“最強”将棋AI開発者が目指す自動車メーカーとは

日本のスタートアップ企業が自動車メーカーを目指す。従来の日本の自動車業界では想定されなかった構想を打ち出す起業家がいます。「Turing(チューリング)」の共同代表CEO、山本一成さん。2030年に年間1万台の完全自動運転の自動車を生産するメーカーとなることを目指しています。将棋AI「Ponanza(ポナンザ)」の開発者としても知られる山本さん。インタビューで語ったのは、他社が開発にしのぎを削る自動運転システムとは一線を画し、“AI=人工知能が車をみずから運転する”という斬新な発想でした。(経済部記者 名越大耕)
将棋AI「Ponanza」の開発経験をいかして
山本さん
「思想的には、カメラとかセンサーを一生懸命頑張っても結局、自動運転はできないのではと思っています。優秀な頭脳を作らないと、この場合はAIですけど完全自動運転はできないというスタンスです。人間が運転できる理由ってすごい視力がいいとか、そういう話じゃなくて単純に頭がいいからできると思っています。この世界、人間社会、ほかの人間、ほかの車というものについて十分に理解があるからこそ運転ができるというのがベースの考えなので、カメラがあれば性能としては十分なはずだと思っています」
「思想的には、カメラとかセンサーを一生懸命頑張っても結局、自動運転はできないのではと思っています。優秀な頭脳を作らないと、この場合はAIですけど完全自動運転はできないというスタンスです。人間が運転できる理由ってすごい視力がいいとか、そういう話じゃなくて単純に頭がいいからできると思っています。この世界、人間社会、ほかの人間、ほかの車というものについて十分に理解があるからこそ運転ができるというのがベースの考えなので、カメラがあれば性能としては十分なはずだと思っています」

山本さんは自動運転を研究してきた青木俊介さんと共同でTuringを設立しました。
会社が考える完全自動運転へのアプローチは、車に多くのセンサーを搭載し、高精細の地図を作成するという、多くの企業が進めるものとは大きく異なっています。およそ15年前に将棋AI「Ponanza」の開発を始めた際の経験がその考えのもととなっています。
会社が考える完全自動運転へのアプローチは、車に多くのセンサーを搭載し、高精細の地図を作成するという、多くの企業が進めるものとは大きく異なっています。およそ15年前に将棋AI「Ponanza」の開発を始めた際の経験がその考えのもととなっています。
それは、人間がAIに覚え込ませるのではなく、AIがみずから学習を進めていく。生成系AIのChatGPTにも重なるAIの開発です。

山本さん
「今までの多くの自動運転の会社って、特にアメリカはルールを一生懸命つくるとか、事前に詳細なマップを作成して、その上に人間がいろんな情報を書き込んでいって、実現しようというのが主流だったんですよね。もちろんそれで解決できればよかったんですけど、今のところ完全な自動運転にはどの手法をもってしても、解決できない。人間が今までルールのために10万行のコードを書いてきて、さらに100万行書けば達成できるのかというとちょっと難しいだろうと思っています。人間がルールを書かずに、完全にコンピューターが知識をどんどん吸収している方向性。Ponanzaはその代表的な例だったんですけど、思い切りそっち側に振った作り方。自動運転の文脈でも、同じようにあるべきだと強く確信しています」
「今までの多くの自動運転の会社って、特にアメリカはルールを一生懸命つくるとか、事前に詳細なマップを作成して、その上に人間がいろんな情報を書き込んでいって、実現しようというのが主流だったんですよね。もちろんそれで解決できればよかったんですけど、今のところ完全な自動運転にはどの手法をもってしても、解決できない。人間が今までルールのために10万行のコードを書いてきて、さらに100万行書けば達成できるのかというとちょっと難しいだろうと思っています。人間がルールを書かずに、完全にコンピューターが知識をどんどん吸収している方向性。Ponanzaはその代表的な例だったんですけど、思い切りそっち側に振った作り方。自動運転の文脈でも、同じようにあるべきだと強く確信しています」
北海道の公道で実証実験
Turingでは、そうしたみずから学習するAIに必要となる膨大なデータを実証実験で集める作業を続けています。

