「心の居場所がない」家で 会社で孤立 苦悩抱える女性たち

「心の居場所がない」家で 会社で孤立 苦悩抱える女性たち
週末明け、一日中鳴り止まない電話があります。

「男女共同参画センター横浜」に設置された“市民からの相談電話”。

9割が女性からで、会社や学校が休みになる週末に、家事・育児・介護などの負担が限界を超え、家族がいない休み明けにひっそり電話をかけてくるといいます。

電話口で、「人間の生の声が聞きたかった」と吐露する女性たち。

社会との関わりを失い、一人苦悩を抱える女性たちの孤独が見えてきました。
(報道局 社会番組部 ディレクター 三浦茉紘)

週末明けに殺到する相談電話

横浜市男女共同参画推進協会が運営する「心とからだと生き方の電話相談」は、男女問わず誰でも匿名で利用できる相談電話。

実際には9割が女性からの電話で、ここ数年は年間平均2600件ほどの相談を受けてきました。
特に電話が殺到するのは、連休や週末明け。

専業主婦の女性からの電話は、家族が出かけている昼間にかかってくることが多いといいます。

相談員は、心身の不調を漏らす女性たちと話すうちに、苦悩の原因が「家族」や「地域」にあることがわかってきたといいます。
男女共同参画センター横浜・相談センター 齊藤美佳さん
「電話が多いのは、大型連休や年末年始の休み明けと土日の休み明けです。午前中から立て続けに電話が鳴ります。皆さん土日に家族で過ごす時間が多いので、平日にご家族が出勤されたり、お子さんが学校に行くことで、ようやく電話ができるそうです。始めはメンタル不調の相談なのですが、話を聞くうちに、夫やパートナー、親御さん、自分のお子さんや兄弟、親族間での関係性、近所の方との関係性に悩む相談が目立ちます」
家事・育児・介護や地域でのつきあいなど、家庭での役割を背負いがちな女性たち。

家でどれほど家事や育児をがんばっても「女性だから当たり前」とされ、苦悩を吐き出す場もなく、救いを求めるように電話をかけてくるといいます。
男女共同参画センター横浜・相談センター 齊藤美佳さん
「『誰にも話せない』『匿名性が担保されるから電話かけた』という方が多いです。ご家族に相談して迷惑をかけたくない、ご近所でもうわさになってしまう、あくまで子どもを介してつながる“ママ友”には自分自身の胸の内は相談できない、と相談行動ができない様子が見えてきます。ご自身の頑張りに対して、本当は電話相談員ではなく身近な方から「ありがとう」ということばがほしいけれども、「人間の生の声を聞いて、励みになりました」と言って電話を切る方が本当に多いんです」

“男性稼ぎ主モデル”の社会で女性が陥る「家」での孤独

家事・育児・介護など家庭の役割を担うことで精いっぱいの女性たち。

そのうえでさらに女性活躍が叫ばれる社会で「すべてをこなすことのできない状況」に疲弊し、悩みをひとりで抱え込んでしまう人が少なくありません。

「横浜市男女共同参画推進協会」で女性の就業支援を行う担当者は、孤立の背景に、“男性稼ぎ主モデル”と言われる日本特有の社会構造があると指摘します。
横浜市男女共同参画推進協会 事業企画課課長 植野ルナさん
「日本の特徴は、性別役割分担を前提とした社会保障制度や雇用があることです。例えば、企業に属した正規雇用の社員に、住宅手当や扶養手当がある。正社員の多くは男性で、子育てや介護といった『ケア役割』は妻や娘など女性家族に依存してきました。『男性稼ぎ主モデル』と言われますが、男性は仕事で女性は家庭を守ることを標準としているんですね。女性の社会進出が進んでも『ケア役割』は女性に偏ったままです。子育て・介護と仕事をどう両立し、どっちを優先したらいいか悩んだ結果、働くことを諦める人もいる。さらに、家庭内の役割が無償労働であるが故に、簡単なことだと思われてしまい、泣き言を言えず、つらい気持ちを吐き出しても、『自分でその生き方を選んだんでしょ』と自己責任にさせられてしまう。それが女性たちの孤立感につながっているのかなと思います」

