サル痘(エムポックス) 国内患者増加 感染から身を守るには?

欧米を中心に感染が広がっていた「サル痘(エムポックス)」について、WHO=世界保健機関は11日、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の宣言を終了すると発表しました。世界的にみると感染者数は減っていますが、日本ではことしに入ってから患者の報告が増えています。

最新の状況や今後の見通し、どう備えればよいかについて、まとめました。(2023年5月12日現在)

WHOが緊急事態宣言を終了

「サル痘(エムポックス)がもはや『国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態』ではないと宣言することをうれしく思います」

WHOのテドロス事務局長は、2023年5月11日に開いた会見で「緊急事態」の宣言を終了すると発表しました。
サル痘(エムポックス)は2022年5月以降、欧米を中心に感染が拡大し、WHOは2022年7月、感染の広がりが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」にあたると宣言しました。

WHOのまとめでは、これまでに111の国や地域で8万7000人あまりの感染者が報告され、死者の数は140人にのぼっています。

ピークとなった2022年の8月中旬には、1週間で7500人あまりの新たな感染者が報告されましたが、ここ数か月は、1週間あたりの感染者数は100人あまりにまで減っています。

テドロス事務局長は、宣言の終了に踏み切った背景について、直近3か月の感染者数が前の3か月と比べて、ほぼ9割減になったことを紹介し「感染の拡大を制御することについての着実な進歩を確認した」と述べました。

一方で、詳しい感染経路がわかっていないアフリカを含めて、全ての地域に影響を及ぼしているとして「新型コロナウイルスと同じで、これで『仕事が終わった』わけではありません。引き続き公衆衛生上の重大な問題を引き起こしており、強固で積極的かつ持続可能な対応が必要です」と述べました。

サル痘(エムポックス)とは 今回の感染では

国立感染症研究所などによりますと、サル痘(エムポックス)は天然痘ウイルスに似た「サル痘ウイルス」に感染することで起きる病気で、ウイルスの潜伏期間は通常、6日から13日間で、潜伏期間の後、発熱、頭痛、リンパ節の腫れ、筋肉痛などが1日から5日間続き、その後、発疹が出るということです。

発疹は、典型的には顔面から始まって体じゅうに広がります。

徐々に膨らんで水疱(水ぶくれ)になり、うみが出て、かさぶたとなり、通常、発症から2~4週間で治癒します。
多くの場合、軽症で自然に回復しますが、肺炎や敗血症などの合併症を引き起こすことがあり、年齢が低いほど重症化する可能性があるとされています。

従来はアフリカ中部や西部で時折、流行する感染症でしたが、2022年5月から欧米を中心にした流行では、感染が確認された人の多くが男性でした。

ウイルスは誰にでも感染しますが、男性同士での性的接触を行う人たちのコミュニティーに入り込み、広がったとみられています。

アフリカ以外の地域の患者の症状は、発疹が性器や肛門の周辺など一部にとどまっていたり、発熱などの前に発疹が出たりするケースが特徴的だとしています。

また、発疹に強い痛みを訴える患者もいます。

すべての人に免疫がなかった場合などに、1人の患者から何人の人に感染するかを示す「基本再生産数」は1以下とされ、2を超えるとされる新型コロナウイルスなどと比べて、それほど感染力が強いわけではありません。

重症化リスクについては高くないものの、アメリカ地域(南アメリカ含む)では114人の死亡が報告されているほか、アフリカ地域で18人、ヨーロッパ地域で6人が死亡したと報告されています。

日本ではことしに入り患者の報告 増加

日本では2022年7月に初めて感染者が初めて確認されました。
その後、散発的に感染者が確認されましたが、2023年になって患者が増え始め、2023年5月2日時点で129人の感染が確認されています。

国立感染症研究所によりますと、当初の数人は感染が広がっている地域から入国したケースでしたが、その後は海外渡航歴のない人で確認されるケースが増え、これまでに感染が確認されている129人のうち、96.9%の125人に上っています。

国内で感染が確認された人は全員が男性で、重症化した人や死亡した人はいないということです。

国立感染症研究所は、これまで報告された感染者のうち、100人は発症前21日間に性的接触があったことが確認されていることから「国内でも男性同士の性的接触による感染伝播が起こっている可能性が示唆される」としています。

その上で、サル痘(エムポックス)は誰でも感染するリスクのある感染症で、特定の集団や感染者、感染の疑いのある人などに対する差別や偏見は人権の侵害につながるだけでなく、受診行動を妨げて感染拡大の抑制を遅らせる原因となる可能性があるとして、偏った情報や誤解にもとづかない判断と行動をすべきだとしています。

厚生労働省は「海外渡航歴の有無にかかわらず、疑われる症状があれば最寄りの医療機関に相談してほしい」と呼びかけています。

感染経路は?

