トルコ大統領選 開票始まる 物価高騰や大地震対応で現職に逆風

ウクライナ情勢で仲介役を買って出るなど存在感を増す中東のトルコで、大統領選挙の投票が行われました。現職のエルドアン氏は物価の高騰などで逆風にさらされ、野党の統一候補との接戦が伝えられていて、開票の行方に注目が集まっています。

14日投票が行われたトルコの大統領選挙は、再選を目指すエルドアン氏と、最大野党の党首で6つの野党の統一候補として立候補したクルチダルオール氏の事実上の一騎打ちとなりました。

各種の世論調査で接戦が伝えられる中、最大都市イスタンブールの高校に設けられた投票所では、朝から有権者が次々と訪れて長い列を作り、順番に票を投じていました。

投票は日本時間の14日午後11時に締め切られ、開票作業が始まりました。

選挙戦でエルドアン氏は、ロシアの軍事侵攻が続くウクライナからの農産物の輸出の合意をはじめトルコの仲介外交の成果を誇るなど、首相時代も含め20年にわたる政権運営の実績を訴えました。

これに対しクルチダルオール氏は、物価の高騰やことし2月に南部で発生した大地震での初動対応の遅れなどを批判するとともに、外交面では欧米各国との関係改善を打ち出し、エルドアン政権からの刷新を訴えました。

過半数を獲得する候補がいなければ、今月28日に上位2人による決選投票が行われることになっていて、結果次第で国際情勢にも影響を与えるだけに開票の行方に注目が集まっています。

政権継続・交代 求める双方の声

大統領選挙を翌日に控えた13日、最大都市イスタンブールの市民からは、エルドアン政権の継続を求める声と政権交代を求める声の双方が聞かれました。

現職のエルドアン氏に投票するという30歳の女性は「エルドアン政権が成し遂げてきたことに満足しています。大統領にとどまってくれればよいです」と話し、国の安定のためには政権の継続が必要だと話していました。
一方、クルチダルオール氏に投票するという25歳の男性は、物価の高騰が市民生活に深刻な影響を与えているとして「変化が必要です。今の状態では家も車も、必要なものは何も買えません」と話し、政権交代が必要だと訴えていました。

大統領選の構図は

トルコの大統領選挙には現職のエルドアン氏、最大野党・共和人民党の党首、クルチダルオール氏など4人が立候補しています。ただ、投票の3日前になり、1人が撤退を表明しました。

最大の争点は長期政権の是非です。

エルドアン氏は、首相時代も含めて20年にわたる内政外交の成果をアピールしつつ、選挙前に家庭用ガスの使用料の一部無料化や、学生への通信料無料化、さらに投票5日前には最低賃金の底上げを発表し、支持の拡大を図っています。

これに対して、中道左派、民族主義、それにイスラム主義の政党などによる超党派の6党の連合がクルチダルオール氏を擁立して挑む構図で、エルドアン氏の強権的な政権運営やことし2月の大地震への対応をめぐって批判を強めています。

また野党側は、トルコの人口の2割を占めるともされるクルド人の票の取り込みを図るためクルド系政党にも協力を要請しています。

7日付けのトルコの世論調査では、クルチダルオール氏がエルドアン大統領を5ポイント引き離し、5割を超える支持を得ています。

14日の投票で過半数の得票を得る候補者がいなかった場合には、上位2人による決選投票が、2週間後の28日に行われます。

エルドアン氏とは

トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領は、1954年、イスタンブール生まれの69歳。

イスラム教の宗教指導者養成学校を経て大学を卒業し、イスラム系の政党での政治活動を行ったのち、1994年にイスタンブールの市長に初当選しました。

しかし、演説で戦闘的なイスラムの詩を朗読したことが扇動の罪に問われて実刑判決を受け、解任されました。

その後、2001年にAKP=「公正発展党」を立ち上げて党首となり、2002年に総選挙で勝利し、翌年、首相に就任します。

また、2014年には国民が直接大統領を選ぶ初の選挙でも当選するなど、20年にわたって政権を率いています。

外交面では、ロシアのプーチン大統領と直接、対話できる数少ない首脳として国際社会での存在感を増し、ウクライナ産の農産物輸出の再開では仲介役として実現にこぎつけました。

軍事面では、NATO=北大西洋条約機構の加盟国である一方、中国とロシアが主導する上海協力機構への加盟を示唆するなど、欧米とも中ロともバランスを取る独自の外交を進め、存在感を示してきました。

先月、エルドアン大統領は、テレビの生放送中に体調不良を訴えてインタビューを中断し、健康不安説も流れましたが、選挙戦で1時間以上の演説をこなし、健在ぶりをアピールしています。

