CO2排出“実質ゼロ”合成燃料広がるか エンジン車販売巡り賛否

EV=電気自動車への転換をいち早く打ちだしたEU=ヨーロッパ連合。エンジン車の新車販売を禁止することを目指していましたが、その方針を修正しました。二酸化炭素の排出が実質ゼロとされる合成燃料の使用を条件に、エンジン車の販売の継続を認めることで合意しましたが、賛否が分かれています。

脱炭素化に向けてどのようなタイプの車が普及していくのか、自動車メーカーの今後の対応が注目されます。

EUは、先月28日のエネルギー相会議で、新しい方針を決めました。2035年以降の新車販売について、合成燃料を使うことを条件にエンジン車の販売が継続できるようになります。

EUは、当初、ハイブリッド車を含むエンジン車の新車販売を禁止することを目指していましたが、域内最大の自動車大国ドイツの強い要請を受けて方針を修正しました。

ドイツのメーカーから評価の声も

合成燃料の使用を条件にしたEUのエンジン車の販売継続の方針については、ドイツの自動車メーカーから評価する声も出ています。

傘下のポルシェが合成燃料の生産に取り組むフォルクスワーゲンは、NHKの取材に対し、EVシフトを進めていることを強調したうえで「緊急車両やポルシェの一部のシリーズにおいて合成燃料の利用を追加することは妥当だと考えている」としています。

一方、2030年までにすべての新車をEVにする目標を掲げるメルセデス・ベンツグループは、合成燃料の使用について「化石燃料の割合は確実に減らすことができるが、エネルギー効率を考えると再生可能エネルギーをバッテリーに充電することが最適だ。再生可能エネルギーを合成燃料に変換すると効率は低下する」とコメントしています。
ドイツ自動車工業会のミュラー会長は、自動車の脱炭素に向けて「合成燃料がどのように貢献できるか協議したことは正しい」と述べ歓迎しました。

そして、ヨーロッパで進むEV=電気自動車へのシフトについて「充電インフラや十分な電力網、二酸化炭素が排出ゼロのエネルギーなどが必要だ」と課題を指摘したうえで、「世界にはEVの普及がそれほど早く進まない市場もあり合成燃料は気候の保護に重要な貢献となる」と述べ、EV以外の選択肢を残す必要があると強調しました。

ミュラー会長は今後について「合成燃料は重要な技術的選択肢で、規模を大きくして市場を成長させ、用途を拡大する必要がある」と述べ、新車だけでなく既存の自動車にも使えるようにすべきだとしたうえで、合成燃料の商用化に向けては官民あげての取り組みが重要だという考えを示しました。

“人工的な原油” 合成燃料とは? 生産本格化の動き

合成燃料は二酸化炭素と水素を合成して作る液体の燃料で、人工的な原油とも呼ばれています。燃料として使うと二酸化炭素を排出しますが、工場などから回収した二酸化炭素を利用して作られるため、排出は実質ゼロとみなされます。

既存のガソリンスタンドやエンジン車でも使用できることから、脱炭素社会の実現に向けてガソリンなどに代わる燃料として期待されていて、技術開発が世界各地で進んでいます。

このうち、ドイツ南西部カールスルーエで7年前に設立された企業は、合成燃料の生産技術の開発に取り組んでいて、実験用のプラントで研究を続けています。この企業は、ことし中にドイツ国内に製造拠点を設け年間およそ3000トンの生産を本格的に始める予定で、現在、設備の整備を急ピッチで進めています。生産量は再来年までに10倍に増やすことを計画しています。
合成燃料の生産に取り組む企業「イネラテック」のティム・ベルトケンCEOは、今回のEUの合意について「大量の合成燃料が必要になる。生産規模を早く拡大しなければならない」として、生産の本格化に意欲を示しました。そのうえで「本格生産する合成燃料は使用の可能性がある海運や航空、車での運送などあらゆる分野で使われるようにしたい。合成燃料は世界中を走っている車を脱炭素化するための解決策だ」と話していました。