非正規雇用の壁「働いていても孤立感じる」と話す女性たち

孤立から抜け出し、自立を目指す女性を支援してきた横浜市。

しかし、たとえ就労している女性でも孤立から抜け出せない人がいます。

それが「非正規雇用の壁」です。
正社員として採用されず、望まない非正規雇用となる女性たちが、社会でも弱い立場に立たざるえない状況があるといいます。
横浜市男女共同参画推進協会 事業企画課課長 吉武恵美子さん
「物理的にひきこもっているわけでもないし、働きにも行ってるから、一見すると孤立しているように見えないんだけど、本当は孤立している」
ネットには「#仕事以外ひきこもり」ということばがあふれる昨今。

NHKが生きづらさや孤立を抱える女性たちから声を寄せてもらったところ、1000を超える声が集まりました。

その中には、「働いていても孤独を感じる」という非正規雇用の女性たちが数多くいました。
非正規雇用を転々とせざるを得ず、孤立を深めていったという桃花さんの声です。
NHKに寄せられた投稿フォームより抜粋 新潟県 桃花さん 40代
「氷河期世代の就職難の中、仕事が決まらないまま卒業し、有期雇用の仕事をくり返してきました。常に仕事を失う不安、次の仕事が見つからない焦りとストレスを感じ続けています。臨時雇用だったり、大幅に勤務時間を減らされたり、あまりにも自分が粗末に扱われていると感じ、本当にやりきれない思いです。周りに自分の状況を話せる間柄の人がいないので孤独・孤立を感じます」
2021年の非正規雇用の割合は、男性が21.8%に対して女性は53.6%。(出典:内閣府男女共同参画局)

横浜市男女共同参画推進協会によりますと、家庭の役割を担う女性が社会で働くために非正規雇用の需要がある一方、それが社会に固定化され、“非正規雇用の名の下に隠れた孤立”が生まれているといいます。
横浜市男女共同参画推進協会 事業企画課課長 植野ルナさん
「今まで女性の非正規雇用は、主婦による家計の補助的な労働だと見られてきました。女性は家庭の役割を担うため非正規雇用を選ぶ方も多いんですが、それを女性が積極的に非正規を選んでいるという理由にされてきた部分はあると思います」
キャリアコンサルタント 長谷川能扶子さん
「女性は稼ぎ手としてサブでいいんでしょうみたいな社会的な思い込みがまだまだある。共働きでも、夫が転勤となると、お仕事を持ってる女性の方が辞めてついていく。なぜなら、現実的にも男女の給与格差があって、男性が主な収入源だったりするからです。社会構造の中で、個々の課題が重なって、問題が見えなくなっている気がしますね」

社会の目が届かない「孤立する女性たち」 どうつながるのか

自力で支援にたどり着けない女性たちとつながろうという試みが各地で始まっています。
NPOインクルいわてが実施する「いわて女性のスペース・ミモザ」では、女性専用の相談窓口を設け2021年7月以来、のべ1500件の相談を受けてきました。

応対するのは、看護師、社会福祉士、精神保健福祉士、介護支援専門員などの専門知識を持つスタッフです。
いわて女性のスペース・ミモザ 専門スタッフ
「例えば『長男の嫁です』という方の相談は後を絶ちません。長男の嫁は、家を守るべき、子どもをみるべき、介護をするべきっていう、『べき』がすごく多くて苦しんでいる女性が多いと思います。家にいてもひとりぼっち、家に居場所がない…。他にも、セクハラを受け、休職中だけど、家族との関係がよくなく居場所がないとか、県外から夫の転勤で引っ越してきたけど、誰ともつながることができないとか。誰にも相談できないという人がすごく多いですね」

“女性だから” 背負う負担が理解されない苦しみ

いま「ミモザ」が力を入れているのは、電話相談などで声をあげてくれた女性とつながろうと県内各地に女性相談員が出向く「出張相談」や「居場所サロン」の開催です。
この日、出張相談の会場を訪れたひとり、北川としえさん(仮名・63)。

