期待する見方がある。

ただ今は与野党の対立が続いて予断を許さない状況なのでよく推移を見ておく必要がある。

(4)日本への影響は?

Q.日本への影響は?

A.日本経済はコロナ禍からの回復や賃金の引き上げなどを背景に持続的な成長に向かう期待感が高まっている。
さらにインバウンドの増加なども追い風となり、株価はバブル以降で最高値を更新した。

しかしアメリカの問題によって世界経済の先行きに不透明感が高まれば、日本経済にとっては冷や水を浴びせられるような形になってしまう。

またアメリカでは3月以降、銀行の経営破綻が相次いだが、アメリカ国債は、アメリカ国内の銀行が多く保有している点にも注意する必要がある。

金融機関のデジタル化が進み、急速に預金流出が起こる問題が明らかになったが、債務上限問題をきっかけにアメリカ国債が売られて価格が下がる事態となれば、アメリカの銀行経営や金融システムには、大きなストレスがかかり、金融不安が再燃しかねない。

世界は、実体経済だけでなく金融市場も一体化していて、日本に波及するおそれもあるので太平洋の向こう側の問題としてではなく、日本にも関わる問題として注意してみていく必要がある。