怒りたくないのに、怒ってしまう

怒りたくないのに、怒ってしまう
並んでいたのは思いもしない言葉でした。

そう、私はうれしい言葉が並んでいると、勝手に思っていたのです。

「お出かけの時は、謝ったりしています」

「大好きな外出は、苦い思い出になりがちです」

載っていたのは、言い出せなかった思いの数々。

もっと知らなければいけないことがあると思い、書いた人に会いに行きました。

(ネットワーク報道部 金澤志江)

「えっ、、、」

会いに行ったのは高知県の土佐清水市、高知空港から車で2時間半ほどの場所です。

その3か月前、私はこの記事を書きました。
“音や光などに敏感に反応してしまう人たちがいる”(感覚過敏といいます)

“音を小さくしたり照明を落としたりして、そうした人が利用しやすい時間を設けている施設や店舗がある”

“こうした時間、クワイエットアワーの取り組みが広がっている”

簡単にいうとそんな内容でした。

私も土佐清水市にある水族館「足摺海洋館 SATOUMI」と高知県に電話を入れ、話を聞きました。

ここでは「フレンドリーデー」という名前で、BGMの音を小さくしたり、照明を調整したりして、感覚過敏の人が安心して楽しめる日を作ったことがあります。
取り組みを待ち望んでいた人たちが足を運んでくれました。

「参加した人たちに感想を書いてもらった」というので、その内容をメールで送ってもらうことにしたのです。

感想はすぐに届きました。

「えっ…」

私はうれしい言葉が並んでいると、勝手に思っていたのです。

でも載っていたのは、言い出せなかった思いの数々でした。

苦い思い出

「お出かけはとても気が重くなりがちです。本当は旅行や外出は大好きなのに、本人も家族も辛い苦い思い出になりがちで外出が面倒になってきました」

「他の方に迷惑をかけるという思いから、常に周りの目を気にして謝ったりしています」
フレンドリーデー自体はとても楽しかった、だけど、ふだんのお出かけがどれだけハードルが高いことなのか、その思いがあふれるように記されていたのです。

知らなければいけないことがあると、感想を書いた1人、出口里奈さんと約束し土佐清水市の公民館で会いました。

出口さんは足摺海洋館から車で5分の場所に住んでいます。

小学5年の次男、旬弥さんは重い自閉症です。

言葉で意思を伝えることがうまくできず、大きな音や光を嫌がることがあり、初めての場所もとまどいがちです。
「お出かけには、ほんとうに苦い思い出があるんです」

出口さんが話しました。

それは旬弥さんが幼かったころに、ショッピングモールを家族で訪れた時でした。

ふとしたことで興奮し、旬弥さんが奇声をあげて騒いだのです。

出口さんはそばに寄り添い落ち着くのを、そっと待っていました。

すると見知らぬ人が近づいてきて言いました。

「親なのにしつけをしていない」

旬弥さんとの外出を控えるようになったのは、このひと言でした。
「どうしてもてんびんにかけてしまうようになったんです。お出かけで得られる旬弥の経験と、周囲から受ける視線とを」

「旬弥の体が大きくなってからは力でかなわないこともあり、いっそう“お出かけは諦める”になりました」

通学時の「サーー」、「カーー」

車で5分の海洋館も学校の行事で1度行っただけで、家族で訪れることは諦めていました。

でもその行事が楽しかったのか、車で学校の送り迎えをする時、海洋館の前を通ると旬弥さんが声をかけてきます。
「サーー」(旬弥さん)

「魚ね、水族館行きたいね」(出口さん)

「カーー」


「カニね、いつか一緒に行こうね」
「もどかしい思いでした。本当は子どもには外に出て、いろんなことを経験させてあげたい。だけど『障害があるし』と考えると、どうしても高いハードルがあって」

よくあるルールと違うけど

出口さんは発達障害の子どもの親でつくる会の代表をしています。

海洋館がフレンドリーデーを開催する際、アドバイスをしてほしいと依頼を受けました。

さまざまなアドバイスをしましたが、もっとも伝えたかったのは「あたたかい目でみてほしい」ということでした。

ちょっとした音に反応したり、何かのきっかけで大声を出したり、走り出したり。

それはよくある社会のルールとは違うのだけれど「あたたかい目」でみてほしいということでした。

その声を受け、イベント当日、海洋館が入り口に看板を置きました。
一般の来場者もいる中、こんな言葉が書かれていました。
「大きな声を出したり、走り回ったり、順路を逆走してもOKにしています」

