「都道府県民歌」知っていますか?歌えますか?

「都道府県民歌」知っていますか?歌えますか?
みなさんは、自分の出身の「都道府県民歌」を知っていますか?

私が住む秋田県では、若者からお年寄りまで多くの人が口ずさんでいます。スポーツ観戦で、学校行事で、カラオケで…。

『秋田県民歌』は、どうしてこれほど愛されているのでしょうか。
(秋田放送局ニュースカメラマン・小川裕生)

※記事の最後で『秋田県民歌』の1番の歌詞を紹介しています。

東京では ほぼ「知らない」 秋田では…

「秀麗無比なる鳥海山よ 狂爛吼え立つ男鹿半島よ」

こんな歌いだしで始まる『秋田県民歌』。
難しそうな歌詞ですが、秋田では卒業式などの学校行事のほか、プロバスケットボールBリーグや、サッカーJ2の地元チームの試合前、音楽祭などのイベント、それに市民参加型のミュージカルでも県民歌が歌われています。

県民としての一体感が高まるんだとか。

茨城県出身の私。そもそも「県民歌」の存在すら知りませんでした。
調べたところ、都道府県が制定する、しないにかかわらず、43の都道府県で「県歌」「県民歌」それに「県民の歌」などとして「都道府県民歌」が存在するようです。

大阪、兵庫、広島、大分は、府や県が「存在しない」と回答しました。
自分の出身の「都道府県民歌」。

みんなは、どれぐらい歌えるんだろう?

疑問に思ったので、東京と秋田で、それぞれ83人に聞いてみました。

まず東京・渋谷で聞くと…。
「知らないです」
みなさん「歌える」どころか、口をそろえて「知らない」という人ばかり。

知らないのは私だけじゃないことがわかり、ちょっと安心しました。
83人中、自分の出身の「都道府県民歌」を歌えると答えたのは、福井県出身の女性1人だけ。残る82人は存在すら知りませんでした。
一方、秋田駅前で同じ質問をすると、状況は一変します。
「歌えます」
「家のお風呂で歌っていました」
このほかにも…
「同級生の夫と、そういえば県民歌ってあったよねと思い出し、一緒に歌いました」

「『秋田県民歌』を歌えるのは当然です」

「だって秋田県民だもん」
みなさん、どこか誇らしげ…。

なかには、その場で歌ってくれた人もいました。
秋田で83人に聞いた結果『秋田県民歌』を「歌える」と答えたのは半分以上の46人。「知っている」も合わせると9割を超えました。

多くの人が、どんな場面で「県民歌」を歌ったのか、エピソードも披露してくれて「県民歌」 “パワーワード” だと感じました。
秋田市出身のNHK秋田・阿部彩キャスターにも夕方の番組「ニュースこまち」の放送後に、歌えるか聞いてみました。その様子の動画はこちら↓
さらに取材を進めると『秋田県民歌』をカラオケで歌う人が相当数いると聞き、それならば、ぜひ撮影したいと、店で待たせていただきました。
すると「カラオケに来たら一番最初に『秋田県民歌』を歌って、気合いを入れる」という男性に会うことができました。
「カラオケに県民歌が入っているのは珍しいと聞きました。それだけ親しまれているということですね」

愛される “秋田県民歌”

なぜ、ここまで県民歌が親しまれているのか?

大きな理由として、学校などの行事で歌われてきたことがあるようです。
『秋田県民歌』は昭和5年、教育勅語制定40年となるのを記念して作られました。

それ以来、秋田県は学校や市町村に、さまざまな行事で歌うように呼びかけてきました。
小・中学校の音楽の授業や、地域について学ぶ社会科の授業の一環で県民歌を扱うこともあるといいます。

