熊本地震本震から7年 大きな被害の南阿蘇村 犠牲者 追悼する姿

災害関連死も含め276人が犠牲になった一連の熊本地震で、2度目の震度7の揺れがあった日から16日で7年です。この本震で震度6強を観測し、大きな被害が出た熊本県南阿蘇村では、16日朝、犠牲者を追悼する姿が見られました。

南阿蘇村では一連の熊本地震で、災害関連死も含めあわせて31人が亡くなりました。

本震から7年となった16日、大規模な土砂崩れが発生した現場近くの展望所では、午前8時半ごろのサイレンにあわせて犠牲者に黙とうをささげる人の姿が見られました。

この展望所には午前中から多くの人が訪れ、地震で崩落し震災遺構として残されている阿蘇大橋の様子や被災の状況を伝える石碑を見て、被害の大きさを改めて感じていました。

熊本市から来た30代の男性は「犠牲になった方に黙とうしようと思い、ここに来ました。何気なく日常を過ごしていましたが、7年前のきょう、地震があったことを改めて思い出しました」と話していました。

大分県から訪れた40代の女性は「ここに来て、地震の怖さを思い出しました。もう7年たったのかという気持ちですが、ふつふつと、地震の恐ろしさを感じました」と話していました。

阿蘇神社では復興を願う祈願祭

熊本地震で震度6弱を観測した阿蘇市にある阿蘇神社では、再建に向けた工事が進められていて、本震から7年となった16日、神職や氏子など7人が集まり、一日も早い復興を願う祈願祭が行われました。

祭りでは、宮司が祝詞をあげたあと、神職が太鼓や笛の音に合わせて神楽を奉納するなどしてさらなる復興を願いました。

神社のシンボルで、国の指定重要文化財「楼門」の復旧工事はすでにほとんど終わっていて、工事のために設置された「素屋根」の撤去が進む中、ネット越しに新しい楼門の姿も見えていました。

阿蘇神社の阿蘇惟邑宮司は「この7年間、皆様からのご支援のおかげで、歩んでくることができました。一日も早く再建を果たしたいです」と話していました。

母親を亡くした女性 実家の跡地で祈り

熊本地震で母親を亡くした熊本県西原村の園田久美代さん(66)は16日、地震で倒壊した実家の跡地を訪れ、祈りをささげました。

熊本県西原村では7年前の16日、益城町とともに震度7の揺れを観測し、園田さんの母親で当時83歳だった野田洋子さんは倒壊した住宅の下敷きになって亡くなりました。

16日、園田さんは地震の5日後に生まれた孫の、のぞみさんなどと一緒に、実家の跡地に設けられた小さなお堂を訪れ、静かに手を合わせました。

のぞみさんはこの春、小学1年生になったばかりで、園田さんは、真新しいランドセルを背負ったのぞみさんの様子を母親に報告していました。

園田さんは「7年は長かったようで短かった気がします。1年生になった孫たちが私の心の支えであり、母も願っていたことなので元気に育ってほしいです」と話していました。

孫ののぞみさんは「1年生になりました。学校で友達をいっぱいつくりたい」と話していました。

南阿蘇鉄道 全線運転再開に向けた準備が本格化

熊本地震で被災し、一部区間が不通となっている南阿蘇鉄道は、すでに復旧工事が終わり、列車の試運転が行われるなど、ことし7月の全線運転再開に向けた準備が本格化しています。

南阿蘇鉄道は、7年前の熊本地震で大きな被害を受け、全線のおよそ6割にあたる南阿蘇村の立野駅と中松駅の間の10.6キロの区間が不通となりました。

復旧工事はすでに終わり、7年ぶりとなることし7月15日の全線運転再開に向け、列車の試運転が始まっているほか、14日には新型車両が導入されました。

部分運転している区間では、16日もトロッコ列車が運行され、多くの観光客が阿蘇山の雄大な風景や新緑の田園風景を楽しんでいました。

部分運転している区間で終点となっている中松駅では、駅舎でカフェを営む高嶋千恵さんが乗客を出迎え「誰もが集える駅であるように、7年間、この駅を守ってきました。これまでとは違い、復興が目の前に迫るなかできょうを迎え、とても感慨深いです」と話していました。

南阿蘇鉄道の運転士、玉目一将さんは「きょうは、乗車している間だけでも楽しい時間にしてほしいと思い、案内しました」と話していました。