日本も金融不安は起こる?カギを握る「粘着性」【経済コラム】

アメリカで相次いだ銀行破綻やスイスの大手金融グループ「クレディ・スイス」の経営危機をきっかけに金融不安が広がってから1か月。そこで私たちが見たのはこれまでとは様相が異なる金融不安の形でした。SNSで瞬く間に情報が拡散し、急速に預金が流出する事態となったほか、「AT1債」と呼ばれる社債が突然に無価値となるなど、新たなリスクも意識されるようになっています。日本の金融機関の備えは万全なのか、検証しました。(経済部記者 真方健太朗)

「AT1債」の混乱 なぜ無価値に?

「日本円で2兆円以上の資産価値が一瞬にして失われた」

「AT1債」と呼ばれる社債をめぐる対応が、金融関係者に大きな衝撃を与えました。ライバルのUBSに買収される形で救済された「クレディ・スイス」が、これまで発行した「AT1債」と呼ばれる社債を突然、無価値としたのです。

日本でも三菱UFJモルガン・スタンレー証券が、クレディ・スイスの「AT1債」をおよそ950億円分、国内の富裕層を中心に販売し無価値となっていたことが14日に明らかになるなど影響が出ています。

なぜ社債が一瞬で無価値になるようなことが起きたのか。クレディ・スイスは、契約であらかじめ決まっていた条件に沿った対応だと説明します。

どういうことなのか?今回のケースでは、契約上、「AT1債」が無価値になるトリガーが2つありました。

1 株式など損失を吸収する資本が一定の水準を下回った場合。
2 スイス当局が銀行が破綻のおそれがあるとみなしたり、特別な政府支援を行ったりした場合。

今回は、クレディ・スイスを買収したUBSに対して政府保証を行ったことが2つ目のトリガー「特別な政府支援」に該当し、この結果、「AT1債」が無価値とされました。契約に沿った対応だとはいえ、スイス政府の対応は、投資家の間で大きな論議を呼びました。

その要因は2つあります。

1つは、「特別な政府支援」というトリガーがスイス特有のルールで、それが発動する条件が明確でなかったこと。
2つ目は、通常の破綻時であれば先に価値を失うはずの株式より先に「AT1債」が無価値となるという「弁済順位の逆転」が起きたことです。

日本で“トリガー”発動の可能性は?

それでは、日本でもスイスで起きたような「特別な政府支援」のトリガーが発動することはあるのか。

日本でもメガバンク3行が「永久劣後債」という名前でAT1債を発行し、およそ3兆円の残高があります。

鈴木金融担当大臣は、3月28日の参議院予算委員会の質疑の中で、日本では「特別な政府支援」のトリガーが発動して「AT1債」が無価値となるということはないという認識を示しました。
鈴木金融担当大臣
「クレディ・スイスのAT1債には、特別な公的支援がある場合に、元本が削減される旨の特約があって、今回のスイス当局による一連の措置は、この特約に基づき銀行の国家的顧客や金融システムの安定のために行われた。そうした特約は、日本の金融機関の発行するAT1債にはないと承知をしていて、一般に公的支援が行われることにより、元本が削減されることはない」

次に「弁済順位の逆転」は起こりうるのか。

金融やファイナンス論が専門の東京大学公共政策大学院 服部孝洋特任講師によりますとクレディ・スイスのケースにあった1のトリガー「資本が一定の水準を下回った場合」という条件は、日本の「AT1債」にも盛り込まれているということです。「AT1債」の性質上、破綻が起こらないよう株式より先に価値が減ることはあり得るということですが、「日本ではスイスのようにAT1債のみが無価値化して株式が無価値化しないということは起こりにくい」と指摘しています。

また、多くの市場関係者も日本のメガバンクの場合はいずれも自己資本が15%前後で、このトリガーが発動する条件の5.125%を下回ることは想定しにくいといいます。クレディ・スイスのケースでも自己資本は10%を超えていて、1でなく2のトリガーが発動しています。

日本のメガバンクが発行した「AT1債」には、仮にトリガーが発動して、その価値が減った場合でも、銀行の自己資本が回復すれば、「AT1債」の価値が復活するという仕組みを取り入れたものも発行されています。

