激動のEVシフトどう生き残る? SUBARU新社長が描く戦略は

激動のEVシフトどう生き残る? SUBARU新社長が描く戦略は
独自のエンジン技術で知られる自動車メーカー「SUBARU」の新たな社長に“異色のキャリア”を経たエンジニア出身の大崎篤氏がことし6月、就任します。

世界的なEVシフトや自動運転の進化など大きな変革期を迎え、大手メーカーであっても安泰ではないとされる時代に、中堅メーカーのトップとして、どう経営のかじ取りをするのか。

戦略を聞きました。

(経済部記者 當眞大気)

航空機メーカーから車へ

航空機メーカーが前身でエンジンの技術力に定評があるSUBARUは、重心が低く振動を抑えた「水平対向エンジン」で知られ、独自の技術に愛着を持つファンも多いメーカーです。

走りや安全性を重視した車づくりが特徴で、SUV=多目的スポーツ車などに力を入れています。
大崎さんは6月からトップとして経営を担うことになります。

エンジンに魅せられて

日本がバブル景気に入っていた1988年、大崎さんはSUBARU(当時は富士重工業)に入社しました。
機械工学を専攻し、エンジン技術者を志していた大崎さんは所属していた大学の研究室が会社の代名詞でもある「水平対向エンジン」の研究に携わっていた縁で、希望どおりエンジニアとしての第一歩を踏み出します。
大崎篤 次期社長
「やっぱり車が好きで、学生時代は、どうにか買った中古車を毎日のようにいじったり、乗り回したり、エンジンの研究したりとか、そういう日々でした。そういう流れだったので、会社に入ってエンジン開発に携わることができたときは本当にうれしかった。エンジン開発は熱や流体の力学など本当にいろんなことが凝縮されたものだと思っています」
入社して10年間、エンジンやトランスミッションの設計を担当し、モノ作りの奥深さや魅力を学んだといいます。

一方で、“ある疑問”をきっかけに大崎さんのキャリアはエンジニアとは離れた世界へと移ることになります。

エンジニアの“働き方改革”で労働組合へ

当時、大崎さんは職場の同僚などが夜遅くまでの残業や休日出勤に疲れ切っているのを目の当たりにしました。

技術者が日々の業務だけに追われているようでは、他社を圧倒するような独創的なアイデアは生まれてこないのではないか。

そうした疑問を抱くうちにみずから働き方を変えようと労働組合の専従役員に就くことを決断。
組合の仕事は8年間におよびました。

一方、組合時代には忘れられない苦い経験もありました。

軽自動車の販売不振などで会社の業績は悪化し、2005年には希望退職を募集し、712人の従業員が退職しました。

組合の役員として、じくじたる思いがあったといいます。
大崎篤 次期社長
「組合としては非常に苦渋の決断だった。そのときにすごく強く思ったのは、やっぱり企業の業績をしっかりさせて会社の基盤を強固なものにしないと、雇用を守るのは難しいんだと。とにかく雇用を守ることが経営としての最も大事な責任だってことは当時すごく痛感したし、今もその思いは強いです」

検査不正問題から得た“教訓”

組合から会社に復帰したあとも、大崎さんは会社を揺るがす事態への対処を迫られます。

2017年に検査不正問題が発覚。

資格を持たない従業員による検査や燃費の検査データの改ざんなどの不正が相次ぎ、当時、品質保証部門の責任者を務めていた大崎さんは記者会見で説明に追われました。
大崎篤 次期社長
「本当に会社がなくなってしまうのではないかというくらいの強い危機感を持っていました。とにかく正直に、包み隠さず起きていることを知ってもらって、そして早くそれを収束させるためのさまざまな手を打って、お客様の信頼を1日でも早く回復するということに尽きる、そういう考え方でした」
当時、原因の1つとして、現場の業務量が過多であったにもかかわらず、こうした問題が経営陣に共有されず、適切に対処されなかったことが指摘されました。

このため、大崎さんは現場と経営が課題を共有できる環境作りを進めてきたといいます。
大崎篤 次期社長
「職場のいろんな課題がちゃんと上司に伝わり、上司はそれを受け止め対応できる。そうした上下のコミュニケーションがものすごく大事で、それがうまくできないと今回のような不正が起きてしまう」

EVシフトの時代 雇用守れ

業績悪化や企業の信頼を揺るがす不祥事に対処してきた大崎さんは、こうした経験から得た教訓を経営に生かしたいとしています。

そして今、直面している最大の課題はEVシフトです。

従来の自動車メーカーとの競争に加えて、EVシフトが始まってからはテスラやBYDといった新興メーカーが台頭し、新たな脅威となっています。
SUBARUには、独自のエンジン技術に魅力を感じるファンも多いものの、EVではエンジンそのものが不要になります。

そうなった場合には3万点とも言われる車の部品の数も大幅に減り、雇用にも影響すると言われています。

組合時代に「雇用を守ることこそ、経営の役割」という思いを強くした大崎さんは、EVシフトのスピードをにらみつつ、社員の再教育などに力を入れたいとしています。
大崎篤 次期社長
「エンジンやトランスミッションに関わっている方には、電動化に合わせてリスキリングを図って、スムーズに新しい仕事に携わってもらうための環境整備をちゃんとやるし、同じように、取引先の皆様についても、同じ考え方で取り組んでいきたい。いずれにしても雇用は大事ですから、しっかりそれを守っていきます」

EVシフト、対応のカギは“柔軟性”

会社は、他社に先駆けて国内にEVの専用工場を建設する計画を発表しましたが、実は大崎さんはこの計画策定の責任者も務めました。
ただ、EVシフトが日本にも波及すると見る一方で、その波及のスピードや規模を予測するのは難しいとして、“柔軟性”を持った生産体制を整えることが重要だと考えています。
大崎篤 次期社長
「これからの電動化の時代にふさわしい工場にするために、どのようにEVが広がっていくかということをある程度は予測しながらも、幅を持ってそれに対応できるような柔軟性を確保しようと。そして、EVが強くいきそうだとか、踊り場が来そうだぞとか、そういう一定の方向が見えたら計画を見直すような、そういう柔軟性と拡張性をあわせ持った戦略にしました」

“ブランドの軸ぶらさず 生き残る”

最大手のメーカーであっても安泰とは言い切れない自動車業界の変革の時代に、中堅メーカーとして、どう生き残ろうとしているのか。

大崎さんに改めて問うと、時代の変化に柔軟に対応しながらも“車の安全性や運転のたのしさ”といった会社が大切にしてきた価値を追求していきたいという答えが返ってきました。
大崎篤 次期社長
「電動化になってもやっぱりSUBARUらしさってそんなに毀損することはないと思っています。カーボンニュートラル商品をしっかりつくり上げて、お客様に支持されたいという強い思いは変わりませんし、SUBARUブランドっていう軸、これだけは絶対に動かさないようにしっかりやっていきたい。それから、とんがった発想を持った人材が生き生き働いていけるような職場環境をつくり上げていきたい。そんなことを進めながら、われわれ規模のメーカーもしっかりとこの激動の中を勝ち残っていく」
大崎さんの「とんがった発想を持った人材が生き生き働いていけるような職場環境」ということばからは、働き方改革を進めようとした組合時代、検査不正の危機対応の経験から身につけた経営者としての心構えを感じました。

みずから“異色のマルチキャリア”と称する経験がどう生かされるのか、取材を続けていきたいと思います。
経済部記者
當眞 大気
2013年入局
自動車・鉄鋼業界を担当