子どもたちに“プレゼン”教育を 元銀行員の全国出前授業

子どもたちに“プレゼン”教育を 元銀行員の全国出前授業
「日本人はプレゼンが不得意だ」

ビジネスの世界でよく言われてきた指摘です。

そのプレゼン力を身につけるのは子どもたちの教育から。

全国の小中学校で年間100回以上、出前授業を続ける元銀行員がいます。

プレゼン力はビジネスのためではなく、自分の発言に自信を持つことにつながるもの。

子どもたちの教育から世の中を変えようという授業に密着しました。
(経済部記者 谷川浩太朗)

プレゼンは何のため?

大阪の公立中学校。

体育館に集まった中学1年生200人を前に熱意あふれる授業を始めたのは、元銀行員の竹内明日香さん。
8年前から全国の小中学校でプレゼン力の出前授業を続けています。

授業の冒頭、竹内さんは3択クイズを出しました。
“自然災害で毎年なくなる人の数は過去100年でどう変わったか?”

(1) 2倍以上
(2) 変わっていない
(3) 半分以下
「答えは(3)。100年前の1%になっています」
“世界の1歳児の中で、予防接種を受けている子どもはどのくらい?”

(1) 20%
(2) 50%
(3) 80%
「答えは(3)。80%を超えました」
“1996年の時点で、クロサイ、トラ、ジャイアントパンダは絶滅危惧種。当時よりも絶滅の危機にひんしている動物は?”

(1) クロサイ
(2) トラ
(3) なし
「答えは(3)。絶滅危惧種の保全は、ぐんぐん進んでいます」
そして、間髪を入れずに、こう続けました。
「世の中少しずつよくなってるでしょ。これって、自動的に変わったのかな?それとも、神様が『人間たち、頑張ってるから少し変えてやろうか』って変えてくれたのかな?違いますよね。人間が変えていきました。

誰か言い出しっぺがいて、ここに高い堤防を作ろうとか。自分の子どもだけでなく途上国の子を救おうよって言いだしたり。トラが大好きな人がいて、『トラ守りたいねん』って言いだした人がいたのかもしれない。みんな最初は、笑われたと思うんですよ」
「でも、ずっと言い続けるうちに、もう1人、賛同してくれる人が現れた。さらに、お金集めるから、一緒に団体作ろうよって言いだした人がいて、毎年続けられるようになって。それで世の中変わってたんじゃないかな?

自分の思いを伝え、世の中を変えるためにプレゼンを学ぶ必要があるんです」
この3択クイズは、なぜプレゼン力が必要なのかをまず知ってもらうことが目的だといいます。

プレゼン力=引っ込み思案の子どもに

その後の授業の様子をしばらく取材すると、竹内さんはプレゼンの技術やテクニックについては、一切触れていないことに気が付きました。
1 自分の言いたい意見が何かを深く考える
2 原稿は作るけど、発表する時には使わず、必ず相手の目を見る
簡単にまとめると、教える内容はたったのこれだけでした。

ただ、驚いたのは、その場の空気作りです。

子どもたちがどんな発言をしても、竹内さんは「それも正解!」「今の答えはすごいね」と、全部肯定していたのです。
そして、登壇した発表者に対して、会場の参加者全員が「やればできる!」と何度も大きな声で応援します。

竹内さんによると、何を言っても許される、褒められるという空気を作るために、意識的に促しているということでした。
アルバ・エデュ代表理事 竹内明日香さん
「もともと自分の発言に自信を持っている子たちって、先生たちも無意識のうちに授業でもよく当てていると思うんですね。だから、できる子はずっとどんどん上手になる。でも、逆に引っ込み思案な子どもは、先生もなかなか当てない。すると、ずっと、その状態が小学校、中学校、高校って続く」
「極端なことを言えば、初めて自分の意見を求められるのが、就職面接っていう重大な局面っていう場合も多いと思うんです。この教育格差は、本当に恐ろしいと思います。だから、私が底上げをしたいのは、引っ込み思案の子どもたちなんです」
2時間にわたった授業のあと、子どもたちを取材すると、子どもたちの表情が授業前と比べて明らかに堂々としたものになっていると感じました。
「人の前で話すことは苦手だけど、きょうの授業を受けて、授業中でも、もっと手をあげようかなって思った」
「社会は自分たちの力で動くって教えてもらえたから、そのために話す練習をしていきたい」

