ChatGPTなどの“生成系AI” 活用企業の最前線では

ChatGPTなどの“生成系AI” 活用企業の最前線では
旋風を巻き起こす「ChatGPT」。複雑な質問でもすらすらと文章で回答する驚異的なスピード。その一方で、間違いもあり精度が高くないのではという指摘も。こうしたなか日本国内の企業でも、ChatGPTをはじめ文章や画像をみずから作ることができる“生成系AI”を業務に導入する動きが出始めています。セキュリティーなどまだまだ課題が多いにもかかわらず、その広がりのスピードの速さは取材者としても圧倒されるほどです。それぞれの企業はどのように導入したのか、AIをめぐる競争の構図はどう変わったのでしょうか。(経済部記者 名越大耕)

どんな業務に導入?

まずは、いち早く導入した企業の活用事例を取材しました。活用の方法はさまざまありました。
“簡単な操作とスピードを活用” 三井化学
三井化学は4月、化学素材の新たな用途を見つけ出す業務にChatGPTを実用検証の形で導入しました。新規用途の探索は社会の困りごとの解決など柔軟な発想力が求められることから、この会社ではIBMのAI「Watson(ワトソン)」を2022年から導入し、100以上の新規用途を発見した成果をあげています。

例えばSNSのデータをAIが分析し、「ある地方電鉄の車中で、カビ臭い」という投稿が多いことを見つけ出し、電車内の防カビ製品の販売につなげたということです。
ただ、このAIの活用では時間が掛かることが課題でした。そこで、ChatGPTを組み合わせる形で導入しました。

事業部門の担当者がAIの操作に慣れていなくても、ChatGPTであれば、対話式で簡単に探索の指示ができることが利点で、その結果のスピードの速さも貢献度が高いとしています。
精度の高さはWatsonで、操作とスピードはChatGPTに、補完することで業務に活用できると考えています。
“独自の開発でセキュリティー確保” 三井住友フィナンシャルグループ
三井住友フィナンシャルグループは、日本マイクロソフトの協力を得て独自の生成系AIを開発します。書類の作成などの業務を支援することが目的です。

チャットで、特定の企業について「必要な資料を作ってほしい」などと入力すると、銀行の持つ会社情報などをもとに草案を作成するといった支援です。

その一方で、入力した情報については、外部からアクセスできないネットワークで管理するため、セキュリティーは確保されるとしていますChatGPTのように外部と情報をやりとりすることを避ける方法です。

銀行のシステム部門などで実証実験を始め、ことし9月ごろから銀行のすべての従業員が使えるようにする方針です。
“全社員がさまざまな業務に活用” パナソニックコネクト
入社式の社長スピーチにChatGPTを使ったことで話題となったパナソニックコネクト(システム開発会社)。

日本マイクロソフトと組んでChatGPTの技術を活用した独自の生成系AIを開発し、すでに2月からおよそ1万2000人の全社員に導入しています。
業務の資料のひな形の作成や、社内会議の式次第の作成のほか、プログラミングのコードを作成する支援や統計データの分析の支援にも活用しています。

導入開始から1か月で活用の件数は5万5000件にのぼっています。

業務の活用を奨励する企業も

社員に対し業務でのChatGPTの活用を奨励する企業も出てきています。

その目的は業務の効率化です。
“業務改善実現で賞金支給” コロプラ
オンラインゲームの開発会社コロプラは4月、ChatGPTを使って業務改善を実現した社員に賞金を支給する「ChatGPT活用表彰制度」を新設しました。
月に1回、アイデアの独創性や業務改善の効果などを審査。表彰されると1件当たり5万円が支給されます。この会社は一般に無料で使うことができるChatGPTも導入し、業務資料の作成のほか、開発中のゲームの構成やお知らせの作成などに活用します。

セキュリティー対策として、ユーザーのデータや開発コード、インサイダー情報の書き込みを禁止しています。
“月額使用料を補助” MIXI
MIXIは全社員を対象に4月からChatGPTの有料会員の月額使用料の補助を始めました。
補助の期間は3か月間の予定で、実際に業務に使えるかどうかを検証することが目的です。