サル痘(エムポックス)は、一般にネズミやリスなど感染した動物にかまれたり、血液や体液、発疹に触れたりすることで感染するとされています。

また、感染した人の発疹や体液、かさぶた、患者が使った寝具や衣類などに接触したり、近い距離で飛まつを浴びたりすることで、誰もが感染する可能性があると指摘されています。

アメリカのCDC=疾病対策センターは、感染経路が特定できない、いわゆる「市中感染」とみられる患者や、女性や子どもの患者も確認されているとして、特定のグループの人々の病気としてとらえずに警戒すべきだとしています。

また、WHOは、感染した人と密接に接触したことのある人は誰もが感染するリスクがあるとして「病気を理由に不当な扱いを受ける人がいてはならない」としています。

名前の由来とこれまでの感染

サル痘(エムポックス)は、1958年、ポリオワクチンを製造するために世界各国から霊長類が集められた施設にいたカニクイザルで最初に発見されたことから、「サル痘」と名付けられました。

しかし、通常の状態でこのウイルスを持っている自然宿主は、サルではなく、げっ歯類だと考えられています。

人への感染は1970年に現在のコンゴ民主共和国で最初に確認され、アフリカでは現在も感染が起きています。

WHOは「サル痘」という名称について、インターネット上などで人種差別的な表現が見られたことなどから、去年11月に「Mpox(エムポックス)」と呼ぶことを推奨すると勧告しました。

日本でもことし2月の厚生科学審議会感染症部会で、名称を「エムポックス」とする方針が了承され、今後、政令改正を経て「エムポックス」に変更される予定です。

ワクチンは

かつて接種が行われた天然痘のワクチンが高い効果があり、WHOなどによりますとサル痘(エムポックス)の発症を防ぐ効果は85%に達するということです。

ウイルスへの感染後、
▼4日以内の接種で発症を予防する効果が、
▼14日以内の接種で重症化を予防する効果があるとされています。

これまでの接種や研究のなかでは、副反応としてまれにけいれんを起こすことがありますが、多くは軽症だとされていて、WHOは感染したおそれがある人や、治療に当たる医療従事者などへの使用を推奨しています。

ただ、天然痘はワクチン接種が積極的に行われた結果、1980年に地球上から根絶されました。

日本国内で最後に天然痘ワクチンの接種が行われたのは1976年で、そのときに子どもだったいまの40代後半以上の世代は、接種を受けていればエムポックスに対する免疫がある可能性があります。

厚生労働省は2022年8月2日、熊本県のワクチンメーカー、KMバイオロジクスの天然痘のワクチンについて、エムポックスに対する予防としても使用できるよう承認しました。

多くの患者が受診する東京の国立国際医療研究センター病院では、患者に接する医師や看護師などが接種を行ったほか、病院の研究グループが濃厚接触した患者のパートナーや同居の家族などを対象に観察研究の枠組みで接種を行っています。

治療薬は

治療薬についても、国内では臨床研究での投与が進められています。

用いられるのは、アメリカの製薬会社が天然痘の治療薬として開発した「テコビリマット」という飲み薬で、ヨーロッパではサル痘(エムポックス)の抗ウイルス薬として承認されています。
「特定臨床研究」として患者に投与できるようになっているのは、現時点で東京の国立国際医療研究センターと大阪のりんくう総合医療センター、愛知の藤田医科大学病院、沖縄の琉球大学病院など、全国7カ所の医療機関だということです。

日本でも患者に投与されていますが、重篤な副作用は起こらず、速やかな症状の改善とウイルスの消失が確認されたと報告されていて、引き続き、有効性や安全性の検証が進められています。

ワクチン接種進めるアメリカ

CDCによりますと、国別で感染者数が最も多いアメリカでは2023年5月9日までに3万人あまりの感染が確認されました。
こうした状況を受けて、アメリカ政府はワクチン接種の拡大に力を入れています。