クルチダルオール氏とは

ケマル・クルチダルオール氏は、東部トゥンジェリ生まれの74歳です。

財務官僚出身で2002年の総選挙で野党CHP=「共和人民党」から立候補して初当選しました。

今回、初めて大統領選挙に臨むクルチダルオール氏は、6つの野党の統一候補に指名されていて、エルドアン政権の強権的な政策やことし2月に起きた大地震への対応を厳しく批判してきました。

また、トルコでは国民投票を経て2018年に強大な権力が大統領に集中する実権型の大統領制に移行しましたが、クルチダルオール氏は元の議院内閣制に戻すとしています。

外交面でもエルドアン大統領のもとでぎくしゃくした欧米各国との関係改善を打ち出していて、EU加盟に向けた交渉についても、トルコが加盟して安定すればEU側にもメリットがあると訴え進展させたい考えを示しています。

演説などで強気の発言を繰り返すエルドアン氏とは対照的にクルチダルオール氏は選挙戦で穏やかに語りかけるような動画をSNSに多数投稿して親しみやすさをアピールしてきました。

また、自身はイスラム教の中でも少数派の信者であることを明かし、クルド人など国内のさまざまな少数派に寄り添う姿勢も示しています。

20年にわたるエルドアン政権 閉塞感を募らせる若者も

トルコの大統領選挙では、首相時代も含めエルドアン大統領による20年にわたる長期政権の是非が争点となっています。

エルドアン氏が首相に就任したのは2003年。就任後の最初の6年間で国民1人あたりのGDPがおよそ3倍となるなど、めざましい経済発展を遂げました。外交面では、国連とともにロシアとウクライナの仲介役となり、ウクライナ侵攻で滞った農産物の輸出の再開にこぎ着けるなど、存在感を内外に示しました。

一方、トルコ国内では、2016年のクーデター未遂などを経て反対派の締めつけを強化します。2018年には国民投票を経て、強大な権力が大統領に集中する実権型の大統領制に移行しました。

国内外からエルドアン大統領の強権化を批判する声があがるなか、トルコで暮らす若者たちの中には、閉塞感を募らせる人もいます。中部トカットに住むエレンさん(21)は、エルドアン政権の強権的な姿勢が、自分の将来を阻んでいると感じています。当局などから不当な扱いを受ける恐れがあるとして、顔を出さないことを条件に取材に応じました。

3年前、カナダに留学しようと、大学の入学許可を得て、留学ビザの申請をしましたが、カナダ大使館にビザの発給を拒否されました。エレンさんは「大使館は私が難民になると思ったようです。観光ではなく留学で、大学の入学許可は出ていたのでまったくの想定外でした」と話しています。

エレンさんのケースは決して珍しいものではありません。トルコからヨーロッパ各国へのビザ申請のうち、拒否された割合はおととしは19%と、申請の5件に1件近くが拒否されていて、トルコ政府も「意図的なものだ」として不快感を示しています。エレンさんは、エルドアン大統領の締めつけを嫌った多くの人々がトルコから欧米に渡り、難民申請を行っていることが、自分のビザの審査に影響したのではないかと考えています。ただエレンさんの感じる閉塞感は、上の世代には伝わりません。

祖父のシャハプさん(72)は熱烈なエルドアン支持者で、政治の話では、意見は相いれないと言います。エレンさんが、エルドアン政権の直近の4年間について経済の面や反対派への取り締まりなどで状況が悪化したと批判したのに対して、シャハプさんは、エルドアン政権が当初経済を立て直したことを、今も評価していて、再選を疑っていません。しかし、物心ついたときからエルドアン政権しか知らないエレンさんは、変化を求めています。エレンさんはエルドアン氏の政策を薬にたとえ「薬には副作用があります。薬自体は体によくても、副作用があって、私はその犠牲になりました」と訴えます。強権的と批判される政権運営を続けてきたことで、若者の間では不満が高まっています。

こうした若者の不満を取り込もうとしているのが野党6党の統一候補クルチダルオール氏です。有権者のおよそ8%にあたる500万人ほどが今回初めて投票権を得た若者で、選挙では、若者の票が選挙の結果を左右するとも指摘されています。今月9日、北西部サカルヤで演説したクルチダルオール氏は会場に集まった若者たちに「『トルコで、はびこった権威主義政府を若者が変えた』と歴史に残るでしょう。ひとりのことばですべてが決まる政治ではいけない」と訴えかけました。

野党の選挙集会に参加した若者からは「専制主義になり、誰も自由に話すことができない。政権はかなり圧力をかけてくる」とか「女性はヨーロッパのような権利がなく、抑圧されている」などとして政権交代を求める声が聞かれました。独自の外交で存在感を示してきたエルドアン大統領と、権威主義の打破を掲げるクルチダルオール氏のどちらが選ばれるのか、国際情勢にも影響を与えるだけにその行方が注目されます。

