警察はタトゥー解禁 破格の福利厚生の企業も 人材確保の最前線

警察はタトゥー解禁 破格の福利厚生の企業も 人材確保の最前線
「5万ドル(約650万円)超えるボーナス」
「兵士のなり手を紹介すれば階級アップ」

これは、アメリカ陸軍が打ち出している人材確保策の一部です。

コロナ禍で大量の離職者が生まれたアメリカでは、民間企業に加えて軍隊や警察といった公的機関でも働き手の深刻な不足に悩んでいます。

一体何が起こっているのか。異例の待遇改善の背景を探りました。
(ワシントン支局 小田島拓也記者)

警察官でもタトゥー見せてよし

「人材確保に向けて警察署がユニークな取り組みを始めた」という話を聞き、まず向かったのが中西部オハイオ州のミドルタウン警察署です。

署長を務めるデービッド・バークさんがまず言及したのが警察官のなり手不足です。

この警察署で2023年の採用試験を受けた人は2月までにわずか4人。バークさんが警察に入った30年ほど前は350人から400人の人が試験を受けていたといいます。
そこで、この警察署では“就業規則の見直し”という異例の手段に乗り出します。

「警察官たる者、身だしなみは最大限の注意を払うべし」という考えのもと、これまではタトゥー、いわゆる入れ墨を市民に見せることは禁止されていました。

しかし、2022年11月に解禁。その後、同じく禁止されていた、あごひげを生やすことも認めました。
日本では銭湯などでよく「タトゥー(入れ墨)ある人は入場禁止」という貼り紙をみかけますが、アメリカではファッションの一部として多くの若者がタトゥーを入れています。

このため、この規則の見直しについては、現役の警察官から「夏でも長袖を着ていなくてはならなかったので快適だ」「警察官は同じ服をきて同じ車に乗っているので少しは自分らしさを出すことができる」と上々の評判です。
就業規則の変更の背景には、多くの警察官が早期退職したこともあります。

アメリカでは新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、政府が家計向けの給付金を支給したことなどをうけて、定年退職前に離職する動きが広がりました。

アメリカ労働省のデータでは、コロナ禍からの景気回復で求人数が急増するなか、55歳以上の労働参加率は2023年3月は38.6%とコロナ禍前を2ポイント近く下回ったままです。

警察官もこうした事態の例外ではなく、官民どこの業界でも働き手を探しているため、若者の雇用に必死になっているというわけです。

ミドルタウン警察署では、規則の見直し後、実際にタトゥーを入れた2人の新人警察官の採用に結びついたということです。
ミドルタウン警察署 デービッド・バーク署長
「私はこの地域でタトゥーを許可していない最後の警察署長でしたが、最近考え方を変えました。ほかの産業と同様に私たちも環境の変化に合わせて変化していかなければならないのです。署長になって3年目でようやく『若い警察官の言うとおりだ』と考えられるようになりました。規則の見直しで採用の扉も開かれました」

紹介者の入隊で階級アップ!?

大胆な取り組みを進めているのは警察だけではありません。

アメリカ国防総省は2023年に入り、入隊を呼びかけるコマーシャル映像を新たに公開しました。

「BE ALL YOU CAN BE(あなたのベストを目指せ)」をキャッチフレーズに軍隊でのやりがいなどを訴え、採用に結びつけようという取り組みです。
軍隊ならではの悩みが、35歳以下で厳しい体力テストをクリアできる人に限るという入隊条件です。

アメリカ陸軍によりますと、若者の体力の低下などにより入隊条件をクリアできる人が減っているといいます。

こうした貴重な人材をめぐって民間企業とだけでなく、海軍や空軍などとも奪い合いになっているといいます。

このため、大胆な待遇改善に乗り出しました。

入隊した兵士が初任地を選べるようにしたり、職務によって5万ドル(約650万円)を超えるボーナスを支給したりするといった対策です。
さらに、2023年に試験的に導入したのが「兵士紹介プログラム」です。

