印刷会社がステルス技術? 防衛装備品の行方は

印刷会社がステルス技術? 防衛装備品の行方は
今、大きな転換点を迎えている日本の安全保障政策。

政府は去年12月に改定した国家安全保障戦略で武器などの「防衛装備品」について、民間技術を積極的に取り入れるとともに海外移転(輸出)を進めていく方針を示した。

こうした中、先月には政府が後援して防衛装備品の見本市が開かれ、国内外から多くの企業が参加した。

一方で、ロシアによるウクライナ侵攻では日本企業の製品が兵器の構成品として使われている実態が明るみになってきた。

日本の技術は安全保障の現場でどのように使われるのか。

2つの現場から考える。

(安全保障取材班 南井遼太郎/ロンドン支局長 大庭雄樹)

4年ぶりに日本で開催 防衛装備品の見本市

ドローンを撃墜できる高出力レーザーや、遠隔操作が可能な機関銃。

3月15日、千葉市の幕張メッセを会場に開かれた防衛装備品の見本市に並んだものだ。
65の国から250を超える企業が参加し、3日間でおよそ1万2000人が来場した。

イギリスの企業などが主催するこの見本市が日本で開かれるのは2019年の初開催以来、4年ぶり2回目だ。

会場にはナイジェリア軍やパキスタン軍の一行のほか、来日中だったイギリスのウォレス国防相やウクライナのハブリロフ国防次官などの姿も見られた。

自国の防衛に活用しようとしているのか、各国の軍・政府関係者は最新の防衛装備品を確認したり、企業の担当者に熱心に質問したりしていた。
今回の見本市について、防衛省や防衛装備庁などは「日本の防衛装備品と高い技術力を広く発信する場」と位置づけて後援した。

実際、防衛装備庁のブースでは陸上自衛隊の最新鋭のヘリコプターや、開発中の長射程ミサイルなどについて紹介するコーナーも設けられた。

また、イギリスやイタリアと共同開発を進めている次期戦闘機に関する特設ブースを設置してアピールする熱の入れようだった。

オーストラリアも注目 海上から発着できる無人機

一方、会場で目立ったのは、従来から防衛装備品の開発・製造にあたってきた防衛産業の大手メーカーだけでなく、新しくこの市場に参入を目指そうとする中小企業の姿だった。

福島県にある社員7人の企業は今回、水上から飛び立てる無人機を見本市に出した。
もともとは、洋上にある風力発電設備の点検や漁業環境の調査などに使うことを目的として開発したが、関係者から防衛分野への活用ができるのではないかとの声を受け、初めて出展した。

2種類ある機種のうち、大型のものは幅6メートルの固定翼を持ち、航続距離は最大740キロメートルに及ぶ。

この無人機は、水の上での発着が可能なため、滑走路に頼る必要がなく、日本と同じように海に面した海洋国家でも需要があると予想している。
実際、海外の企業関係者がどういう用途に使えるのかや、カメラの取り付け位置などを尋ねる様子が見られた。
オーストラリアの企業の関係者
「海から発着できる無人機は見たことがない。非常に素晴らしく、実際に彼らの施設を訪問して会うことになっている」

印刷会社が開発 電磁波を吸収する特殊シート

また、創業およそ50年になる香川県の印刷会社も今回、初出展した会社の1つだ。

開発したのは薄さ0.016ミリの黒いシート。

電磁波を吸収する性能があるという。
もともとは電子機器から出る電磁波がほかの機器に干渉するのを防ぐために開発された。

安全保障の分野では航空機や艦艇が出す電磁波を捕捉することによって相手の位置を特定したり、逆に自分の位置が捉えられたりする。

シートは薄型でさまざまなものに張り付けることができるため、自らの電磁波を出さないようにすることで秘匿性を高めることにつながる可能性もあるのではないかと、ニーズを探る目的で参加を決めたという。
企業の担当者
「一番頭に浮かんでくるのがステルス性能です。いろいろな話をしながら、提案できるところから提案していきたい」