夫と死別したあと、義理の母と暮らしています。

義理の母のケアをしながら、離れて暮らす娘と孫にも仕送りをしなければなりません。

車で2時間程のところで暮らす娘と孫は、数年前からひきこもり状態で収入がないためです。

食品加工工場で働いているとしえさんは、残業や休日出勤をしても手取りは十数万円。

10万円程度を仕送りするためお金が足りず、借金もしています。

しかし、職場では「家族がひきこもっている」ことを話せず、誰にも相談できないまま困り果て、ミモザの出張相談にたどりつきました。
出張相談に訪れた北川としえさん(仮名)
「生活のことやいろんなことは… 役所だとなかなか、改まって何から話したらいいか考えてしまう部分もありまして。でも“女性のため”っていう肩書を見つけて、女性を支援してくれるっていう優しいキャッチフレーズっていうんですか。やはり女性としての立場というのも心得ているでしょうし、だから生活のことも聞いていただいてすごく助かります」
実は、としえさんは過去に地元の役場へ相談したことがありました。

しかし、遠方に暮らす娘と孫のひきこもりまでは相談できませんでした。

そのことが経済的に苦しい理由だと理解してもらうことはできないと考え、詳細を語ることはなかったといいます。

この日、「ミモザ」のスタッフのサポートを得て、娘と孫が住む自治体の支援先にもつながることができました。

さらに、食料など日用品の支援物資を受け取り、初めて第三者の物理的な支援を受けることができました。
としえさんは支援物資を娘と孫に届けようと車で向かいました。

到着後、玄関先で声をかけても、娘は出てきません。

病気を患っているため、ここ数年、めまいで起き上がることさえできなくなったからです。

としえさんの娘は、シングルマザーとして、ひとりで息子(としえさんの孫)を育てていました。

その息子も高校を中退し、ひきこもっています。

以前は、夜の仕事で収入を得ていましたが、体調を壊し、職場での人間関係にも心身をすり減らし、息子と共にひきこもりとなったのが3年前。

以来、誰にも助けを求められず、としえさんが唯一の支えでした。

としえさんは、生活保護の受給を検討したいと思っていますが、そのためには娘自身が面談に応じ、必要書類への署名が必要です。

しかし、そういった手続きに応対する気力を失っているといいます。
北川としえさん(仮名)
「娘には、ただ体調を早く治してもらって、自分のことを、今度は自分の人生を考えなきゃいけないんじゃないかなって思います。私はいずれあの世に行くから、だから自分が1人になった時に、自分の人生をどういうふうに生きていくか。ただただ苦しいで終わっちゃう人生じゃなくて、何か自分のやりたいことや、孫と一緒に生活したいなら、2人で一緒に生活できるように努力しないといけないと思っています」
「ミモザ」の出張相談があったことで、やっと支援にたどりついた女性たち。

ミモザのスタッフと自治体の担当者が連携して、今後の解決策を模索することになりました。

NPO代表の山屋さんは、女性たちの孤立につながるためには、誰もが安心して何でも相談できる仕組み作りが急務だと指摘します。
NPOインクルいわて代表 山屋理恵さん
「女性たちは社会の目が届かないところで生きる力を失っています。女性が担う役割の大変さを理解したり、女性目線に立つということが、実は福祉の支援の中でもまだ十分でないと思うんですね。家庭への献身が美徳とされて、心身をすり減らして、もう動けなくなる状態でさえも『自分が悪い』と思ってSOSを出せないでいる方もいます。相談窓口に行く力がある人ばかりではありません。たとえ相談に行っても『まずは家族に相談してみてください』と言われ、問題解決を諦めてしまう女性がとても多いと感じます。声を出せない人たちとつながる仕組み作りが急務だと思います」
取材を通して、苦しくても声をあげられずに孤立する多くの女性たちに出会いました。

「自分が悪い」と自身を責め続け、声をあげる気力を失うほどに憔悴(しょうすい)している女性は、決して少なくありません。

そうした女性たちが「苦しいのは自分だけではない」「自分が悪いのではない」と思うきっかけが、社会に少しでも増えていくことを願います。
報道局社会番組部 ディレクター
三浦 茉紘
クローズアップ現代「広がる女性のひきこもり」などを制作
世界の人権問題や民主主義をテーマに取材