これは従来の自動運転技術の開発のための実証実験とは目的が異なっています。
車の前後左右の4方向にカメラを設置した市販の軽自動車を走行させて画像データを収集。それと同時に、ハンドルを動かした際の角度や、アクセルを踏む強弱などのデータを収集します。
このデータをもとに、車の運転とはどうやって行うのかをAIに理解させようとしています。取得したデータは2022年末までに900時間相当にのぼります。
そして、2022年10月には、開発したAIを使って、北海道の公道1480キロのうち、およそ95%の道のりを自動運転モードで走らせる実証実験を行いました。
車の前後左右の4方向にカメラを設置した市販の軽自動車を走行させて画像データを収集。それと同時に、ハンドルを動かした際の角度や、アクセルを踏む強弱などのデータを収集します。
このデータをもとに、車の運転とはどうやって行うのかをAIに理解させようとしています。取得したデータは2022年末までに900時間相当にのぼります。
そして、2022年10月には、開発したAIを使って、北海道の公道1480キロのうち、およそ95%の道のりを自動運転モードで走らせる実証実験を行いました。

自社工場でみずから生産も手がける
AIの開発と同時に、山本さんは自社工場を作って車の生産もみずから手がける構想を持っています。スタートアップが新規参入するという、従来の日本の自動車業界では想定されなかった構想ですが、不可能ではないと考えています。
その構想は次のようなものです。
その構想は次のようなものです。
▽2023年1月 運転支援システムを搭載した車を1台販売
(トヨタのレクサスをベース車に生産 自動運転レベル2に該当 価格は2000万円)
▽2025年 100台を生産
(市販の車体をベースに組み立て 自動運転レベル2に該当)
▽2030年 1万台を自社工場で生産 自社開発の車両で完全自動運転
▽2040年代 事業を黒字化
(トヨタのレクサスをベース車に生産 自動運転レベル2に該当 価格は2000万円)
▽2025年 100台を生産
(市販の車体をベースに組み立て 自動運転レベル2に該当)
▽2030年 1万台を自社工場で生産 自社開発の車両で完全自動運転
▽2040年代 事業を黒字化
既存の車を分解して、車体の仕組みを研究することから始めました。

現在は、自動車の基本骨格である「シャシー」の開発を進めています。このシャシーと既存の車の車体を組み合わせた試作車を作るためです。2024年までにこの試作車で公道を走れるようナンバー取得を目指しています。
2023年3月には、大手自動車メーカーの試作車や展示用の車両などの少量生産を請け負う会社「東京R&D」と業務提携を結びました。6月には1800平方メートルの広さの車体の組み立て自社工場が稼働する予定です。
ちなみに、車のデザインは生成系AIで制作しているということです。
2023年3月には、大手自動車メーカーの試作車や展示用の車両などの少量生産を請け負う会社「東京R&D」と業務提携を結びました。6月には1800平方メートルの広さの車体の組み立て自社工場が稼働する予定です。
ちなみに、車のデザインは生成系AIで制作しているということです。
ライバルはイーロン・マスク氏?
山本さんが強く意識しているのがアメリカの「テスラ」を創業した起業家のイーロン・マスク氏です。

事業の黒字化までに15年以上かかったものの、自動車メーカーとして確立させた事例を追いかけたいといいます。
山本さん
「アメリカや中国で、EVとか自動運転の会社って700社くらいあるそうです。一方、日本ではほとんどない。日本から車という巨大産業で立ち上がるスタートアップもあるべきだと思うんです。そして既存の大手自動車メーカーも影響を受けて、もう少し新しくならないかなと思うんですよね」
「アメリカや中国で、EVとか自動運転の会社って700社くらいあるそうです。一方、日本ではほとんどない。日本から車という巨大産業で立ち上がるスタートアップもあるべきだと思うんです。そして既存の大手自動車メーカーも影響を受けて、もう少し新しくならないかなと思うんですよね」
一方で、車の自社生産の実現への高いハードルも実感しているといいます。

山本さん
「ソフトウエア工学と言いたいところなんですけど、やっぱり車のハードの実機のつなぎこみとか、車を作るという部分がありまして、そこのつなぎこみが大変ですね。われわれはAIの技術として見えているもの、集まっているメンバーには自負があるんですけど、それを車に実装していく過程でなかなか難しさがあって、外部のパートナーがさらにいてくれたら、いろんなレイヤーで組めたらなと思っています。また、部品の調達も悩みの種ですね。少量でも供給してくれるメーカーが少ないのが現状で、将来的なことを考慮して協力してくれるところを探して、海外の部品メーカーとも話をしています。現状では、日本の大きなメーカーは相手にしてくれません」
「ソフトウエア工学と言いたいところなんですけど、やっぱり車のハードの実機のつなぎこみとか、車を作るという部分がありまして、そこのつなぎこみが大変ですね。われわれはAIの技術として見えているもの、集まっているメンバーには自負があるんですけど、それを車に実装していく過程でなかなか難しさがあって、外部のパートナーがさらにいてくれたら、いろんなレイヤーで組めたらなと思っています。また、部品の調達も悩みの種ですね。少量でも供給してくれるメーカーが少ないのが現状で、将来的なことを考慮して協力してくれるところを探して、海外の部品メーカーとも話をしています。現状では、日本の大きなメーカーは相手にしてくれません」