安くなる?高止まり?コストをめぐる課題は

合成燃料の利用を促進しようとする団体「イーフューエル・アライアンス」の幹部、ラルフ・ディーマー氏は、合成燃料の価格について「現時点ではかなり高く、製造コストは1リットル当たり5ユーロか6ユーロするが、大規模に生産されるようになりスケールメリットが得られれば、1リットル当たり1ユーロから2ユーロほどにコストが下がるだろう。化石燃料より合成燃料を優先する税制が整えば、ビジネスとして成立しうる」と述べ、需要拡大で生産コストが下がることに期待を示しました。

またディーマー氏は、EVについて、バッテリーなどに使う重要資源を中国に依存しているとして「今の状況で中国から調達する一部の重要資源への依存をさらに高めるような政策は正しいのか。資源の調達先の多角化と合わせて、技術の多角化もしなければならない。エンジン車を禁止するのではなくエンジン車を脱炭素化するべきだ」と強調しました。

一方、合成燃料を一般の自動車に使うことに反対している環境NGOの「トランスポート・アンド・エンバイロメント」は先月、問題点をまとめた報告書を発表しました。

この中では「2030年のドイツでのドライバーの給油コストは、合成燃料が通常のガソリンに比べて50%高くなる」などと指摘しています。

また今後、電動化が難しい航空や海運、それにさまざまな工業分野で合成燃料や、原料となる水素の需要が高まることから、合成燃料の価格はこの先も高止まりするとの見解を示しました。

この問題に詳しいNGOのアレックス・ケインズ氏は「合成燃料は量も十分になく生産にエネルギーを多く使い、価格も高い。こうした燃料を自動車に使えば、海運や航空などほかの分野に使える量が減ってしまい、交通・輸送分野全体の脱炭素化を遅らせるリスクを高めることになる。より手に入りやすく、エネルギー効率もいいEVという選択肢がある自動車に合成燃料を使うのはむだで気候変動対策をめぐるヨーロッパの目標を損なうものだ」と主張しています。

ドイツ政府は歓迎も…

今回の方針の修正をめぐって、ドイツ政府は「エンジン車の新車販売に道を開くものだ」と歓迎しています。
一方、ベルギーのファンデルストラーテン・エネルギー相はEVシフトの重要性を強調したほか、スペインのリベラ第3副首相は「率直に言ってうまくいくとは思えない。一般の市民にとって合成燃料は高すぎる」と述べ、懐疑的な見方を示しました。

EUは今後、合成燃料の使用に関する具体的なルール作りを進める方針です。

日本のメーカー 合成燃料に慎重な見方も

EU=ヨーロッパ連合が、2035年までにハイブリッド車を含むエンジン車の新車販売を事実上、禁止することを目指していたことを踏まえ、日本の自動車メーカーはヨーロッパでEV=電気自動車を投入する戦略を打ち出してきました。

▼日産自動車は、エンジン車への規制が厳しさを増しているとして、2026年度に75%としていたヨーロッパでの電動車の販売比率の目標をことし2月に98%に引き上げました。このうちの78%は、EVにする方針です。

▼ホンダは、ヨーロッパで販売するすべての新車が去年、EVとハイブリッド車になっていて、EVの投入を増やす計画です。

▼トヨタ自動車は、2030年までにヨーロッパで販売する新車は、すべて電動車とし、このうち、少なくとも半分はEVと燃料電池車にするとしています。さらに高級車ブランドのレクサスでは、ヨーロッパなどでは、すべてEVにするとしています。

車の電動化をめぐって、日本の自動車メーカーは、EVの投入を進める一方で地域の特性に合わせてハイブリッド車や燃料電池車などにも力を入れる戦略をとっています。

今回のEUの方針の修正でEV以外の選択肢も残されたことで、日本の自動車メーカーの関係者からは歓迎する声もあがっています。ただ、その一方で、エンジン車の販売を継続する条件となった合成燃料は、製造コストが高いことから、その普及には慎重な見方も出ています。

日本の自動車メーカーに対していわばEVシフトを迫ったEUの規制の流れが緩むことになるのか、各社で見極めることになりそうです。