あの「はやぶさ2」の 力になりたい! “星の瞬き”追いかけて

あの「はやぶさ2」の 力になりたい! “星の瞬き”追いかけて
3年前、小惑星リュウグウからサンプルを持ち帰ることに成功したJAXA=宇宙航空研究開発機構の探査機「はやぶさ2」。

機体から分離されたカプセルがオーストラリアの砂漠に着地したのを伝えるニュースを覚えている人も多いと思います。

実はいまも、宇宙の旅を続けていて、3年後には別の小惑星を探査する予定です。事前に、地上から小惑星の情報を多く集めることができれば、ミッションの手助けになります。

立ち上がったのは、天体観測に通じた全国のアマチュアたち。

2か月以上にわたる挑戦で、小惑星の姿を捉えることはできたのでしょうか?
(佐賀放送局記者 藤岡信介)

JAXAからの依頼でアマチュアチームを結成

佐賀市星空学習館 早水勉 副館長
「全然、大げさじゃないんですけど、歴史に残りますよ。観測の歴史に残る。街のお父さん、お母さんの観測がJAXAの探査に貢献するっていうのは、痛快だとは思いませんか」
ことし2月、満面の笑みでそう語ってくれたのは、佐賀市にある天体観測の学習施設に勤める、早水勉さんです。
天体観測の道、40年余りのベテラン愛好家です。

天体観測のおもしろさを伝えるかたわら、全国のアマチュアたちと観測について情報交換するネットワークを構築。この世界ではちょっとした知られた存在です。

そんな早水さんに去年暮れ、重大なプロジェクトへの参加が持ちかけられました。
見せてくれたのは、JAXAのロゴが入った文書。
はやぶさ2が次に探査を目指す、小惑星の観測で協力を求める依頼状です。

早水さんは全国のアマチュアに呼びかけ、およそ100人からなる観測チームを結成しました。
早水勉さん
「日本にはこんなにたくさんの優秀なアマチュアがいる。そして互いに協力することで、こんな難しい観測も成立できるんだっていうことを、世界にアピールしたいですね」

今も宇宙のかなたを進む はやぶさ2

早水さんたちが支援を試みるはやぶさ2はいま、地球から約3億キロ離れた宇宙空間を進んでいます。
3年後の2026年には「2001CC21」という名称の小惑星に最接近する予定です。

直径が推定で700メートルほどの小さな小惑星ですが、はやぶさ2が進むルート上にあるためミッションの対象に選ばれました。

はやぶさ2は、すれ違いざまに小惑星を撮影する「フライバイ探査」をJAXAとして初めて試みます。
ぎりぎりの軌道で小惑星をかすめるように高速で飛び、撮影することができれば、将来、地球に衝突するおそれのある小惑星が現れた時に、経験としていかすことができるといいます。

撮影の精度を高めるには、あらかじめ小惑星の大きさや形といったデータを集めておくことが欠かせません。
こうしたことが事前に分かっていれば、はやぶさ2はより正確な軌道を通ることができ、ミッション成功の確率が高まるというわけです。

タイミングは0.1秒 “星の瞬き”を狙って

しかし小惑星は、最も近づくとされるタイミングでも、地球から数千万キロ離れた位置にあり、規模も小さいため、大型の天体望遠鏡を使ったとしても、わずかな点にしか見えません。
このため早水さんたちが試みるのは、別の輝く星「恒星」をいかし、間接的に小惑星の姿を捉える「恒星食」と呼ばれる手法です。

小惑星が恒星の手前を通過する際に起きる現象で、地上にいる私たちには星の光が一瞬、消えたように見えます。

観測で重要となるのは、光が消えて再び輝くまでの「時間」です。
その瞬間は、数秒から数十秒ほど。今回の小惑星に限っては、0.1秒ほどと推定されています。まさに“星の瞬き”と呼べる、一瞬の出来事です。
観測できれば、小惑星の大きさなどの計算が可能になります。

こうした恒星食の観測、最近は早水さんたちアマチュアも貢献できる天体観測の分野として広まってきました。
大勢の人が複数地点から狙えば観測の確率が高まる上、高性能の機材が一般に普及してきたことも、アマチュアたちにとって追い風となってきました。

ただ、これほど大がかりなプロジェクトは早水さんにとっても初めてのことです。

1回目 2回目…、そして3回目 ついに!