政府は防衛装備品の海外移転を推進

今回、見本市に参加した企業からは、販路を海外に広げられるのではないかと期待する声が多く聞かれた。

こうした期待の背景にあるのが、政府が去年12月にまとめた国家安全保障戦略だ。

防衛装備品の移転について「官民一体となって進める」としている。
その大きなねらいは2つある。

1つは「日本にとって望ましい安全保障環境を創出する」というものだ。

装備品の移転によって、移転先の国との関係を深めるために重要な政策ツールになるとしている。

もう1つは「防衛生産基盤を強化する」というねらいだ。

国内の防衛産業はこれまで販路が自衛隊に限られていたため、採算が取れず、防衛分野から撤退する企業が相次いでいる。

ここ数年だけでもコマツや住友重機械工業が一部事業で撤退している。

こうした状況に歯止めをかけたいという考えも背景にある。

ただ、移転を進めるといっても、何でも輸出できるわけではない。

政府は「防衛装備移転三原則」やその運用指針でルールを厳格に定め管理をしている。
例えば、
▽“紛争当事国”などへの移転は禁止し
▽それ以外の国でも移転できるのは「救難」「輸送」「警戒」「監視」「掃海」の5つの分野に限定。
▽さらに殺傷能力のあるものは共同開発した国以外への移転は事実上できない。
海外移転の現状と政府の方針について専門家はそれぞれ次のように指摘している。
「防衛産業や防衛生産基盤は日本の防衛政策の柱の1つと位置づけられているので、その柱を太く保つための視点が重要」
「日本企業が軍事生産、軍事輸出に傾いていく可能性が非常に高い。本当に国民は望んでいるのかということを問い直さなければならない」
海外移転は防衛産業の強化などのために積極的に進めるべきだという声がある一方で、紛争を助長するおそれがあるだけに慎重にすべきだという声もある。

実際にロシアによるウクライナ侵攻では、日本の製品が意図せぬ形でロシア側に流出し、管理が難しい実態も見えてきている。

民生品がロシアに…

去年4月、ウクライナ軍が動画投稿サイトに上げた1つの映像が波紋を広げた。

映されているのはウクライナ侵攻を行うロシアが使用したとされる無人偵察機「オルラン10」。

ウクライナ兵が偵察機を解体すると、日本の大手精密機器メーカーのロゴが入った一眼レフカメラが出てきた。
解体を進めると、エンジンには日本の中小企業が開発した製品が。
ケーブルにも「JAPAN」と書かれたものが使用されていた。

製品が使われたとされるメーカーはNHKの取材に対し、「カメラには当社のロゴが見て取れますが、実際の製品を確認することができないため、当社製のカメラである保証はできません。どなたでもご購入いただける市販製品のため、第三者がどのように使用するのかまでは把握できないのが実情です」と回答。

また、エンジンを使われたとされる企業は「弊社エンジンが搭載されていた画像などを確認しています。エンジンは本来、趣味の飛行機専用に設計、製造、販売されているもので非軍事での使用に限っています。ロシア軍にいかにして供給されたか、そのルートについて確固たるものはわかりません」と回答している。

ロシア兵器の部品、日本製が2番目

さらに去年8月、イギリスのシンクタンク「王立防衛安全保障研究所」が出した報告書も衝撃を広げた。
ロシアがウクライナで使用した兵器に欧米各国や日本など多くの外国製の部品が使われていたと指摘したのだ。

分析した27種類の兵器や装備のうち、アメリカに次いで2番目に多かったのが日本製の部品だという。
指摘された企業は誰もが知る大手電機メーカーや大手電子部品メーカーなど有名企業の名前がずらりと列挙されている。

「オルラン10」での使用が取り沙汰される2社の名前も確認できた。

さらに報告書では民生品以外にも、軍事転用が可能なため、本来、各国で輸出が厳しく制限されているはずの製品が使われていることにも警鐘を鳴らしている。

こうした規制品については、香港の企業などが窓口となって調達しているという実態も明らかにした。
「日本製の部品は品質が高いため、ロシアの兵器の一部としてよく使われる。特に市販のものは、調達するのがまったく難しくなく、インターネットの通信販売や卸売店でも手に入れることが可能だ。

また、輸出が規制されているものは香港やトルコなどから流れている。これらの部品をロシアがどう調達しているのか。ロシアの入手ルートとなっている企業や違法な金の流れを注視しなくてはならない」

防衛装備品の移転の議論は今後加速か

民間技術をめぐっては今、軍事・安全保障の分野に取り入れていく流れが進んでいる。

そうした中、民生品にしても防衛装備品にしても意図しない国への流出をどのように防ぐかは大きな課題だ。

特に防衛装備品は技術の粋を尽くして開発されるものが多く、流出した場合の影響は計り知れない。

拓殖大学の佐藤丙午教授は「移転した国で政変が起きたり、約束に反して第三国に移転されたりする可能性はゼロではない」として、防衛装備品の海外移転については意図せぬリスクが潜んでいることを前提に、検討を進めるべきだと指摘している。

政府は国家安全保障戦略で、防衛装備品の海外移転を進めていくために、「防衛装備移転三原則」や運用指針そのものの見直しを検討する方針も示した。

これを受けて、自民・公明両党は統一地方選挙後の4月下旬にも、運用指針などを見直す協議を始めることにしている。

協議では、ウクライナなどへの支援として、殺傷能力のある装備品の輸出を初めて認めるかどうかが焦点となる見通しだ。

内容によっては日本の安全保障政策をさらに大きく転換させるものになるだけに、今後の動きを注視し、伝えていきたい。
安全保障取材班 社会部記者
南井遼太郎
平成23年入局
横浜局、沖縄局を経て現所属
令和2年から防衛省・自衛隊を担当
ロンドン支局長
大庭雄樹
平成12年入局
札幌局 スポーツ部 アメリカ総局などを経て去年8月から現所属