使われているのは、デンマークの会社が天然痘ワクチンとして開発した「JYNNEOS(ジンネオス)」で、5月9日の時点で122万回分のワクチンが投与されました。アメリカではこのワクチンを接種していない人の発症のリスクが、1回接種した人と比べて7.4倍高かったという研究結果が報告されています。

日本国内の対応は

サル痘(エムポックス)は感染症法上、狂犬病などと同じ「4類感染症」に指定され、診断した医師は患者の発生を保健所に届ける必要があります。

サル痘(エムポックス)のウイルスは、水疱に含まれている液体などから新型コロナウイルスと同じようにPCR検査で調べることができます。

厚生労働省は、国立感染症研究所のほか、すべての都道府県の地方衛生研究所で実施できる体制を整備し、自治体に対して感染が疑われる患者がいれば速やかに報告するよう求めています。

そして、感染が確認された場合は、全国に58か所ある感染症の指定医療機関などで優先的に受け入れ、患者の家族など感染したリスクが高い人がいれば、毎日、保健所を通じて健康状態の確認を行うことも求めています。

専門家の見解は

国内で感染者の診療にあたり、治療薬の特定臨床研究も行っている国立国際医療研究センターの森岡慎一郎医師に、感染状況や対策について話を聞きました。
Q.WHOが「緊急事態」の終了を発表しました。現在の世界の感染状況について、どう評価しますか。
A.WHOがサル痘(エムポックス)の「緊急事態」を解除するかどうかを助言する委員会が以前に開かれたのがことしの2月です。それまでの3か月間と、5月までの直近の3か月間の新規感染者の数を比べると90%減少していて、感染状況は世界的に落ち着いたとみていいと思います。「緊急事態」の終了は妥当な判断だと思います。

Q.なぜ、世界的に感染者が少なくなったのでしょうか。
A.複合的な要素があると言われています。1つは感染経路がある程度判明し人々の行動変容があったのではないか、ということ。2つ目は感染しやすい行動をとっている人々で感染が広がり、すでに免疫を獲得し抑えられたのではないか、ということ。3つ目は欧米でワクチン接種が進んだことで、この効果も大きいと考えられます。

Q.「緊急事態」は終了となりましたが、日本の感染状況はどうでしょうか。
A.日本ではことし2023年以降に感染者が増え3月にピークを迎えた後、少し感染者は減り、いまは横ばいの状況が続いています。海外と比べてなぜ、遅れて感染が広がったのかは明確になっていませんが、人と人との接触が何らかの理由で増えたのではないかと推察されます。日本では今後も感染者が増えていく可能性もあり、海外の専門家やメディアなども日本の感染状況を注視しています。

Q.一方で、死亡者は日本ではいませんが、海外では100人以上に上っています。
A.感染者は世界で8万7000人に上り死亡率は低いものの、注意が必要です。日本のデータを詳しく見ると、サル痘(エムポックス)の感染者の60%あまりはHIV=ヒト免疫不全ウイルスの感染者で海外も同様の傾向なのですが、亡くなった人や重症化した人たちの多くはHIVがコントロールできていない人がほとんどだと指摘されています。そのような方々は重症化リスクが高いので注意が必要です。ほかには、免疫抑制剤を服用している人、12歳未満の子ども、妊娠している人や授乳されている人もリスクが高いので、注意して欲しいです。

Q.今後、進められるべき対策はなんでしょうか。
A.医療機関と保健所など行政がしっかり連携して、患者の迅速な受診から検査・診断につなげることがまず大事です。早期診断によって、感染の連鎖を防ぐことができます。また、治療薬やワクチンに関しても有効性や安全性をさらに検証して、多くの人に届けられるような体制を整えることが重要です。

Q.最後に私たちはどういうことに気をつければよいでしょうか。
A.サル痘(エムポックス)は誰にでも感染するリスクのある病気で、女性や子どもにも感染します。特に感染者やその疑いのある患者さんと接触した人、不特定多数との性的接触があった人で発熱や発疹といった疑わしい症状がある場合は、ためらわずにかかりつけの医療機関を受診するか、保健所に相談して欲しいです。強調するところですが、特定の集団や感染者・感染の疑いのある方への差別や偏見は受診行動を妨げたり、感染拡大の抑制を遅らせたりしてしまう可能性もあります。客観的な情報に基づいて先入観を排した行動と判断が大事になってくるのではないかと考えます。