都心にタヌキが!? 知られざる皇居の森

都心にタヌキが!? 知られざる皇居の森
東京のど真ん中に、タヌキやカワセミなど都心では珍しい動物や、絶滅危惧種、さらには新種の植物も発見された豊かな森があることを知っていますか。

大木が茂る、うっそうとした森に足を踏み入れると…。

(社会部 記者 橋本佳名美)

大都心に残る“緑の島”

「都心にこんな場所が残っているとは」

常緑広葉樹が生い茂り、昼なお暗い森を歩きながら、驚く人たち。
4月23日、ふだんは立ち入ることができない、皇居の吹上御苑で、自然観察会が開かれました。

新型コロナウイルスの影響で、中止になった令和2年(2020年)に申し込んで当選した約80人が、国立科学博物館の研究員の案内で、森の中を散策しました。

なかでも圧巻は、椎の木の一種、スダジイの板根(ばんこん)。
文字どおり板状になって地上に出た大きな根で、傾斜地で幹が倒れないよう支えるために発達したと考えられています。

板根は、沖縄や熱帯地方のマングローブ林ではよく見られますが、東京で形成されるのは珍しいといいます。
この吹上御苑は、皇居の西側に位置し、皇居全体のおよそ5分の1を占めています。

東京ドーム25個分(約115万平方メートル)の広大な敷地に、多くの緑が残されている皇居のなかでも、特に多様な生物を育んでいるのが、この場所なのです。

多様な動植物 絶滅危惧種も

皇居では、平成8年(1996年)以降、国立科学博物館による調査が行われ、これまでに5903種類の動植物が確認されています。

上皇さまが、都心にありながら多くの種が生息する皇居内の動植物について、科学的に調査・研究して、正確な記録を残すことが望ましいと願われたことが調査のきっかけで、継続して行われています。
これまでの調査で、絶滅危惧種や新種も発見されています。
鮮やかな黄色い花を咲かせるヒキノカサは、かつては日本中で見られたものの、今では絶滅のおそれがあります。
調査で確認され、現在も、吹上御苑で花を咲かせています。
平地のヨシや浮草のあるやや深い池などに生息するというベニイトトンボは、東京23区内では絶滅したと思われていました。
土手などに生える多年草のニリンソウの新種は、吹上御苑にちなんで、フキアゲニリンソウと名付けられました。

ニリンソウよりも大きな花を咲かせるのが特徴です。
国立科学博物館による調査

※第1期調査 平成8年(1996年)~平成12年(2000年)
 植物1366種、動物3638種を記録

※第2期調査 平成21年(2009年)~平成25年(2013年)
 植物250種、動物649種を記録

オオタカの生息 黒田清子さんも研究

皇居では、さまざまな鳥類が生息し、国立科学博物館などの調査では、年間50種前後の鳥類が確認されています。

また、繁殖する鳥の種類が増えてきていることも分かってきました。

1970年代に繁殖したヤマガラやヒヨドリに加えて、1980年代にはコゲラやメジロ、1990年代には、青く美しい姿から「渓流の宝石」とも呼ばれるカワセミが繁殖するようになったと言われています。
2000年代に入ってからはオオタカ、2010年代にはウグイスなどの繁殖も確認されました。

去年の国立科学博物館などの調査では、オオタカやフクロウの猛きん類の繁殖が同時期にまとまって確認されたことが話題になりました。
吹上御苑のイチョウの大木には、去年、オオタカが作った巣が残されていました。
この調査には、上皇ご夫妻の長女で、天皇陛下の妹の黒田清子さんも、山階鳥類研究所のフェローとして参加。

黒田さんは、オオタカの写真を撮影したほか、フクロウのひなの声も録音しました。
都心で猛きん類の繁殖がまとまって確認されるのは珍しいということです。
国立科学博物館 動物研究部 脊椎動物研究グループ 研究主幹 西海功さん
「因果関係が証明されているわけではありませんが、猛きん類を群れで追いかけるハシブトカラスが、行政に駆除されて減少したことが背景にあるのではないかと考えられます」

森ではなかった吹上御苑 昭和天皇の意向で今の姿に

この自然豊かな吹上御苑。
実は、もともとは森ではありませんでした。

宮内庁によりますと、江戸時代初期には、徳川御三家の屋敷などが建っていました。1657年、江戸の街の大半が焼けた「明暦の大火」以降は、防火のため屋敷などは建てないようにし、のちに庭園として整備されるようになったということです。

では、なぜ、その場所に、ここまで豊かな自然があるのでしょうか?