また、県内すべての県立高校に「卒業式で県民歌を歌うか」調査したところ「ことし歌った」または「コロナ禍前までは歌っていた」と答えたのは64.4%で「入場時などのBGMに使っている」と答えた学校を含めると82%にのぼりました。
さらに、秋田大学在籍時に『秋田県民歌』を研究した山形大学の佐川馨教授に話を聞きました。
山形大学 佐川馨教授
「ここまで親しまれている一番の要因は、歌詞の良さと、旋律の作りのうまさです。山場の『世界に名を得し』というところで、1回、最高音が出てきた後、最後の『詩の国秋田』で、もう1度、最高音で秋田を高らかに歌える、そういうところが大きな魅力ですね」
確かに、歌っている人を撮影していても、最後の「秋田」の部分で一番声を出して、気持ちよさそうに、いい表情で歌っている人が多いと感じていました。

歌えなかった時も乗り越え…

その一方で、佐川教授は『秋田県民歌』をめぐる、こんな歴史も教えてくれました。

戦後、一部の歌詞が戦前の日本帝国主義に基づいているとアメリカに問題視され、歌えなくなったということです。
「『秋田県民歌』を歌いたい」

強い思いで、復活のきっかけを作った人が秋田県大仙市にいると聞き、話を聞きにいきました。
当時、小学校で教師をしていた高橋武三さんです。

県の教育庁に出向していた昭和43年に、当時の小畑知事らとともに明治改元100年行事に携わった時に、県民歌復活のチャンスを得ました。
高橋武三さん
「昔の県民歌があまりにも県民になじみがあったので、メロディーだけは残したいという小畑知事の発想が、まずありました。しかし、歌詞をつけて歌ったほうが、はるかに良いと思い、私自身がむしろおすすめした次第です」
高橋さんたちは議論を重ね、当時制作された記念曲の第三楽章に『秋田県民歌』を潜り込ませたのです。

明治改元100年行事の際はメロディーだけでしたが、その後、歌詞もつけられるようになりました。

そして、大きなイベントがあるたびに県民歌が歌われるようになりました。
高橋武三さん
「いやあ『秋田県民歌』は、いつの時代になってもいいね、鳥海山は秋田富士と言われたくらいですから。やっぱり秋田県の郷土の誇りですよ。ずっと未来永劫にわたって県民に歌い続けてほしいです」
こうして浸透していった『秋田県民歌』。

ここ数年は、新型コロナの影響でスポーツの試合前などに歌えませんでしたが、ようやく斉唱が再開されるようになりました。

歌っている人たちの表情をみて、郷土の歌を共有できるというのは、すばらしいことだなと感じました。

「都道府県民歌」知るきっかけに

最後になりますが、県民歌を研究している佐川教授によりますと、都道府県民歌を一番歌えるのは、おそらく秋田ではなく、長野だということでした。

長野県に問い合わせてみると、令和4年度の調査で、県民歌の「信濃の国」は県内の95.8%の小学校で歌う機会があるということです。
長野の方の県民歌への「愛」はどれほどなのか、いつか取材してみたいなと思いました。また、長野以外でも、山形では比較的県民の愛着度が高いということでした。

私は出身の茨城県の県民歌は歌えませんが、取材や編集を通じて何度も秋田県民歌を聞いたので、いつの間にか歌えるようになっていました。早速、家族でカラオケに行った時には、真っ先に熱唱して、やっぱり最後の「秋田」の部分が一番気持ちよかったです。ちょうど店の方が飲み物を持ってきたタイミングでしたが、気持ちよく歌いきりました。
せっかくですので『秋田県民歌』の1番の歌詞を掲載します。この記事を読んで興味を持っていただいた方は、ぜひ歌ってみてください。

また、みなさんの出身の「都道府県民歌」を知るきっかけになれば幸いです。

『秋田県民歌』(1番)

秀麗無比なる鳥海山よ

狂爛吼え立つ男鹿半島よ

神秘の十和田は田沢と共に

世界に名を得し誇の湖水

山水皆これ詩の国秋田


作詞/倉田政嗣
修正/高野辰之
作曲/成田為三
(※狂爛の「爛」は「瀾」という表記もあります)
(※秋田県は『秋田県民歌』と『県民の歌』の2曲を制定しています)
秋田放送局 ニュースカメラマン
小川 裕生
2009年入局 山形、岡山、大阪、東京を経て現所属
取材以降、秋田でバスケットボールを見る時も
サッカーを見る時も 試合前に秋田県民歌を歌います