「温かく見守りながら一緒に楽しんでいただければと思います」
当日、海洋館に家族で来ることができ、大好きなカメの水槽を眺める旬弥さん。
順路も逆走しましたが、来場した人たちが見守ってくれる雰囲気を感じました。

「やっと、やっと見せてあげられた」

出口さんはそう思ったそうです。

気づいたら謝ってしまう

もう1人、話を聞いたのは佐田智子さん。小学3年の長女唯月さんとフレンドリーデーに来ていた人です。

出口さんが代表を務める会にも参加しています。

唯月さんは音や光、においが苦手でお出かけにはヘッドホンのように両耳を覆い聴覚を保護する「イヤーマフ」が欠かせません。
「ヘルプマーク」もつけていますが、一目見ただけで特性を理解してもらうのは難しいのです。

佐田さんはお出かけの時、反射的に出るようになった言葉があるそうです。

唯月さんが周囲に迷惑をかけているのではないかと思い、何かがあったわけではなくても、“ごめんなさい”という謝る言葉が出てしまうのです。

話を聞いている時、部屋の中を動き回る唯月さん。

私も途中で何度か「ごめんなさいね」と言われました。

「謝られることなんて、ないですよ」

そう伝えると、

「気付いたらとにかくいろんな場面で『ごめんなさい、ごめんなさい』と繰り返してしまうんです」と話していました。
そしてなにより、謝る自分が唯月さんにどう映っているかも気がかりです。
「唯月のために謝っている、そうした親の姿を唯月に見せ続けていいのか、ごめんなさいを繰り返すと同時にそんな葛藤もあるんです」

怒りたくないのに、怒ってしまう

だから佐田さんは、ふだんのお出かけは人が少ない公園をねらって行きます。

人が多い時には、それを避け隣の市の公園まで、また車を走らせます。

人がいると唯月さんを怒りたくないのに、怒ってしまう自分がいて、それもまた嫌なのです。
佐田智子さん
「本当は怒りたくない場面でも、世間体を気にして人前だからとあえて怒ってしまうことがあります」

「だからなるべく怒る必要がなくて、唯月を自由にさせてあげられる場所、そこを探すんです」
初めて行く場所では、どういうものがあり、そしてどれくらい人が少ないのか…下調べをします。

嫌がる光やにおいがないかも知りたいのですが、そこまでは把握することができません。

そして着いたあとに心配なのは、周りにいる人に謝ったり、唯月さんを怒ったりする自分です。

楽しいお出かけが、苦い思い出にならないように、人が多くなったり、何かに過敏に反応して嫌がるようになったら、途中でも帰ることを心がけているそうです。
「ふつうはどこで遊んで、どんなことをするって決めて遊びに行きますよね。でもそれを決めてしまうと、思いどおりにできなくなった時に私も娘も両方がしんどくなってしまいます」

「だから無理せずに帰ることにしていて、“お出かけ”に踏み出すハードルはいまだに高いです」

私が思ったことは

アンケートの声。

その裏にあったのは、子どもにいろんなことを経験させてあげたいという気持ちと、そうすると必然的に向き合わないといけない苦しさとの間の葛藤でした。

クワイエットアワーのような取り組みは少しずつ広がっていて、地域の店舗で取り組むところも出てきました。

そうした広がりはうれしいし、安心していられる場所、いられる時間ができたのはうれしい。

だけれどそうした場所や時間ができるだけでなく、日頃のお出かけにさえも感じてしまうハードルも、少しずつ下げられたらいいなと思います。

クワイエットアワーのような時間や場所を必要としている人たちが、どんな暮らしにくさの中にいるのか、少しずつ思いをはせられるようにならないといけないなと思います。

大声を出さない、走り出さない、よくあるそんな社会のルールに、時として苦しさを感じてしまう人たちもいるのです。

「ごめんなさい」

そうした言葉が、人に会うたびに出てこないように。

「人が来たから帰ろう」

そんな思いが浮かばず、安心して子どもの思い出を作ってあげられるように。

クワイエットアワーはそんな社会に向かっていく、きっかけのひとつなのだと思いました。