いわば試用期間を設けることで、今後の活用方法を探ろうとしています。

ルール作りを始める企業

ChatGPTを企業が業務に活用する場合、社内ルールの整備が課題となります。

ソフトウエア開発企業のJiteraがおよそ500人のエンジニアを対象に3月行った調査では、所属する会社ではルールを設けているか尋ねたところ、「ある」が10.4%にとどまりました。
目的や内容ごとに上司に報告 note
ブログの運営などSNS事業を行うnoteは、2月から社員に対してChatGPTの使用を推奨しています。

これにあたって定めた社内ルールでは、使用にあたって目的や内容ごとに上司への報告を求めています。
また、社内情報について機密情報として取り扱うレベルを4段階で設定し、ChatGPTの利用の可否を明示しています。
“使用にあたっての注意点などを整理し従業員に通達” 富士通
大手電機メーカーの富士通は、生成系AIの使用自体は禁止していないものの、業務での使用にあたっての注意点などを整理し、従業員に通達しました。

その内容は非公開としていますが、具体的なルール作りを進めているということです。

AIをめぐる戦いは本気モードに

ChatGPTの広がりのスピードの速さは取材者としても圧倒されるほどです。

開発したのはアメリカのベンチャー企業「オープンAI」。その動きはAIの研究者にとっても驚きのようです。

AI開発の業界構図の変化という視点から、日本のAI開発の第一人者でAIの最先端技術ディープラーニングが専門の東京大学大学院の松尾豊教授に聞きました。
松尾教授
「研究者は、大規模言語モデルが非常にすばらしい技術で、着実に精度が向上しているということはわかっていましたが、昨年11月にChatGPTが発表され、これほどまで急激なスピードで世界中に広がるとは想定していませんでした。おそらくオープンAI自身も、ここまでのスピードでChatGPTが広がるとは予想していなかったと思います。
これまでGAFAのようなビッグテックによる戦いは、囲碁や将棋のように、だんだん有利な状況を築いていくものでした。今までの状況であれば、グーグルも盤石の構えを作り上げて、いきなり崩されるということはなかったと思います。しかし、予期せずChatGPTが一気に広がり、AIによって世の中が変化することが決まってしまい、準備ができていなかったビックテックも一気に動かざるを得なくなったのだと思います。AIをめぐる戦いは本気のモードになっているのだと思います」
松尾教授は、その競争の構図の変化のスピードについて、かつての自動車産業になぞらえて見ています。
松尾教授
「日本の自動車メーカーは、アメリカの自動車メーカーのまねをして、非常に速いスピードで改良を行ってきました。こうしたことで、日本の自動車産業は今の地位を築いたのだと思います。
自動車の例と同様に、大きな既存産業に勝つというのは、スピード感を持って、先へ先へと行くということが必要で、オープンAIは、こうした戦いを行っていると思います。また、自動車産業が出てきた当時も、交通事故が増えるとか、失業する人が増えるなどといったさまざまな問題があったと思いますが、人間社会は着実に解決しながら前に進んできました。同様にテクノロジーの進化につれて、さまざまな問題が起きると思いますが、世の中は長期的にはよくなるはずで、短期的に起こる問題を着実に解決しながら前に進むはずです。
現在、生成系AIに求められている短期的な問題の解決策としては、透明性を高めることや監査の仕組みをつくることだと思います。社会でしっかりとモニタリングをしながら、AIの開発がいい方向に進んでいってほしいと思います」

止まりそうもない世界の流れ

ChatGPTがまだまだ多くの課題を抱え、いわば“粗削り”であったとしても、今の世界の流れは止まりそうにありません。

これに対して日本企業の間では、いち早く導入に向けて動き出す企業は確かに出てきていますが、まだその動きは限定的です。

機密情報の漏えいなどセキュリティー面での厳格な対策が必要なことは当然ですが、世界の流れに取り残された時の損失の大きさは、これまでも歴史が示してきました。

“ゲームチェンジ”の兆しをいち早く察知し、すぐに動き出したマイクロソフト、グーグル、アマゾン。その見極めのスピード感が求められるのは日本企業も同じです。
経済部記者
名越大耕
2017年入局
福岡放送局を経て現所属