TPPにイギリス加入で大筋合意 参加国の拡大は発効以来初めて

日本などTPP=環太平洋パートナーシップ協定の参加国は31日、閣僚会合を開き、イギリスの加入を認めることで大筋合意しました。

TPPに参加する11か国とイギリスによる閣僚会合は、日本時間の31日午前8時からオンラインで開かれ、おととしイギリスが行ったTPPへの加入申請を認めることで大筋合意しました。

TPPは、日本のほかオーストラリアやカナダなどアジア太平洋地域の11か国による経済連携協定で、モノの関税だけでなく投資の自由化を進め、知的財産や電子商取引など幅広い分野で共通のルールを定めています。

TPPが、2018年に発効して以来、発足時から参加している11か国以外で加入が認められるのはイギリスが初めてで、アジア太平洋地域の協定がヨーロッパの経済圏にも広がることになります。

イギリスの加入によってTPP参加国のGDP=国内総生産の総額はおよそ15兆ドル、日本円にして1980兆円程度となり、世界全体に占める割合は15%余りに拡大する見込みです。

内閣府によりますと、イギリスの加入によって、精米の関税が撤廃される見通しで、日本にとっては去年イギリスに年間500トンの輸出があったコメの輸出拡大に期待ができるということです。

イギリスは2020年にEU=ヨーロッパ連合から離脱したことから、域外の国との関係強化を通じて経済成長を図る戦略を打ち出していて、TPPへの加入で主にアジア圏との貿易を拡大するねらいがあります。

今後、合意文書を作成する作業を進めたうえで、ことし7月にも正式な署名を目指します。

日本経済へのメリットは限定的

TPPは、日本やオーストラリア、カナダなどアジア太平洋地域の11か国による経済連携協定で、2019年の時点で世界全体のGDPのおよそ13%、人口はおよそ5億人をカバーしています。

今回のイギリスの加入によって、TPP加盟国のGDPが世界全体に占める割合は15%あまりに拡大する見込みです。

TPPは、▽工業製品では日本は100%、それ以外の参加国に対しても99.9%の品目で即時、または段階的に関税が撤廃されるほか、▽投資やサービス、それに電子商取引などの分野で自由な取り引きが行われるとされています。

ただ、日本とイギリスとの間については、すでにEPA=経済連携協定が発効していて、日本経済への直接的なメリットは限定的とみられます。

それでも日本政府としては、ヨーロッパ有数の経済国であるイギリスがTPPに加入することで、高いレベルの貿易や投資のルールをアジア太平洋を越える地域に広げるきっかけになると期待しています。

また、イギリスの加入を呼び水にトランプ政権時代に離脱したアメリカのTPPへの復帰を、引き続き働きかけたい考えです。

一方、イギリスにとっては、EU=ヨーロッパ連合からの離脱をきっかけに、域外の国との関係を強化することで経済成長を図る戦略で、TPPをはずみにアジア太平洋地域の成長をとりこみたい狙いがあります。

今後の課題

TPPには現在、イギリスのほか中国や台湾、エクアドル、コスタリカ、それにウルグアイが加入を申請しています。中でも焦点となるのは、台湾と中国の加入を認めるかどうかです。

おととし9月に中国と台湾は、ほぼ同時にTPPへの加入を申請しました。その際、中国側は「台湾がいかなる公式な協定や組織に加入することも断固として反対する」などと強く反発しました。

一方で、中国の加入に対しても一部の参加国からは、中国の貿易などに対する姿勢をめぐって不信感も出ていました。

今後、参加国が加入申請を審査するとみられますが、中国と台湾との政治的な対立が一段と深まる中、紆余曲折も予想されます。

もう1つの課題が、最大の経済大国アメリカのTPPへの姿勢です。アメリカは、バイデン大統領が副大統領を務めていたオバマ政権時代に中国に対抗する思惑もあってTPPの交渉を主導的に進めていましたが、トランプ前大統領が自由貿易はアメリカの雇用を奪うとして、交渉を離脱した経緯があります。