預金の急速な流出 防ぐカギは「粘着性」

アメリカの銀行の経営破綻では、銀行の経営悪化に関する情報がSNSを通じて一気に拡散し、大口の顧客が急速に預金の引き出しに走ったことが突然破綻に陥った1つの要因とされています。また、顧客の多くが大口のスタートアップ企業で、預金保険で守られない資金が多かったことも預金の流出に拍車をかけたと指摘されています。

これについて、金融庁の幹部はこう発言していました。

「1日に5兆円以上の預金が流出するというのは聞いたことがないスピードだ。SNS時代の預金者は1日たりとも待ってはくれないということだろうが、これまでの『金月処理』(金曜日に破綻を公表し、月曜日に譲渡先での営業を開始する破綻処理の仕組み)で対応できるのか、時代に合った仕組みを考えねばならない」

こうした中で、日本の金融当局が今、注目するのは預金がいかに引き出されにくいかを示す「粘着性」という分析指標です。例えば、預金保険法のもとで保護される企業の「決済用預金」や「1000万円以内の個人の預金」などは、粘着性が高いとされています。

金融庁によりますと、日本では、破綻したアメリカの銀行のように、顧客の構成や預金の種類が極端に偏っている金融機関は確認されていないということで、一定の「粘着性」は確保されていると見ています。

金融機関側の認識も同様です。4月3日、みずほ銀行の加藤勝彦頭取は、全国銀行協会の会長の就任会見で、次のように指摘しました。
全国銀行協会 加藤勝彦会長
「邦銀は、(破綻したアメリカの)シリコンバレーバンクと異なり、日銀による長期の量的・質的緩和によって潤沢な資金も保有しており、その預金は企業や個人などに分散されている。すなわち、預金の『粘着性』が高く、同様の事象が起こる可能性は低い」

金融危機を防ぐには 規制より監督が重要

「AT1債」で資本にバッファーを持たせる仕組みや預金の「粘着性」に関する規制は、2008年のリーマンショックを教訓に設けられた国際規制「バーゼル3」で重視されたものでした。しかし、今回の金融不安で同様のリスクが再び顕在化しています。

おととしまで日銀に務め、通算15年余りバーゼル規制の業務に携わった秀島弘高さんは「今回の経験の教訓はこれからしっかり洗い出す必要があるが、すぐに規制強化に飛びつくのではなく、日常の金融当局の監督が重要ということを忘れるべきでない」と指摘します。

国際的な規制の枠組みをつくるバーゼル委員会は、規制づくりだけでなく、金融機関の監督を重視するため2021年に組織を改編しました。さらに、去年12月に公表した計画でも、金利上昇時に金融機関が保有する債券に含み損を抱えるリスクが指摘され、ストレステストや危機時のシナリオ作成を行って、リスクを点検するこれまでのやり方が十分か検証する必要があるとしていました。

今回そうしたリスクを踏まえた監督がなぜ行えなかったのか、アメリカの中央銀行にあたるFRBのバー副議長は、経緯を検証した報告書を5月1日までに公表するとしています。
氷見野良三 日銀副総裁
また、4月10日には、元金融庁長官の氷見野良三日銀副総裁が、就任記者会見の中でリーマンショック後の規制改革が十分だったかと問われ「規制は監督の代わりにはならない。規制さえ厳しくしていけば問題は全部起こらなくなるということではない。そうした視点を大事に議論に参加したい」と述べ、世界の金融当局とともに監督のあり方を検証する考えを示しています。

金融危機を防ぐためにどのような備えが必要か、金融当局の今後の検証と議論に注目が集まります。

注目予定

欧米の金融不安がくすぶっている影響で世界経済の減速への懸念が一層強まっています。11日、IMF=国際通貨基金は、世界経済の最新の見通しを発表し、ことしの世界全体の経済成長率を下方修正しました。

来週は、世界経済の現状を見るうえで重要な指標の発表があります。

このうち、18日には中国のGDPが発表されます。「ゼロコロナ」政策の終了後、個人消費などがどれほど持ち直しているか注目です。