SNS時代の金融不安 収まるか その次は?

SNS時代の金融不安 収まるか その次は?
アメリカで「シリコンバレーバンク」が破綻してから4月10日で1か月となりました。

SNS時代を象徴するかのように情報が瞬く間に飛び交い、預金流出が起きたデジタル・バンク・ラン(取り付け)。

当局の迅速な対応もあって今、株式市場などは平穏を取り戻しているかのように見えますが、取材を深めると不動産を通じた新たな危機の火種も見えてきました。

日本への波及はあるのでしょうか。

(ワシントン支局記者 小田島拓也/アメリカ総局記者 江崎大輔)

金を引き出せ!

「金を引き出して。質問はあとで」

「ネットには『現金を引き出すべきかどうか』という投稿がいっぱいだ」

「あなたの祖父の時代の、紙を基本とした銀行の世界ではない」
SNS上にあふれる預金引き出しに関するコメントです。
2023年3月8日(水)、アメリカ東部時間午後4時過ぎ、シリコンバレーバンクが債券売却による損失について発表したあと、翌日にかけてこのようなツイートが飛び交い、不安が不安を呼ぶ展開となりました。

銀行は2日後の3月10日に経営破綻しました。

取り付けの脅威 当事者が語る

銀行破綻の影響を受けた人物に話を聞くことができました。

ニューヨークでベンチャーキャピタルを経営するムラート・アクティハノルーさん(54)です。
ベンチャーキャピタルは投資した企業を資金面でバックアップしながら成長を促し、株式を上場することで、利益を得ます。

アクティハノルーさんは12年間でおよそ300社に投資をしてきましたが、そのうち30社がシリコンバレーバンクに口座を持ち、凍結されたといいます。

投資先の企業からアクティハノルーさんに資金の援助を求める電話が殺到しました。
ムラート・アクティハノルーさん
「たくさんの電話がかかってきました。彼らは私にこう言いました、『これだけの額が必要だ。送ってもらえないか?』『金を探してくれないか?どこで金を手に入れられる?』『私の金は銀行口座にあって、アクセスできない』」
投資先の企業は、週明けの月曜日以降、社員の給与を支払わなければなりません。

資金が引き出せなければ、数々のリスクが一気に押し寄せます。

11日には、投資先企業が給与を支払えない場合に備えて、アクティハノルーさんは資金の借り入れに動きます。

眠れない日々が続きましたが、12日(日)、夕方になって、アメリカ政府と当局による預金の全額保護という異例の措置が発表され、ようやく一息ついたといいます。

日本でも過去に取り付け騒ぎ

過去には日本でも取り付け騒ぎは起きたことがあります。

1995年、木津信用組合はバブル期の積極経営が裏目に出て不良債権がふくらみ、経営不安説が出て取り付け騒ぎが起き、最後は経営破綻しました。
2003年には九州の地方銀行で、「銀行が潰れる」という悪質なデマが携帯電話のメールなどで拡大し、銀行の前に行列ができて多額の預金が引き出される取り付け騒ぎが起きました。

デジタル・バンク・ランの恐怖

しかし、今回、アメリカで起きた取り付けはそのスピード、金額とも過去のものとはまったく異なります。

シリコンバレーバンクの場合、3月9日(木)だけで420億ドル、およそ5兆5000億円もの預金が流出し、10日(金)には、1000億ドルの預金が流出する見込みとなり、一気に経営破綻に追い込まれ、その驚異的な取り付けのスピードが世界を震撼させました。

英語で預金の取り付けは「bank run(バンク・ラン)」といいます。

今回の現象についてアメリカではSNSが普及したデジタル時代の取り付けという意味で「デジタル・バンク・ラン」と呼ばれています。

さきほど紹介したベンチャーキャピタルのアクティハノルーさんは次のようにその怖さを語ります。
ムラート・アクティハノルーさん
「フェイスブックやツイッターのようなあらゆるSNSで、実際にアイデアを植え付けることができ、それがあっという間に広がっていきます。ネットワークを通じて情報が急速に伝わることは、ある面ではポジティブだと思うと同時に、この状況では良くないことです。みんなが一緒になってパニックになるのです」

FRBの資金供給量 減少するも…

こうしたデジタル・バンク・ランの脅威にさらされたアメリカですが、“最後の貸し手”と言われるFRBが銀行の資金繰りを強化するために供給した融資の総額は徐々に減少傾向となってはいます。
破綻直後の3月15日時点では1647億ドル(21兆円余り)と、前の週に比べて35倍以上に急増しましたが、3週連続で減少し、4月5日時点では1487億ドル(19兆円余り)とピーク時に比べて160億ドル減少しました。

市場では減少傾向をとらえ、金融不安が和らいでいるとの受け止めもありますが、融資総額はリーマンショックが起きた2008年につけた1107億ドル(現在の為替レートで14兆円余り)を依然として超えた高い水準が続いていることに変わりはありません。