兵士が紹介した人が入隊すると、兵士自身の階級が1ランクアップするという驚きの内容です。軍は階級と所属年数で給料が決められるため、給料のアップにもつながります。

こうした採用手法は、英語で「紹介」を意味する「リファラル(referral)採用」と呼ばれ、日本企業でも導入の動きが広がってます。

すでに働いている兵士を通じて、応募者の人柄や適性を事前に把握しやすくなるというメリットがあります。

一方、応募者にとっても知り合いから直接、仕事の内容を聞くことができるという利点があります。

アメリカ陸軍は、この採用手法に、階級アップという利点を加えることで人材の獲得につなげるねらいで、実際に導入からわずか6週間で50人以上が入隊したといいます。
アメリカ陸軍 ダフニー・デービス准将
「現役の兵士にとっても、応募者にみずからの仕事を話すとき、なぜ入隊しようと思ったのか、何にやりがいを感じ、どんな恩恵をうけているのかを振り返ることができるというメリットがあります。多くのポジティブな結果が生まれていて、誰がより多くの兵士を紹介できるか、競争みたいな形になっています」

飲食業界では年間約130万円分の福利厚生も

民間企業でも人材獲得競争は熱を帯びています。

アメリカでは特に飲食業などのサービス業界でコロナ禍を経て人手不足の深刻な状態が続いていると言われています。
こうした中、破格の福利厚生制度を設けて人材の流出を防ぐ取り組みも出ています。

話を聞いたのが、首都ワシントンを中心に14店舗を展開するレストランチェーンです。
どのような福利厚生制度かというと、美容院でのカットやセットのほか、高級レストランでの食事、洋服の購入、ジムやコンサート鑑賞など実にさまざまなサービスの費用が補助されることになっていて、社員1人当たり年間1万ドル(約130万円)まで利用できます。

この制度のポイントは、現金を支給しないということ。

従業員のワークライフバランスの向上が目的で、例えば、ジムであれば従業員の健康維持に、スポーツ観戦やコンサート鑑賞などは余暇の充実につながります。

また、レストランでの食事は、自社のサービスに生かされると考えています。
こうした制度は、働く社員にとっても会社で働き続ける大きな理由にもなっていて、社員の1人は「従業員を大切にしてくれていると感じます。モチベーションの向上にもつながりますし、会社の中で自分が成長できると思っています。当面、転職するつもりはありません」と話していました。
制度は2022年4月から、約100人の社員全員に適用されていて、会社の負担は年間1億円以上にのぼります。

しかし、熟練した人材の確保の重要性や離職者が増えるリスクを考えれば、効果は大きいといいます。
レストランチェーン経営 ジェイソン・ベリー氏
「従業員は、チームメートの一員であり、彼らがいなければ、私たちは何もできません。従業員がレストランビジネスを成り立たせているのです。従業員を大切にしていることを示せば示すほど、また、給与や待遇面の条件を良くすれば良くするほど、従業員が離職することは少なくなると考えています」

問い直される働き手との関係

アメリカで繰り広げられる人材獲得競争の実態は驚きの連続です。

大手IT企業などの間では、人員削減の動きが出ていますが、こうした職を失った人たちの多くも、すぐに新しい職を次々と見つけているという調査もあります。

人手不足の深刻さを表しています。

一方で、賃金の上昇や好待遇こそが、いま問題となっている高水準のインフレが収束しない要因だとも指摘されています。

企業の間では人件費の上昇分を物価に転嫁する動きが続いているからです。

とはいえ、官民いずれの組織でも、人手不足は働き手との関係を問い直すきっかけになっていることは間違いありません。

コロナ禍を経て、高度なAI=人工知能の活用などによる効率性や生産性の向上を進める動きが加速する中、人手不足脱却の鍵は働き手を大切にするという原点を見つめ直すことにあるのではないかとも感じました。

アメリカで広がる異例の待遇改善の動き、今後どう変化していくか注目していきます。
ワシントン支局記者
小田島拓也
2003年入局
甲府局、経済部、富山局などを経て現所属