竹内さんが授業を始めた理由

竹内さんが授業を始めたのは、銀行員や金融アドバイザーの立場として、海外の投資ファンドと日本企業の間をとりもつ仕事をする中で、たびたび目にした日本人社長の姿がきっかけだったといいます。

たとえば、世界の名だたる投資ファンドが、投資先を選ぶための社長ヒアリング。

竹内さんが担当していたある企業の社長は、何を質問されても事前に用意した質問回答案をそのまま話すことしかできませんでした。

さらに、「その件は、CFOから」「えーっと、それは企画部長から説明させます」

対照的に、隣の部屋にいる台湾や韓国の会社は、社長が1人で乗り込んで堂々と自分のことばで熱意を持って説明していました。
竹内明日香さん
「日本人社長のプレゼンには、パワーがない。熱意がない。自分の考えを『I』で語ってない。海外企業と競う場に立ち会うと、こんなことばっかりなんです。

そして、誰もがうまくいくと思っていた投資案件のコンペで、交渉がまとまらなかった時に、ファンドの幹部に選ばれなかった理由を聞きました」
「すると、幹部からは『私は社長自身の考えを聞きたかった。瞬時に自分の考えを持って対応できる人でなければ信用できない。残念ながら、今回の社長のプレゼンを見ても、それはできないと判断した。日本には、せっかくいい商品やサービスが生まれているのにね』と投げかけられました」
日本経済の衰退は、経営者たちが子どものころからプレゼン力を身につける教育を受けてこなかったことが原因ではないかと考えるようになったといいます。

自分の考えを主張できる経験を積まなければ、日本経済の未来は暗いと感じ、一念発起して2014年に社団法人を設立します。

金融の仕事のかたわら、全国の小学校宛てに「子どもたちの話す力を高める授業を開かせてほしい」と手紙を送り続けました。

当初は、100通のうち1通、返事がある程度。

地道に活動を続けた結果、今は全国から依頼が殺到するようになりました。

さらに活動を広げる

学校現場で「プレゼン力=話す力」の大切さを理解してもらうため、さらに自分ができることはないか。

竹内さんは政財界や文部科学省にもアプローチを始めています。
今の学習指導要領でも、「話す力」を子どもたちに身につけさせることを重視していると竹内さんは認識しています。

ただ、たとえば中学校で、高校受験に求められていない「話す力」に授業時間を割こうとしても、保護者からのプレッシャーがあって難しいことも理解しています。

このため、まずは学校の先生たちが子どもたちに「話す力」の重要性を実感してもらい、その上で、話す力が向上するような授業に取り組んでほしいと考えています。
竹内明日香さん
「道徳の教科書には、『自分の意見を話してみよう』と書かれています。公民では、たとえば選挙を通じ、どうやって自分の意見を社会に反映するかという授業があります。発声は音楽の先生が教えています。

一つ一つの科目では、学習指導要領も教科書も、話す力を育むための内容は設定されているんですが、そこが科目や先生の間で分断されてしまっている現状をわかってほしい」
「プレゼンで世の中は変えられる」

竹内さんが繰り返し語るそのことばは、今の日本の教育現場をもっと改善させたいという思いからでした。

世の中にあふれるビジネス書の“プレゼン力”や表面的なテクニックとは違い、見据えるのは、子どもたちに「自信」を与え、その生きる力が世の中をいい方向に変えていくというとても大きな目的でした。
経済部記者
谷川浩太朗
2013年入局
沖縄局、大阪局を経て現所属
総務省と情報通信業界などを担当