新たな火種も

さらに銀行を取り巻く環境で新たなリスクと指摘されるのが商業用不動産への融資です。
こうした商業用不動産への融資は地域の中堅・中小の銀行が全体の3分の2を占めています。(バンク・オブ・アメリカ調べ)

デジタル・バンク・ランの恐怖を目の当たりにしてこうした中堅・中小の銀行による貸し渋りの懸念がささやかれています。

そもそもコロナ禍の大規模な金融緩和を背景に商業用不動産への融資は増え続け、ことし2023年3月15日に2004年以降過去最高を更新しました。

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあって在宅勤務が広がり、全米のオフィスの稼働率は50%以下にとどまっています。(バンク・オブ・アメリカ調べ)
さらに、2022年3月からのFRBの利上げが追い打ちを掛けました。

金利が上昇に転じ、商業用不動産の収益率が低下しているのです。

商業用不動産データ会社トレップによりますとことし・2023年に不動産融資の借り換えの時期を迎えるのはおよそ4500億ドル(59兆4000億円)にのぼり、このうち60%を銀行が抱えているということです。

借り換えを迎えるタイミングで収益がとれずにプロジェクトが打ち切られれば、融資していた銀行は損失を抱えることになります。

まさに商業用不動産が時限爆弾のようになっているのです。

中堅・中小の銀行の損失が膨らめば、地銀からじわじわと傷みが広がっていくことが懸念材料になっています。

FRBの地区連銀の1つ、ミネアポリス連銀のカシュカリ総裁も、アメリカのCBSテレビのインタビューで次のように話していました。

「銀行が抱えている商業用不動産では損失が生まれるだろう。銀行システムへの影響が解消されるまでには時間がかかるだろう」

日本への波及は?

アメリカで相次ぐ銀行破綻、そして商業用不動産融資への影響。

日本は無関係でいられるのでしょうか。

多くの金融関係者は「日本の金融システムは安定している」として、アメリカの銀行破綻による影響は少ないだろうと見ています。

しかし、金融に国境はありません。

例えば商業用不動産の市場が悪化し、アメリカで経営が悪化する銀行が出てきたときにその不安や信用収縮の波が日本に押し寄せないと断言はできません。
かつて2007年に起きたサブプライムローン危機は当初、日本への影響は限定的だと多くの政府や日銀、金融関係者が口をそろえて語っていました。

しかし、実際には危機はリーマンショックへとつながり、日本の雇用や実体経済にまで波及することになりました。

今回の金融不安がどのような波及経路で日本に到達するかは誰にも分かりませんが、過去に学べば警戒は怠らないほうがよさそうです。

FRB監督の失敗認め、見直しへ

そもそもなぜアメリカで突如として銀行が破綻したのか。

厳しい視線が注がれているのが銀行を監督する立場のFRBです。

2023年3月28日と29日に行われた議会の公聴会で、FRBのバー副議長は経営陣の責任を追及する一方で、FRBの失敗を認めました。

そしてバイデン大統領は、3月30日、FRBなどに対して規制の強化を求める異例の要請を行いました。
・総資産が1000億ドルから2500億ドルの銀行についてもストレステストを再び厳しい基準で実施すること

・デジタル・バンク・ラン時代を想定して、預金が急速に引き出されるリスクに対応できる十分な資産を保有しているか、金利の急上昇に耐えられるかなど厳格に審査を行うこと
バイデン大統領は、声明で、こうした一連の対応は、現在の法規制のもとでも実施可能だと強調しています。

逆にいえば、FRBがみずからの判断で実施できていたはずの銀行監督だったということになります。

危機は終わらない 銀行家の警告

アメリカの大手銀行「JPモルガン・チェース」のジェイミー・ダイモンCEOは株主への手紙の中で、今回の銀行破綻に関してほとんどのリスクが隠れていたと指摘しています。
未知のリスクの一例として、シリコンバレーバンクの3万5000を超える法人顧客の行動が少数のベンチャーキャピタルによってコントロールされ、その預金が足並みをそろえて移動したことを挙げています。

その上で、今回の金融不安が示したのは、銀行が当局の規制が求める要件を満たしているだけでは不十分だということだとしています。

リスクは山積しているため、そのリスクを管理するために注意深く継続的な監視が必要だというのです。

「現在の危機はまだ終わっていない、もし危機が去ったとしても、今後、数年間にわたってその反動が続く」とダイモン氏は警告しています。

金融市場はひとまず落ち着きを取り戻したかに見えますが、銀行の経営が悪化すれば今後、企業や個人が資金を調達しにくくなり、景気を悪化させることも懸念されています。

今回の金融不安の影響は私たちの想像を超えて根深いものかもしれません。
ワシントン支局記者
小田島拓也
2003年入局
甲府局、経済部、富山局などを経て現所属
アメリカ総局記者
江崎 大輔
2003年入局
宮崎局、経済部、高松局を経て2021年夏から現所属