3年間“主夫”に専念した新社長が描く「TSUTAYA」の将来像

3年間“主夫”に専念した新社長が描く「TSUTAYA」の将来像
レンタル事業や書籍販売の「TSUTAYA」などを展開する会社で24年ぶりに社長が交代した。創業者から社長を引き継いだのは49歳の高橋誉則氏。人事部門を中心にキャリアを積んできた、いわば“たたき上げの社員”だ。会社はレンタル事業の成長や独自のポイントサービスで知られるが、ネットの動画配信サービスの台頭やポイント利用者の獲得競争など環境は激変している。時代の変化にどう向き合うのか、新社長に単独インタビューで聞いた。(経済部記者 吉田敬市)

創業40年 レンタル事業で急成長

会社はことし創業40年を迎えた。1983年、当時32歳の増田宗昭氏(前社長)が大阪 枚方市でTSUTAYAを創業。

映画や音楽、本を提供する書店として開業し、当時まだ珍しかった家庭向けのレンタルビデオ事業が注目され、急成長を遂げた。
また、創業当初から利用客に会員証としてカードを発行し、レンタルの利用回数などに応じて、料金を割り引くポイントを付与する仕組みも整えた。

さらに他業種との連携も進めて、ほかの店でも使える“共通ポイント”として発展させるなど、他社に先駆けてユニークなサービスを手がけてきた。

社長を引き継ぐ高橋氏も“新しい提案”を生み出すことに会社の価値があると話す。
高橋 新社長
「時代のすう勢の中で、新しいことにチャレンジしてきたっていうのが、会社の歴史じゃないかなと思います。お客様の幸せを生み出す新しいライフスタイルの提案というのは、これからも生み出し続けなければならない」

“オーナー支援”から“人事の道”へ

高橋氏がTSUTAYAを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(以下、CCC)に新卒社員として入社したのは1997年。配属されたのはフランチャイズ契約を結んだオーナーを支援する部署だ。
売り上げが伸び悩み備品さえ購入できないというオーナー、がんで余命宣告を受けたので息子に店を継がせたいと相談しに来たオーナー。

高橋氏もさまざまな人と出会い、一緒に考えながら店を支えた。

そして、入社から9年目にCCCグループ全体の人事を担当する子会社を立ち上げ、それ以来、人事部門を中心にキャリアを歩む。

増田前社長からは事業だけでなく、人を育てることを託されたという。
高橋 新社長
「『俺は2つ、大きな事業を何とか立ち上げて、ここまでもってきたけど、“金を残すは下、事業を残すは中、人を残すは上”、これを常に意識してきた。自分は何とか、事業をそれなりに作ってこれたかもしれないけど、これからはお前に、未来に人を残してほしい。それを託したいんだ』と言われました」

ネット動画配信の広がりで店舗減少

経営のかじ取りを任された高橋さんだが、会社を取り巻く状況は大きく変わっている。ネットの動画配信サービスなどの広がりで、レンタル事業の経営環境は厳しさを増している。
店舗の数はピークだった2012年には1476店まで増えたが、ことし3月末時点でおよそ1000店まで減少し、さらにレンタル店から撤退していく動きもある。
高橋 新社長
「レンタルといえばTSUTAYAというようなイメージをお客様に持って頂いたと思うんですけれども、やはり昨今、映像音楽が配信も含めたところにお客様のニーズが一定シフトしているっていうのも、当然のことながら理解しています」
そこで会社が進めてきたのが書籍を軸とした新しい形態の店舗展開や地域のコミュニティー作りだ。
飲食店やラウンジなどを併設した大型書店を各地に展開しているほか、地方自治体と連携して図書館の運営にも乗り出している。

少子高齢化やネット通販の普及などで地方を中心に書店が姿を消していく中でも、飲食サービスと融合させたり、地域の交流拠点として活用したりすることで収益の向上を図っている。
高橋 新社長
「ブック&カフェを核としたコミュニティや場の創造に新しくチャレンジして、より拡大していくというタイミングです。厳しい経営状態にあって、全国の市区町村から書店が消えていってしまうという残念な状況だが、私たちは逆に、こういう時代だからこそ、収益性を上げて書店というものを地方の隅々まで残し、復活や再生もしていく。その一助を担いたいと思っています」