小惑星の軌道が地球に近づくのは、年明けから3月まで。
この間、日本の上空を通過する機会は、数回しかありません。
早水さんは、全国の仲間たちと話し合い、4回にわたって大規模な観測で小惑星を狙うことにしました。
1度観測できれば、小惑星の軌道を絞り込むことができ、次の観測ではさらに精度の高い観測が期待できます。

しかし、やはり“星の瞬き”を捉えるのは容易ではありませんでした。

2月に実施した1回目と2回目の観測。
1回目は全国の40以上の地点から狙いましたが、悪天候に阻まれ、続く2回目も恒星食は起きず、1つも観測することはできませんでした。

3月5日に行われた3回目の観測。
この夜、観測チームは歓喜に沸きました。

この道およそ50年の滋賀県のベテラン愛好家、井田三良さんが、初めて小惑星の恒星食を捉えたのです。
映像を見せてもらったところ、ほんの一瞬だけ、星が消えているのがわかりました。

その時間はわずか、0.105秒でした。
撮影に成功した 井田三良さん
「追い求めているものですので、『やった』という感じです。たまたま私がそこにいて、恒星食が起きて減光したんです。ひとつのチームの力かと思います」
この観測によって小惑星は楕円形で、一部の断面が推定で直径450メートルほどあることがわかりました。次に恒星食が起きる軌道も、当初の予測範囲から10分の1にまで狭めることができました。

しかし、詳しい姿を浮かび上がらせるには、これだけでは不十分です。

残されたチャンスは、あと1回となりました。

ラストチャンス

ラストチャンスの舞台となったのは、鹿児島県。
3月26日、全国からアマチュアと専門家およそ20人が集結しました。

日暮れ前の空を見上げると、厚い雲が漂っていました。

それでも、望遠鏡をセッティングしていくと。
祈りが通じたのか、日暮れ前には次第に晴れ間が広がりました。
美しい星が空一面に輝きます。
日中の小雨で洗い流された夜の空気は、とても澄んでいました。
早水勉さん
「最高の空になりましたね。これはすばらしい空になって。あとはどっかで捉えてくれるといいんですけどね」
いよいよ、ラストチャンスとなる観測が始まりました。
最初に、輝く星「恒星」に望遠鏡の焦点を合わせます。

そして、0.1秒単位の恒星食を逃さぬよう、望遠鏡には感度の高い小型カメラが取り付けられました。

撮影した星の光の映像は、接続されたノートパソコンに記録していきます。

あとは、わずかな瞬間、輝きが消えるのを待つのみです。
小惑星が通過する予定の午後8時45分がやってきました。
捉えることはできたのでしょうか。

パソコンの画面をじっと凝視する早水さんが「消えていないですね」と、つぶやきました。

残念ながら、早水さんの望遠鏡は恒星食を捉えられませんでした。
ほかの参加者も同様で、ラストチャンスの夜空に小惑星は現れず、挑戦は終わりました。
佐賀市星空学習館 早水勉 副館長
「1か所でも成功できれば歴史的ですと言っていたんで、そこはクリアしたんです。半分成功で、半分失敗という印象です。この小惑星、なかなかしっぽをつかましてくれなかったけど、一体どんな小惑星なんでしょうね。(3年後の探査を)楽しみに待ちたいと思います」

JAXA“画期的な観測”

今回の結果をJAXAはどう受け止めているのでしょうか。

はやぶさ2のプロジェクトチームでミッションマネージャを務めた、吉川真 准教授に聞きました。
JAXA 吉川真 准教授
「非常に難しい観測だったので、1回でも恒星食が見えたというのは、本当にびっくりで、画期的な観測ができたと思います。はやぶさ2には小惑星『2001CC21』のすぐわきを通過してもらいたいと考えていて、今回の観測によって軌道の推定の精度が上がったことで、より安心してフライバイ探査の計画を立てられます」
小惑星が姿を現したのは1度きりでしたが、はやぶさ2のミッションに役立てられるということでした。
そして、アマチュアの高い観測技術にさらなる期待を示していました。
JAXA 吉川真 准教授
「かなりレベルが高いことをアマチュアの皆さんがやっているので、こういったことが広がると日本の科学技術のレベルがどんどん上がっていくんじゃないかな」

アマチュアの連携は国際規模に 挑戦は続く

早水さんたちの挑戦に、さらに続きがあるというので4月、再び佐賀市の星空学習館を訪れました。

恒星食などの天体現象を観測するため8月に、新たに国際団体を設立することが決まったというのです。

団体には、日本や中国のアマチュアや専門家など、およそ100人が参加。

国際的なネットワークで観測の網をさらに広げ、得られた成果は一般に公開することにしています。
アマチュアの域を超えた、天体観測の専門集団を目指すことになります。
佐賀市星空学習館 早水勉 副館長
「昔から人々は夜空を眺めてきましたが、それが天文学に結びついているんだというのを実感しながら、これから多くの人と観測していきたいですね。専門家と愛好家の力をあわせて研究内容を深め、天文ファンのすそ野も広げたいです」
アマチュアたちが見上げる夜空は、無限の可能性を秘めていると感じました。

はやぶさ2が小惑星に最接近する3年後が、待ち遠しいです。
佐賀放送局記者
藤岡信介
2008年入局
青森局や科学文化部を経て2022年8月から現所属
立ち止まって綺麗な星空を眺める機会が増えました