「じゃりン子チエ」なぜ時代超えて共感? 作者の直筆メッセージ

「じゃりン子チエ」なぜ時代超えて共感? 作者の直筆メッセージ
大阪の下町を舞台にした昭和の名作漫画「じゃりン子チエ」。

令和の時代に再び人気を集めているというのです。

主人公・小学5年生のチエちゃんは、働かずにけんかとばくち三昧の父・テツに代わり、ホルモン屋を切り盛り。

個性的な登場人物に振り回されながらも、たくましく暮らしていく姿が描かれています。

昭和53年に連載が始まり、テレビアニメの視聴率は29.1%(関西地区)と人気を誇りました。

私も5年ほど前に「じゃりン子チエ」に出会った27歳。

同い年の友人から勧められ、動画配信サービスでアニメを見たのがきっかけでハマりました。

当時、就職活動中で、心が折れそうな日々を過ごしていましたが、チエちゃんに励まされました。

なぜ、昭和の下町感が満載の「じゃりン子チエ」が時代を超えて、人々の共感を呼んでいるのでしょうか。

(大阪放送局ディレクター 稲嶌航士)

絶版だった漫画が復刊 若い世代に広がる

まず向かったのは、大阪市の大型書店。

「じゃりン子チエ」の特集コーナーが展開されていました。
4年前、大阪にゆかりある本に送られる「大阪ほんま本大賞」で特別賞を受賞。

それを機に、長らく絶版だった漫画が復刊されています。

取材した書店では、20~30代の若い世代の購入者が増えているそうです。

親子で受け継がれるチエちゃん

では、読者はどこに心を打たれたのでしょうか。

小学6年生の愛弓さん(11)。

母・ひろみさんに「多様な家族のあり方を感じてほしい」と勧められ、ファンになりました。
愛弓さん
「最初読んだとき、ちょっと下品だなって思ったんですけど(笑)、その分めっちゃおもしろい。子供が働いているような過激な設定も含めて全部が新しい!と思います」
同じクラスで他にも「じゃりン子チエ」好きの同級生がいるとのこと。

2年前、地上波でアニメの再放送がされたことをきっかけに、作品を知った子が多いそうです。

愛弓さんが特にグッときたシーンが『同居予行演習』。

ファンの間で「序盤の名シーン」との呼び声が高い回です。

家出をしていた母・ヨシ江が帰ってこられるよう、チエちゃんと父・テツと3人で京都に出かけることになったのです。

しかし、行きの電車の中でもテツはヨシ江と全く話すことができません。

気まずいムードが漂い続けます。

その重い空気をどうにかしようとしたチエちゃんが、公衆の面前で歌い出すのです。
愛弓さん
「最初は『チエちゃん急にどうしたん?』って思ったけれど、うまく2人の距離を縮めてあげたいという両親への愛を感じました。チエちゃんは5年生にしたら考えられないくらいしっかりしてるし、勇気あってすごいなって思いました」

みずからの境遇を重ね合わせて…

次に出会ったのは、声優・タレントとして活動する、せんすさん(27)。

せんすさんが大事にしているのが「笑顔」です。

その原点が、小学生の頃に出会った「じゃりン子チエ」にあるといいます。
大阪生まれのせんすさんは、ひとり親家庭で育ちました。

中学からは親元を離れて、児童養護施設で暮らしました。

笑顔を絶やさない今の姿からは想像できませんが、当時は笑うこともなかなかできなかったそうです。

複雑な家庭で暮らすチエちゃんに、自らの境遇が重なったといいます。
せんすさんが何度見ても涙してしまうシーンがあります。

チエちゃんがテツについて書いた作文を読む場面です。

作文のテーマは「父親」。

しかし、チエちゃんは働いていないテツの本当の姿を書くことができません。

そこで、理想の姿をつづりました。
ジュージュージュージュー
ウチの家はいつもこんな音でいっぱいです
どこにいても ジュージュージュージュー
(中略)
ジュージューの音が聞こえる間
ウチはお父はんに会うことができません
お父はんはホルモンを焼くけむりの向う側に行ってしまっているからです
店に来るお客はお父はんの焼くホルモンを
おいしいおいしいといいます
それはタレのつけこみ方がよその店とちょっとちがうからです
せんすさん
「学校の作文で両親のことを書きましょうって言われても、『お父さんやお母さんおらん子どうするねん?』という問題があるじゃないですか。チエちゃんも『何を書けばいいねん』ってなりながら、本来こうあってほしいっていう気持ちをヤケクソで書いたんやと思います。『あー、やっぱりうそつくねんな。そうなるよな。分かるなぁ』って共感しました」
そんなせんすさんがチエちゃんから学んだのは、笑顔の大切さでした。
せんすさん
「チエちゃんの笑顔が周りの人を明るくしていると思うんです。私も元気にしてもらってるんで。だから、私が昔に苦労したってことをファンの人たちに言って『この子かわいそうだな』って思われたくないんですよ。ただ、純粋に『楽しい!』って思ってもらいたくて。私もチエちゃんみたいでありたいなって。そう思ってずっと生きています」

声優を務めたこの2人に魅力を聞いてみた!

