アメリカで難病ALS=筋萎縮性側索硬化症の治療薬を承認

全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病、ALS=筋萎縮性側索硬化症について、FDA=アメリカ食品医薬品局は25日、アメリカの製薬会社が開発した新薬を「患者に利益があると合理的に予測できる」として、治療薬として承認したと発表しました。

承認されたのはアメリカの製薬会社「バイオジェン」が開発したALSの治療薬「トフェルセン」です。

この治療薬はALS患者の中でも「SOD1」と呼ばれる特定の遺伝子の変異が原因の遺伝性のALS患者が対象です。

この変異があると、毒性のあるたんぱく質が作られ、筋肉を動かす神経が損傷して、症状が徐々に進行していきます。

FDAによりますと108人の患者を対象にした治験で、薬を投与した患者では血液に含まれる、神経が損傷していることを示す物質が減少していることが確認されたということです。

FDAは「この薬は患者に利益があると合理的に予測できる」として、深刻な病気の患者に対し、より早く治療を提供する「迅速承認」という仕組みで承認しました。

バイオジェンによりますと、この治療薬はALSの患者全体のおよそ2%、アメリカ全体ではおよそ330人が対象で、ALSの根本的な原因に働きかける薬が承認されるのは、今回が初めてです。

製薬会社の日本法人「1日でも早く薬をお届けできるよう努力」

アメリカで迅速承認されたALSの新薬の国内での承認申請の見通しについて、製薬会社の日本法人「バイオジェン・ジャパン」は、「日本の医薬品審査当局との協議を続けています。承認申請等のタイミングについては、現時点ではお伝えすることができませんが、日本でも『SOD1』遺伝子変異のあるALSの患者さんに1日でも早く薬をお届けできるように努力してまいります」とコメントしています。

遺伝性ALSの男性 “時間との勝負 早く日本でも承認を”

千葉県に住む34歳の男性は、おととし10月、走ったときに足が思うように進まないように感じ、その後、次第に足に力が入らなくなっていきました。

自宅近くの複数のクリニックでは原因がわかりませんでしたが、14年前、父親がALSの発症からおよそ2年たった53歳のときに亡くなったこともあり、東京都内の医療機関で精密な検査を受けた結果、去年6月、父親と同じ「SOD1」という遺伝子に変異がある、遺伝性のALSと診断されました。

男性は症状の進行を抑える飲み薬を服用していますが、今では歩く際にも、ときおり立ち止まって休むことが必要となり、営業の仕事も休まざるを得なくなったということです。

男性は「父親も最初に歩けなくなることから始まって、手を動かしたり、話したりすることが自由にできなくなり、最後は呼吸ができなくなって亡くなりました。自分も同じALSだと知ったときは衝撃を受け、日々、恐怖を感じながら暮らしています」と話しています。

男性は、アメリカで遺伝性のALS患者を対象とした新薬が迅速承認されたことについて、「ずっと待っていた薬なので勇気づけられていますが、病気が進行していく私たちのような患者は時間との勝負で、待つことができる時間が限られています。薬があれば生きる希望が持てるので、早く日本でも承認されることを願っています」と話していました。

「トフェルセン」とは

「トフェルセン」は、アメリカの製薬会社「バイオジェン」が開発したALS=筋萎縮性側索硬化症の治療薬です。

DNAやRNAと言った遺伝情報を含む「核酸」と呼ばれる物質を使った「核酸医薬」の一種で、「SOD1」と呼ばれる特定の遺伝子の変異が原因で遺伝性のALSを発症した患者が対象です。

この遺伝子変異があると、毒性のある異常なたんぱく質が作られ、筋肉を動かす運動神経を壊してしまい、症状が徐々に進行していきます。

この薬は、遺伝情報を細胞に伝えるmRNAを切断することで、異常なたんぱく質が作られるのを防ぎ、症状の悪化を抑えることが期待されています。
これまでに薬の有効性や安全性を確認するため、国際的な最終段階の治験が行われていて、「SOD1」の遺伝子変異があるアメリカや日本などの合わせて108人の患者が参加しました。

治験では、「トフェルセン」を投与するグループと偽の薬を投与するグループに分け、28週間後の時点での運動機能など、重症度の変化を調べましたが、統計的に意味のある有効性は示されなかったということです。

一方で、その後の継続試験も含めた解析では、薬を投与したグループで血液などに含まれる神経の損傷を示す物質や、異常なたんぱく質が減少していることが示されたとしています。

これらのデータに対し、アメリカFDA=食品医薬品局の外部の専門家による委員会は先月、治療薬としての効果は十分に示されているとは言えないとしながらも、患者にとってリスクよりも利益が上回ることが予測できるとして、深刻な病気の患者に対し、より早く治療を提供する「迅速承認」を支持する意見をまとめていました。

バイオジェンは、遺伝子の変異があるものの、まだALSの症状が出ていない患者を対象に行われている治験で、発症を抑制する効果を確かめることにしています。

新しい薬が使える対象の患者はALS患者全体の2%程度に限られているため、より多くのALS患者に使える薬の開発が日本を含む各国の研究機関や製薬会社で進められています。

治療薬の開発に取り組む東京医科歯科大学の横田隆徳教授は「核酸医薬はここ数年、大幅に進歩していて、ALSの薬の開発にも新しい窓が開かれたと思う」と今後の研究の進展に期待を示しました。

ALS新薬承認の意義は

ALS=筋萎縮性側索硬化症は、全身の筋肉が徐々に動かなくなり、発症後、平均で3年から5年で死亡するとされる難病です。

現在、国内外で症状の進行を抑える薬が複数承認されていますが、根本的な治療法は確立されていません。
新たな治療薬がアメリカで承認されたことについて、脳や神経の難病が専門の東京医科歯科大学の横田隆徳教授は「これまで使われている薬は有効性が限定されていて、患者が十分な効果を実感するほどではないため、病気の原因に直接働きかける薬ができたという意味で、非常に価値の高い成果だと思っている」と述べ、新薬の意義を強調しました。

一方、この薬は日本でも治験が行われましたが、国内ではまだ承認されておらず、現状では手続きに時間がかかったり、高額な費用を自己負担する必要があったりすることから、ほとんどの患者にとって国内で薬を使うことは難しいということです。

これについて、横田教授は「進行が早いALS患者は2年程度で亡くなることもあるため、日本で薬が承認されるまでのドラッグラグの期間によっては治療が間に合わない。そのような患者がいち早く薬を手に取れるような社会的な対応を期待したい」と話していました。