“共通ポイント”先駆けも競争激化

20年前にコンビニエンスストアやガソリンスタンドなどと提携し、独自のポイントサービスを自社の店舗以外でも使える“共通ポイント”に発展させたのもこの会社だ。
「Tポイント」と呼ばれる共通ポイントによって利用者を提携する店舗にひきつけることで互いにメリットが生じ、提携先は増えていった。また、ポイントの購買データを活用し、販売支援などのサービスも手がけている。

しかし、最近ではスマートフォン決済の普及を追い風に、楽天ポイントなど他社のポイントサービスが利用者を増やす中で、存在感にかげりも見えている。
そうした中、去年10月には、Tポイントを三井住友フィナンシャルグループのカード会社などが運営するVポイントと統合させる方針を発表した。

会員数が約7000万人のTポイントと約5200万人のVポイントの統合が実現すれば、日本最大規模のポイント事業となるうえ、クレジットカードと連携することで、弱点だった決済機能の強化にもつながる。両社は来年春の統合に向けて作業を進めている。

一方で、高橋新社長は利用者の囲い込みをねらう考え方とは一線を画すとしている。
高橋 新社長
「ポイントサービスというのはある種、“自社の経済圏に囲い込む”という、そういう言い方だと変ですけど、経済圏的な考え方があると思うんです。逆に私たちは、囲い込むのではなくて、インフラ的な形でお客様を支援したい。それが次の一手です」
このため、統合後の新たなサービスでは買い物だけにこだわらない幅広いサービスを検討しているという。

すでにTポイントではスマートフォンのアプリを起動して歩くだけでポイントがたまる健康を意識したサービスなどを展開している。
日常生活を支えるインフラのような存在になることが目標だ。
高橋 新社長
「使える状を増やしていくことと、使いやすいデバイスをより拡充していくこと。Tポイントであるからこそのサービス、特別感みたいなものはどんどん作っていきたいなと思います。たくさん使える場所があるだけでなく、特別なサービスを2階建て、3階建てで…」

“主夫”を通して見えた働き方の形

さらに人事部門を中心とするキャリアを歩んできた高橋氏は「働き方」という点でも変革を進めたいと考えている。

会社の都合ではなく、個々の事情に応じて、社員みずからが働く時間や雇用形態を選べるという形だ。
高橋 新社長
「選択肢が社員のほうにある組織を作っていきたい。正社員がいい人は正社員で働いてください、(自分の裁量で働ける)業務委託で働きたいとか、起業して勝負したいという人がいれば、そういった形で雇用形態を考える。ある種、社員じゃなくても一緒に仕事ができるような状況を整えていきたいですし、そういう仕組みを作っていきたい」
こうした思いの背景には自身の体験もある。

高橋氏には2人の子どもがいるが、実は娘の育児のため、おととし3月までの3年間、会社のすべての役職を降り、主夫に専念していた。
当時、娘は3歳。知的障害があり、聴力や視力、それに筋力も弱く、病院や療育のためのトレーニング施設などに通う日々が続いていた。

それまで共働きの妻と2人で何とか通院を続けてきたが、限界が来てしまい、自分が仕事を辞めて、家庭に入ることを決めた。
高橋 新社長
「私の娘もそうですけども、障害のある子ども、障害のある皆さんも含めて、社会にどう入っていくか。インクルーシブとかインクルージョンという機運もありますけれども、そういうことに対する難しさもそうですし、どうやって私たちが関わっていけるのか。肌身をもって感じたところがあります」
自分の経験もふまえ、今後、社員一人一人のキャリアに寄り添い、柔軟に働き方や雇用の在り方を考えていきたいという。

新社長の決断は?

「人の時間は有限であるし、何を優先し何に取り組むべきか、誰のために何を成すべきかに思いを巡らせる」

今から半年ほど前、まだ副社長だった高橋氏が出版関連の業界誌のコラムにそんな言葉を寄せていた。

前社長から会社の未来に向けて、人を育ててほしいと託された高橋氏が限られた時間の中で、何を決断し、何を未来に残していくのか。

新社長が打ち出す“新たな提案”と“人づくり”の手腕が注目されている。
経済部記者
吉田敬市
2011年入局
社会部を経て2022年8月から経済部
流通やサービス、環境、労働雇用の問題を中心に取材