独自の外交を展開 日本とは良好な関係維持

トルコは、NATO=北大西洋条約機構の加盟国である一方、中国とロシアが主導する上海協力機構への加盟を示唆するなど、エルドアン政権下で独自の外交を展開してきました。

ロシアによるウクライナ侵攻をめぐってはプーチン大統領と会談を重ね、仲介役として、ウクライナ産の農産物輸出の再開を国連とともに実現させました。

また、NATO加盟を申請したフィンランドとスウェーデンに対しては、ほとんどの加盟国が早々に支持した一方で、両国がトルコからの分離独立を掲げるクルド人武装組織への支援をやめなければ認められないとして、トルコが一歩も譲らない姿勢を示し、今もスウェーデンの加盟は実現していません。

一方、エルドアン大統領は20年前にはEU=ヨーロッパ連合の加盟を目指すことを公言していましたが、政権の強権化を指摘する欧米諸国とのあつれきなどから、いまだに加盟への道筋は立っていません。

日本との2国間関係では、東日本大震災の被災地に救助隊を派遣して3週間近くにわたって活動にあたり、ことし2月にトルコ南部で起きた大地震では日本からも国際緊急援助隊が駆けつけるなど、良好な関係を続けています。

大統領府安全保障外交政策委メンバー「政権交代なら難しい対応」

エルドアン政権下で大統領府の安全保障外交政策委員会のメンバーを務めてきたアキフ・キレチジ氏はNHKのインタビューに応じ、黒海を挟んでロシアやウクライナとも接するトルコには、バランスのとれた独自の外交が求められ、仮に政権が代わった場合、難しい対応を迫られると指摘します。

このなかでキレチジ氏は「エルドアン大統領はロシアとトルコ、トルコと西側とのコミュニケーションを続けるためにあらゆる努力を続けてきた」と述べ、バランスの取れた外交を推し進めることで存在感を増してきたとその成果を強調しました。特にロシアのプーチン大統領と会談を重ね、仲介役として、ウクライナ産の農産物の輸出再開を国連とともに実現するなど大きな成果を上げてきたと述べました。

一方、野党統一候補のクルチダルオール氏が親欧米路線を主張していることについて「トルコの周囲では常に紛争が行われている。周辺国や欧米、それにロシアとの連携を切ることは不可能だ。クルチダルオール氏の外交政策には現実が見えていない」と疑問を呈しました。とりわけロシアについてはエネルギー供給を受け、さらに隣国シリアに軍を駐留させるなど強い影響力を持つだけに関係悪化は避けなければならないと強調しました。そのうえで「バランスがトルコにとって強みだ。クルチダルオール氏は対応できるのか疑問だ」と述べ、仮に政権が代わった場合、難しい対応を迫られると指摘しました。

記録的な経済発展もインフレが市民生活を直撃

トルコではこの20年、エルドアン政権のもとで都市開発やインフラ整備などを推し進める中で外資を積極的に呼び込み、国民1人当たりのGDPは就任後最初の6年間でおよそ3倍となるなど、記録的な経済発展を遂げました。

しかし、エルドアン大統領は近年、「高金利は景気を冷やす」という信念のもと政策金利の引き下げを進め、おととし3月には19%だった政策金利をことし2月には8.5%と、10ポイント以上切り下げました。

こうした政策によって去年10月には前年同月比で85%を超えるインフレを記録し、食料品のほか公共交通機関の運賃なども跳ね上がって市民生活を直撃しているほか、通貨リラも右肩下がりとなり、過去2年でドルに対しての価値が半分以下になっています。

こうした中、最低賃金の底上げや年金受給開始年齢の引き下げなどの経済対策をやつぎばやに打ち出していますが、追いついていないのが実情で、市民生活は依然として苦しい状態が続いています。

議会選挙 政治体制が大きく変わる可能性も

今回の大統領選挙にあわせて、トルコでは600の議席を争う議会選挙も行われます。

議会は一院制で選挙前の議席数は、
▽与党AKP=公正発展党が285
▽最大野党CHP=共和人民党が134
▽クルド系政党のHDP=人民民主党が56
▽トルコ民族主義を掲げる右派のMHP=民族主義者行動党が48などとなっています。

選挙では、AKPとMHPの与党連合が過半数を獲得できるのか、それとも大統領選に野党統一候補としてクルチダルオール氏を擁立したCHPなどの野党6党を含め、野党側が過半数を得るのかが焦点です。

トルコは国民投票を経て2018年に大統領が強大な権力を握る実権型の大統領制に移行しましたが、議会の3分の2の承認があれば憲法改正を行って議院内閣制に戻すことなどに道を開くことにもなります。

大統領選挙に立候補している野党統一候補のクルチダルオール氏は、議院内閣制に戻すことを公約としていて、大統領選挙、そして議会選挙の結果によっては政治体制が大きく変わる可能性もあります。