バイデン大統領も就任後、「国内の労働者の保護を優先する」として、TPPへの早期復帰に慎重な姿勢を崩していません。

一方で、中国のほか日本やASEANなどが参加するRCEP=「地域的な包括的経済連携」が去年発効し、世界のGDPに占める割合ではTPPを上回る29%となっています。

アメリカが抜けたことで、TPPはGDPの規模ではRCEPに比べて見劣りする状況となっています。

中国が一段と経済力を強め、国際的な影響力を拡大する中、日本としては、TPPの実効性を高めるためにもアメリカに対してTPPへの早期の復帰を働きかけたい考えです。

英スナク首相「EU離脱によってもたらされた経済的利益」

TPPへの加入が認められたことを受けて、イギリスのスナク首相は声明を発表し「今回の合意は、EU離脱によってもたらされた自由の、真の経済的利益を示している。イギリスは雇用創出、成長、そして刷新の機会をとらえるため、グローバル経済の中で絶好の位置につけた」と、その意義を強調しました。

さらに「TPPの発足メンバー以外、そしてヨーロッパの国として初めての加入によって、イギリスは活力に満ち、成長を続ける太平洋地域の中心に入る。イギリスの企業は、ヨーロッパから南太平洋に至る前例のない規模の市場に参入できるようになった」としました。

そのうえで「この合意は農業と公的医療制度を含む、イギリスにとって重要な産業や組織を守り、動物福祉や食品安全の高い基準を維持するものだ。日本やカナダなどには去年、チーズやバターといった乳製品を合わせて2400万ポンド近く日本円でおよそ39億円分輸出したが、酪農家はより低い関税の恩恵を受けられるようになるだろう」と期待を示しました。

英商工会議所「年間3200億円以上の収益期待」

中小企業を中心におよそ8万社が加盟する、イギリス商工会議所のウィリアム・ベイン貿易政策部長は「イギリスの企業は、日本などTPPメンバー国との貿易が増えることで、年間20億ポンド、日本円で3200億円以上の収益が期待できるほか、環境保全を目指すグリーントレードやデジタル貿易など、共通の課題に取り組む国々の一員になる利点もある」と指摘しました。

さらに「ウイスキーやジンといったアルコール飲料など、イギリスが輸出する多くの製品にかかる関税が下がるほか、自動車産業やサプライチェーンも、適用される『原産地規則』によって貿易量が増えるだろう。日本からイギリスへの輸出や投資の機会も増えると期待している」と述べました。

また、スコッチウイスキー協会は声明で「TPPのメンバー国への輸出額は過去10年間で飛躍的に増え、去年(22年)は合わせて11億ポンド余り、日本円で1800億円近くに上った。マレーシアによる関税の段階的廃止など、イギリスのTPP加入はスコッチウイスキーにとって新たなチャンスとなる。TPPには今後、多くの国が加入する可能性があり、域内でさらに自由化が進めば追い風となるだろう」と期待を示しました。

英貿易の特徴は

イギリスの国家統計局によりますと、イギリスはTPPに加入している11か国のうち、日本を含む7か国とすでに貿易協定を結んでいるほか、オーストラリアとニュージーランドともそれぞれ合意していて今後、発効する予定です。

ただ、2021年の主な貿易相手国はアメリカ、ドイツ、中国、オランダなど、いずれもTPPに加入していない国で、TPPメンバー国との貿易額がイギリスの貿易全体に占める割合は、2020年までの5年間の平均で輸出が8.3%、輸入は6.9%にとどまっています。

