安心してください 曲がれますよ

安心してください 曲がれますよ
赤信号で停止すると、後ろの車から突然、クラクションが鳴らされる。
目の前の交差点には、見覚えのない標識が。

教習所でも習ったはずです。一方通行じゃありませんよ。
あなたは覚えていますか?
赤信号でも左折できる「左折可」を。

こんな標識あるの、なんでなん?

(なんでなん“左折可” 取材班)

“この標識 見たことある?” 50人に聞きました

白地に青の矢印。
突然ですが、この標識、見たことありますか?
大阪市の中心部で聞いてみると…。
30代の女性
「一方通行?違う?なに?」

40代の女性
「見たことないですね。知らない」。
50人に聞いたところ7割の人が「知らない」と答えました。
ところが、この標識の知名度がほかに比べて高い地域があるのです。

奈良県ではみんなが知ってる?

それは奈良県。

NHKで働く奈良県出身者にも聞いたところ「そんなん知ってるわ。常識やん」という答えが返ってきました。

実際に奈良の道を車で走ってみると、あちこちで見かけました。
赤信号でも、どんどん車が左折しています。
なかには朝7時から9時までの2時間限定のものまで。

この標識の目的は、渋滞緩和。
左折する車をスムーズに流すことで混雑の解消に役立つのです。
NHKが関西2府4県の警察に取材したところ、ことし3月末時点の左折可の設置数は
▽奈良県が26か所
▽京都府と兵庫県が11か所
▽大阪府が5か所
▽滋賀県と和歌山県が0か所

関西全体の半分近い左折可が奈良に集中していることがわかりました。

全国でも、沖縄県、岡山県、東京都に続いて4位となっています。
どうして、奈良にはこんなに左折可が多いのか?その謎を解くべく、標識などを管理する奈良県警に聞きました。
奈良県警交通規制課 新家達大 次席
渋滞緩和のために設置しているが、奈良が他府県より多い理由は実はよくわからないんです
県警への取材でははっきりとした理由はわかりませんでした。

何か手がかりがつかめないものか。

私たちは昔の事情を知っていそうな警察のOBを取材することにしました。
そこで出てきた証言が1988年に奈良県で行われた「なら・シルクロード博覧会」がきっかけの一つという説でした。

きっかけは「なら・シルクロード博覧会」か

「なら・シルクロード博覧会」は期間中、国内外から約700万人が訪れた奈良県にとって空前のイベントでした。

標識の取材をしていて、シルクロード。
くしくも、道路に関連したことばでつながりました。

OBによると、交通渋滞がひどくなると予想されたことから、当時の県警幹部が、左折可の導入に踏み切ったといいます。
さらに深い事情を聞こうと、奈良の交通事情に詳しい専門家を訪ねました。
帝塚山大学の蓮花一己名誉教授です。

蓮花名誉教授によると実は、左折可はかつて全国どこでも見かけるものでした。
それが、いつしか姿を消していったといいますが、奈良県では残り続けたということです。

それには「奈良特有のある事情があった」と分析しています。
帝塚山大・蓮花一己 名誉教授
左折可はかつて全国各地にありましたが、交通量が増加し、歩行者・自転車を巻き込む事故が増えました。そのため、全国では左折可に代わって道路を広くして専用レーンを設けるといった方式が主流となりました。
しかし、奈良県は平城京に代表される遺跡の町。

道路を掘れば何かが出てくる「文化財の宝庫」といわれます。
そのため道路を広げることが簡単ではなく「左折可」の標識がほかの地域に比べて多く残ったということです。

風前のともし火… 消えゆく左折可

化石のように残った奈良県の「左折可」ですが、その存在がいまや風前のともし火となっています。

ことし3月、奈良名物となっていた「県庁東交差点」の左折可が撤去されたのです。
県庁東交差点は、各地から奈良の中心部に向かう幹線道路が合流する交通の要衝。
奈良公園や東大寺、春日大社といった奈良の観光名所を訪れる車は必ずといっていいほど通過し、奈良の名物の一つでした。
撤去の様子を取材している間も、市民がカメラを向けて別れを惜しんでいました。
カメラに収めた人
最後の姿だけネタに収めて帰ろうかと。一つの奈良ネタとして県外から来る人とドライブする時なんかは、“ここは赤でも行けるんだぜ”とかやってましたね

通りがかった人
“奈良のここは左折可”とちょっと自慢なところもあった。なくなったらさみしい
今回の撤去に見られるように近年、奈良県では左折可がその数を減らしているのです。

奈良県警によると、平成7年から9年の間には、74か所ありましたが、次第に減少し、いまはピーク時の3分の1以下になっています。

なぜなのか。
先ほどの県庁前の交差点を通る車のナンバーを観察すると…。

奈良のイメージダウンに…

隣の大阪や京都のほか、遠くは福島や高知まで。

多くの県外ナンバーの車が行き来しています。

大型連休中のある日、交差点を10分間観察したところ、110台中71台、実に6割以上が県外ナンバーでした。

別の日にも左折可が設置されているほかの交差点を取材しました。
そこでは、県外ナンバーの車が左折可に気付かなかったのか、赤信号で停車してしまい、後続車からクラクションを鳴らされると、おそるおそる左折していく姿も見られました。
警察などへの取材によると、かつて全国各地に左折可があった時代には、県外のドライバーも左折可をすぐ理解して難なく左折することができたといいます。
しかし現在は、全国的に左折可が減っているのに伴い、県外のドライバーにとってはなじみのない標識に。

奈良県では当たり前の左折可も県外から来た人にとっては、ふだん見かけない“レアな標識”になっていきました。

警察には「わかりにくい」とか「戸惑った」といった声が多数寄せられています。
奈良のイメージダウンにつながりかねない存在になりつつあるのです。

それに加えて、矢印信号など信号制御の技術の進展に伴って、左折可がなくても安全に渋滞を防ぐ環境が整いつつあります。
こうしたこともあり、奈良県でも必要性がないと判断されたものは撤去が進んでいるのです。

“お疲れさま” 大和路の左折可

奈良で残り続け、県民に愛された「左折可」。
時代の流れと技術の進歩で、いつの間にかレアな存在となりました。

長年にわたって、渋滞緩和に貢献してきたその姿ももうすぐ見納めになるかもしれません。

大和路の名物が、今たそがれを迎えています。
奈良放送局記者
寺井康矩
2017年入局。
生まれも育ちも奈良県。左折可があることになんの疑問も持たずに育ったので知らない人がいて驚がく。
奈良放送局記者
バルテンシュタイン永岡海
2017年入局。東京出身。奈良県に来て左折可を初めて知りました。
大阪放送局ディレクター
福井瑛子
2019年入局。福岡県出身。車をよく運転しますが、まだ左折可に出会ったことがありません。趣味は高温サウナ巡り。