スタートアップへの投融資は変わるか

スタートアップへの投融資は変わるか
海外と比べて数が少なく規模も小さいと言われる日本のスタートアップ。その理由の1つに、こうした企業に資金を提供する環境が整備されていないことが指摘されています。創業時は赤字経営が多いスタートアップの将来性をいかに見極めてリスクマネーを供給していくのか。まさに“目利き力”が問われる世界です。これまでの遅れを挽回しようと国内の金融機関ではデータ分析技術などを使った新たな取り組みが始まっています。(経済部記者 加藤ニール)

赤字経営でも無担保でも

手堅いイメージがあるメガバンクが、スタートアップ向けに新たな融資の仕組みを国内で導入する方針だと聞いて、まず向かったのは三菱UFJ銀行です。

この融資の仕組み、すでにシンガポールを拠点にアジアを中心としたスタートップ30社にあわせて500億円余りの融資実績があるといいます。

この仕組みを新年度から日本に逆輸入するというのですが、どんな仕組みなのか。

三菱UFJ銀行のグループ会社の責任者を直撃しました。
廣島さんはスタートアップ向けの融資では、これまでのメガバンクとは全く別の発想が必要だといいます。
廣島竜太郎 共同CEO
「銀行は皆様の預金を必ず守ることが大前提で、融資の際には企業の経営体力や、万が一の際にカバーできる担保があるのかを審査してきた。だがスタートアップは、経営体力や資金を成長に振り向ける必要があり、この成長があるからこそ会社は潰れずに次のステージにいける。現在の赤字よりも将来の成長を見極めた融資判断が必要だ」

スタートアップの将来性 どう見極める

将来の成長といいますが、どうやってそれを見極めようというのか。

“目利き力”を高めるためのカギはAIによる分析だといいます。

今年度から国内で導入予定の仕組みを見せてもらいました。
AIで分析するのは日々の売り上げや取引先などへの支払い、それに利用者数やその属性、リピート率といったデータなどです。

こうしたデータを基に将来の売り上げや利益の予測を出します。

必要なデータの提供があれば48時間以内に融資の可否を回答することができるそうです。

AIが判断のよりどころとするのは過去に起業した2万社にのぼるスタートアップのデータです。
このデータをAIに学習させて将来の予測を行うモデルをつくったということで1年後の売り上げ予測の精度は9割を超えるといいます。

融資先からはリアルタイムでデータ収集を続け、予測通りに推移しているかモニタリングも行います。

この仕組みでスタートアップの将来的な成長力に期待できると判断されれば、赤字経営でも不動産などの担保がなくても融資に踏み切れるというわけです。

銀行マンの役割は

ビッグデータをもとにAIが企業の将来性を分析するというのも驚きですが、このままでは銀行で働く人の仕事がAIに取って代わられるおそれもあるのでは?

廣島さんは人が活躍できる分野はまだまだたくさんあると指摘します。
廣島竜太郎 共同CEO
「AIはその企業の強みや弱みの分析は得意だが、その強みをどのように伸ばし、さらに弱点を克服するのか。将来に向けてどんな手を打てばよいのかということは、人の経験が生かされる分野だ。また企業を取り巻く環境や商慣行、トレンドの変化の見極めも人の経験が生きるところだ。AI分析と人間のハイブリッドで、スタートアップの成長につなげていく形を目指している」

スタートアップ投資のカギは“社員の働きがい”?

スタートアップの将来性を見極めるのに意外なものを取り入れる動きもあります。

それは「社員の働きがい」です。

なぜ社員の働きがいと投資が結び付くのか。

その理由を探るため「働きがい」に着目して投資を行うベンチャーキャピタルに向かいました。

この投資会社は、社員数が少ないスタートアップ企業では、社員1人ひとりのモチベーションの状態が業績全体を大きく左右すると考えています。

働きがいの測定とは

それでは「働きがい」をどのように把握しているのか。

この投資会社では、投資先の企業の全社員に毎月スマホなどで働きがいのアンケートに答えてもらっています。
「仕事で達成感をえているか」
「仕事に見合った報酬が支払われているか」
「上司は自分の成長を手助けしてくれるか」
「経営陣は誠実か」

質問は10問程度。

調査費用は一定期間、投資会社が負担します。
こうしたデータをもとに社員のモチベーションのほか、人事評価や待遇への満足度、それに会社の理念や目標が社内で共有されているかといった点を分析します。

分析結果は投資会社と投資先企業との会議で共有し、この結果について議論します。

追加で出資する際には投資の判断材料になることもあるといいます。

スタートアップが陥りがちな成長の壁とは

この投資会社と一緒に社員の働きがいの分析や職場環境の改善などのアドバイスを行っているIT企業の鈴木秀和CFOは、スタートアップが成長して社員数が増えるような局面では、社員の働きがいの変化をよくみておく必要があると指摘します。
アトラエ 鈴木秀和CFO
「企業の業種などによって『50人の壁』とも『100人の壁』などともいうが、社員全員の表情がみえる小規模な会社と、大人数の会社では、当然、人事制度やリーダーシップのとり方などを変えていく必要がある。こうした対応をとらなかった結果、社員の離職率が高まり、業績を落とした事例もある。社員の働きがいの変化を可視化して課題を認識して対応していくことが重要だ」
この成長の壁に悩む会社を取材することができました。

この会社は、オフィス向けにサラダやフルーツを宅配しています。

事業の拡大とともに30人程度だった社員数が、この1年間で65人に倍増しました。

それまでお互いの仕事内容や人となりまで把握できていたといいますが、毎月のように新入社員が入ってくる中、社員どうしのコミュニケーションに課題を感じるようになってきたといいます。

会社では投資会社からのアドバイスも受けながら手を打ち始めています。

その一環で始めたのが読書会です。
部署や年齢や役職が異なる社員が毎回ランダムで選ばれて、課題となる本を一緒に読んでお互い感じたことを話し合います。

仕事では顔を合わせないメンバーの交流を促すのが狙いです。

投資会社の上田宏介社長は、今後もアンケートを通じて効果を検証しながら、スタートアップの成長を後押ししていきたいといいます。
ニッセイ・キャピタル 上田宏介社長
「スタートアップへの投資は単なる入り口に過ぎず、その先の企業の成長を全力でサポートすることが重要なミッションだ。投資先からユニコーン企業を輩出することを目指して、新たにチャレンジする起業家を全力で支援していきたい」

広がるか 伴走型 投融資

内閣府のまとめでは、日本のベンチャー投資額は2021年時点で8000億円。

このところ増加傾向にありますが、アメリカの36兆円と比べると大きく水をあけられています。

政府は、新たに税制面での優遇策を設けるなどして、スタートアップ投資を10兆円規模に引き上げる目標を掲げています。

国内の金融機関でもスタートアップの成長を支援しようという模索が始まっていますが、今回の取材ではスタートアップの経営者と投資家の双方から資金面の支援だけでなく、成長を後押しする経営アドバイスなどを行う“伴走型”の支援が必要だという声が多く聞かれました。

日本のスタートアップが革新的な技術やサービスを生み出すことができるのか、金融機関の側の変化にも注目していきたいと思います。
経済部記者
加藤ニール
2010年入局
静岡局、大阪局を経て現所属
現在、金融業界を担当