日本への輸出額が多い品目は、非鉄金属、自動車、発動機、医薬品および医療用品、科学光学機器それにウィスキーなどがあります。

また、日本からの輸入額が多い品目は自動車、発動機、電気機器、輸送用機器、金属鉱石・スクラップなどとなっています。

英専門家「TPPが真の意味でグローバルな協定に」

イギリスのTPP加入について、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのステファニー・リッカード教授は「イギリスは、TPPに加入している11か国のうち7か国と貿易協定を結んでいるが、ほかの国との間でも自由な貿易が促される。発足メンバー以外の国が加入するのは初めてで、メンバー国や加入を希望している国は、手続きの進め方などが分かったと思う。イギリスの加入によって、地域協定だったTPPが真の意味でグローバルな協定になる」とその意義を強調しました。

そして、イギリスがEU離脱前から掲げている、EU以外の国や地域との関係強化を進める「グローバル・ブリテン」という外交政策に触れ、「イギリスはTPP加入によって、『グローバル・ブリテン』であることを強く示し、ビジネスと貿易への門戸を開いていることを示そうとしている」とした上で「スコッチウイスキーなど特定の製品については、外国の市場でシェアを増やしたいと考えている。さらに、重要なのは、TPPがデジタルサービスや電子商取引、それに環境保護まで網羅する最新の貿易協定だという点だ。こうした新しいルールをほかのメンバーに守ってもらうことは、イギリスの利益につながる」と分析しました。

その一方で「イギリスは地理的に離れていることが要因となり、TPPのメンバー国との間の貿易額はイギリスの貿易全体の8%に過ぎない。加入による経済的なメリットがどの程度得られるのか、そして地政学的な緊張の存在がイギリスにとって課題となるだろう」と指摘しました。

さらに「スナク政権には、次の総選挙の前にTPP加入を実現し、これはEU離脱によって勝ち取った成果だと誇示したい思惑もある」と述べ、政治的な背景があるという見方を示しました。

岸田首相「イギリスの加入歓迎 コメなどの輸出に弾み期待」

岸田総理大臣は、総理大臣官邸で記者団に対し「イギリスの加入交渉が実質的に妥結したことを歓迎する。グローバルな戦略的パートナーであり、重要な貿易相手国であるイギリスの加入は、アジア太平洋地域にとどまらず、自由で公正な経済秩序を形成していくために大きな意義がある」と述べました。

そのうえで、「イギリスからの輸入に関しては、現行のTPPを超えない範囲で妥結したが、イギリスへの輸出に関しては、新たに精米などの関税撤廃を獲得した。世界的な和食ブームの中で、輸出重点品目の1つであるコメなどの輸出に、一層弾みがつくのではないかと期待を感じている」と述べました。

後藤経済再生相「非常に意義のあること」

TPPへのイギリスの加入が参加国の間で大筋で合意されたことについて、後藤経済再生担当大臣は、記者団に対し、「環太平洋にとどまらず自由貿易と開かれた競争的な市場、そしてルールにもとづく貿易システムといった原則が拡大し、経済が広がっていくことは非常に意義のあることだ」と述べました。

松野官房長官「進展を歓迎し、議定書の作成作業などを加速」

松野官房長官は閣議のあとの記者会見で、「イギリスはわが国にとってグローバルな戦略的パートナーであるとともに、重要な貿易投資相手国で、自由で公正な経済秩序を形成していく上で大きな意義がある。加入に向けたプロセスの進展を歓迎し、今後、加入条件などを規定する議定書の作成作業などを加速させていく」と述べました。

また、中国など5つの国や地域が加入を申請していることについて「TPPは、市場アクセスやルールの面でも高いレベルの協定で、これらを完全に満たす用意ができているかしっかり見極める必要があると考えており、戦略的観点や国民の理解も踏まえながら対応していく」と述べました。

さらに、「アメリカによるインド太平洋地域の国際秩序への関与という戦略的観点から、アメリカのTPP復帰が望ましいと考えており、さまざまなレベルで復帰を粘り強く求めていくとともに、しっかり意思疎通を図っていく」と述べました。