青木CTO
「ものづくりがちゃんとできる会社が日本にないといけないと思っているんです。日本でものづくりとか、エンジニアってあまりリスペクトされていないと思うんです。エンジニアができる人は結構外資系企業に流れてしまっていて、かなり悔しいんですよね。車メーカーを作るって結構無理な戦いで、大きくなった時にみんなに応援される会社になれると思うんです。Turingで車を作って、日本のモノづくりの象徴になっていきたい」
「ものづくりがちゃんとできる会社が日本にないといけないと思っているんです。日本でものづくりとか、エンジニアってあまりリスペクトされていないと思うんです。エンジニアができる人は結構外資系企業に流れてしまっていて、かなり悔しいんですよね。車メーカーを作るって結構無理な戦いで、大きくなった時にみんなに応援される会社になれると思うんです。Turingで車を作って、日本のモノづくりの象徴になっていきたい」
世界にとんでもないインパクトを
完全自動運転の車の自社生産に高いハードルを実感する山本さん。しかし、それでも目指すゴールはさらに先にあるというのです。
自動運転の開発で培ったAIの技術をベースに、さらに高度なAIの開発につなげるという構想です。
日本の自動車産業という参入障壁が極めて高い世界にあえて飛び込んだのは、それよりもさらに高いハードルを乗り越えるため。次のステップへの準備という位置づけです。
自動運転の開発で培ったAIの技術をベースに、さらに高度なAIの開発につなげるという構想です。
日本の自動車産業という参入障壁が極めて高い世界にあえて飛び込んだのは、それよりもさらに高いハードルを乗り越えるため。次のステップへの準備という位置づけです。

山本さん
「将来はAGI(汎用人工知能)を作りたいと思っているんです。今のChatGPTのような生成系AI以上のとんでもないインパクトを世界に与えると思うんです。今は車を作っていくという話ですが、車という業界でちゃんと稼げる状態にして企業として育っている状態にする。そして、AGIをつくる産業をちゃんと作っていきたい」
「将来はAGI(汎用人工知能)を作りたいと思っているんです。今のChatGPTのような生成系AI以上のとんでもないインパクトを世界に与えると思うんです。今は車を作っていくという話ですが、車という業界でちゃんと稼げる状態にして企業として育っている状態にする。そして、AGIをつくる産業をちゃんと作っていきたい」
※AGI(汎用人工知能)=あらゆる分野の理解や実行ができる人工知能。最終的な人工知能のゴールとされる。
取材を終えて
ChatGPTをはじめとする現在の生成系AIは、人間の質問に対して即座に自然に回答するふるまいが世界で驚きをもって受け止められました。ただ、その作り出した回答が本当に真実なのか、それともあたかも人間のように言語を作り出すだけなのか、まだ定かではありません。
AIが質問を真に理解し、真実をきちんと回答する技術は発展途上の段階にあります。
これに対して、山本さんたちが開発するAIは、車の運転をAIが理解することで完全自動運転を実現しようとするものです。そのアプローチは、ChatGPTとは本質的に異なるように見えます。
驚くべきスピードで進化と変化の時代に入ったAIの開発。
今は高いハードルと見える挑戦も、近いうちにそう思わなくなる時がくるのではと予感させます。
これに対して、山本さんたちが開発するAIは、車の運転をAIが理解することで完全自動運転を実現しようとするものです。そのアプローチは、ChatGPTとは本質的に異なるように見えます。
驚くべきスピードで進化と変化の時代に入ったAIの開発。
今は高いハードルと見える挑戦も、近いうちにそう思わなくなる時がくるのではと予感させます。

経済部記者
名越大耕
2017年入局
福岡局を経て現所属
デジタル庁と情報通信業界などを担当
名越大耕
2017年入局
福岡局を経て現所属
デジタル庁と情報通信業界などを担当