色あせないチエちゃんの魅力はどこにあるのでしょうか。

やはり、この人たちに聞かない理由はありません。

アニメシリーズでチエちゃんの声をつとめた中山千夏さんと、テツ役の西川のりおさんです。
中山千夏さん(チエちゃんの声を担当)
「ハチャメチャな人間たちにも人情があるし、一生懸命に生きてるんだっていうのが分かる作品です。チエちゃんも、単に真面目ないい子ではないし、恵まれてもいないけど、明るくまっとうに生きてる。ただひたすら『くじけるな、負けるな、頑張れ』っていう作品ではないけど、それでもどこかにポロっと明るさも描かれてる。世の中が厳しくなってきたなかで、そういうところが今響いてるんじゃないかなって思います」
西川のりおさん(テツの声を担当)
「今でも『テツ』って声かけられることもありますよ(笑)テツの最大の魅力は自分の損とか得とか考えてないところやね。僕は欲張りだけど、実はテツは欲張りじゃないんですよ。損になることばっかりしてるんです。そこがすばらしいなって思います」

「悩んでいるのは自分だけじゃない」

「じゃりン子チエ」の魅力は、チエちゃんやテツ以外の登場人物にもあると考えている人がいます。

社会学者の中井治郎さんです。

自身も研究の芽が出ず悩んでいたころ、「じゃりン子チエ」に心を動かされたそうです。

中井さんは、登場人物たちがみんな問題や悩みを抱えている点に注目します。
中井治郎さん(社会学者)
「チエちゃんに意地悪ばかりする同級生マサルは、教育熱心な母のプレッシャーに悩み、テツの小学校時代の先生の花井拳骨は、仲人としてテツとヨシ江を結婚させたことに罪悪感を持ち続けています。さまざまな立場からさまざまな悩みが描き込まれているので、どんな人が読んでも『お互い大変なんやな』『悩んでいるのは自分ひとりじゃないんだな』と感じることができると思います。特に、コロナ禍で誰もが先の見えない不安を感じるようになったなか、こうした作風がより多くの人に響いたのではないでしょうか」

作者・はるき悦巳さんから届いた直筆メッセージ

「じゃりン子チエ」の作者・はるき悦巳さん(75)。

はるきさんは戦後まもない昭和22年生まれ。

大阪の西成区で少年時代を過ごしました。

実は、これまで自身の作品について、テレビをはじめメディアにほとんど語ってきませんでした。

しかし、今回、なぜ時代を超えて人の心を捉え続けるのか、その手がかりを知りたいと取材をお願いしたところ、「漫画でよければ」と、3つの質問に答えていただくことができました。

その全文を公開します。
Q1 漫画の舞台として描かれている町はどこですか?
チエちゃんの町は自分の中の想像の町です
自分がチエちゃんと同じような年頃
よく遊んでいた場所や風景をイメージして描きました

楽しかったんやと思います

働くチエちゃんと遊ぶテツ…
二人が動きだすと少しずつ町が出来上って来ました
Q2 いつもたくましく、やさしい主人公チエちゃんはどのように生まれたのでしょうか?
まずテツが居ました
メチャメチャな男です

そんな男に対抗しなければいけない少女

知らん顔なんて出来ません
なんとその男は父親なのです

テツとつるむ男達もチエちゃんにのしかかって来ます

タフでなければいけません
やさしくなければチエちゃんでなくなってしまいます
Q3 そんなチエちゃんにモットーはあるのでしょうか?
チエちゃんに“モットー”なんてあるのでしょうか

そんなことを考える前に今日を今を生きなければなりません
いつもテツが居るのです
それだけで日本一忙しい少女なのです

でもチエちゃんは良い理解者とゆう宝物を持っているのです

おバァはん ヨシ江さん 担任の花井先生 その父拳骨 そしてカルメラ兄弟
シラフの時の百合根さん ミツル…
小鉄だってジュニアだって

考えれば悪口をゆうためにチエにへばりつくマサルだって
みんなみんなチエちゃんのファンなのです

みんなみんなチエちゃんの「ファン」

私は最後の「ファン」ということばに目を奪われました。

なぜなら、相手を理解しようとする気持ちや、相手を見守る距離感が内包されているように感じたからです。

「じゃりン子チエ」が令和の人々の心に響くのは、希薄になった他者との柔軟で温かい人間関係が描かれているからなのかもしれません。

みなさんはどのように感じましたか?
大阪放送局ディレクター
稲嶌航士
平成31年入局
大阪生まれ大阪育ち
音楽・芸能班に所属し、主に「うたコン」を制作
趣味はライブハウスに通うこと