そこには昭和天皇の意向がありました。戦後、武蔵野のような自然を取り戻すことを意識して、昭和天皇の住まいの御所がある吹上御苑を、できるだけ手をかけない形で管理するようになったといいます。
その結果、シイやカシなどの鬱蒼とした森林、落葉樹を主体とした明るい林や、小湿地などの水辺といった多様な環境がある、今の姿になったのです。

上皇ご夫妻「豊かな自然を国民と分かち合いたい」

昭和天皇の意向で、自然豊かな森となった吹上御苑。

即位後、ここで暮らすようになった上皇ご夫妻は、毎日散策するなど親しまれました。

平成21年(2009年)からは、5年間にわたって、上皇さまが、国立科学博物館の研究員らとともに、吹上御苑などに生息するタヌキの生態を調査されました。
都心では珍しいタヌキが、どうやって生活しているのか、フンを採取してエサなどを調べられたのです。

その結果、主にムクノキの実をエサとしており、季節によってクサイチゴやエノキなど様々な植物の実を食べていることが分かりました。

複数のタヌキが生活を維持できるエサが長期にわたり安定的に供給されていると考えられています。

タヌキにとってエサが豊富な皇居では、タヌキだけでなく、外来種であるハクビシンもたびたび目撃されています。
そうした吹上御苑が、一般の人の目に触れるようになったのは、平成19年(2007年)からのことです。

「皇居の豊かな自然を国民と分かち合いたい」という上皇ご夫妻の意向を受けて、自然観察会が始まったのです。

今回4年ぶりに開催された観察会では、参加した人たちが都心ではほとんど見られなくなった自然を楽しんでいました。
参加者
「管理していくのは難しいこともたくさんあると思いますが、本当に残して頂きたいものばかりでした」

「『天皇陛下もここをお散歩されるんでしょうね』と言って、同じところを歩いたのは感動しました」

皇居の自然 調査は続く

皇居では今、令和7年度(2025年度)にかけて、令和に入って最初となる第3期の調査が行われています。
研究者ら100人ほどが携わるプロジェクトで、これまでの2回の調査とも比較して、生物の種類ごとにその変遷と変化の原因を明らかにし、気候変動や人間活動との関連について考察を行うといいます。
生物調査の意義はどこにあるのか。
第3期のプロジェクトリーダーを務める国立科学博物館の大村嘉人 植物研究部菌類・藻類研究グループ長に聞きました。
国立科学博物館 植物研究部 菌類・藻類研究グループ長 大村嘉人さん
「日本の大都市における総合的な生物相調査として、これだけ網羅的に幅広い分類群を対象にして大規模に実施しているものは類を見ません。約6000種もの多様な生物相は、皇居という特別に保全された大規模な緑地や水生環境があったからこそ育まれたのだと思います。都市部は、大気汚染やヒートアイランド現象、乾燥化などにより、生き物にとっては強いストレスがかかる環境です。そのような状況において、オアシス的に存在する皇居の豊かな自然は、利用や目標になり得るものです。著しい環境変化の中で、皇居の自然自体がどのように変化していくのか、また都市部における自然環境はどうあるべきなのかなどを考える上で、皇居の生物相調査を継続していく意義は非常に大きいものがあると思っています」
足を踏み入れると、驚くべき自然が残されている皇居の森。

そこに息づく生き物たちがこれからどうなっていくのか、その1つ1つの命の尊さを感じながら、今後の変化に注目したいと思います。
社会部 記者
橋本佳名美
2010年入局
国税、司法担当を経て、現在は宮内庁担当