終わらない新型コロナ禍「特例貸付」を返せない

終わらない新型コロナ禍「特例貸付」を返せない
新型コロナウイルスの影響で収入が減った人たちが、最大200万円を無利子で借りられた国の制度「特例貸付」。

利用件数は約382万件、金額は約1兆4431億円に上りました。

ことし1月から返済が始まりましたが、実際に返せている人は2割以下にとどまっています。

コロナ対策が出口に向かう中、多くの人が生活を立て直せないでいる実態が見えてきました。
(横浜放送局 小田原支局 記者 北村基/横浜放送局 記者 佐藤美月)

仕事戻らず 収入半減

神奈川県に住む真奈美さん(36歳・仮名)は、観光地で接客業をして働きながら、夫とともに5人の子どもを育てています。

3年前の感染拡大で、観光客は激減しました。
仕事が全くない月もあり、年収はそれまでの半分以下に。

200万円を下回るようになりました。
真奈美さん
「仕事が全くなくなりました。100あったものが0になって生活そのものが変わりました。削るところは削って。でも、子どもの食費は削ることができないし。生活するだけで厳しかったです」

借りたお金は子どもの食費に

生活が苦しくなった真奈美さんは、3年前に初めて特例貸付を利用し、40万円を借りました。

当時は感染拡大が収まれば、すぐに返せると思っていましたが、状況は変わりませんでした。

お金は子どもたちの食費や光熱費などに消え、借り入れを繰り返すうちに、上限の200万円に達しました。
真奈美さん
「当時は感染拡大は半年ぐらいで終わるだろう、そんなに重大ではないだろうと思っていました。しかし1年、2年と長引いて不安ばかりが募りました。お金のことを考えたり、これからどうしていくんだろうって不安でいっぱいの毎日を過ごしていました」
仕事が戻らないうえに、物価や光熱費が高騰。

フードバンクから食料をもらったり、夫婦で新たにアルバイトを始めたりしてしのいでいますが、今も出費が収入を上回る状況が続いています。

返済免除も先行きに不安

真奈美さんは1月から月に1万数千円の返済が始まるはずでした。

社会福祉協議会に返済の免除を申請し、収入の状況からことしについては認められましたが、先行きに不安を感じています。
真奈美さん
「『この年から返済が始まりますよ』と言われたときは、もうコロナは終わっているだろう、仕事は戻っているだろうと安心していましたが、まだ返済は苦しいです。働きたいのに仕事がないという状況が続いていて、悔しいしさみしいし、今後どうしようという思いです」

返済開始は2割以下にとどまる

「特例貸付」とは、生活に困った人に当面の生活費を貸し付ける、国の「緊急小口資金」と「総合支援資金」について、新型コロナで収入が減った人にも対象を広げたものです。

2022年9月までに、約382万3000件、合わせて約1兆4431億円が貸し付けられました。
借りている人たちを年代別にみると、利用者の8割近くが50代以下で、20代と30代だけで全体の3割以上を占めています。

2023年1月、全体の3分の2にあたる約258万2000件が、返済開始の時期を迎えました。

しかし厚生労働省によりますと、1月末時点で返済を確認できたのは約45万9000件と、2割以下にとどまります。

真奈美さんのように免除されたり、返済が猶予されたりした件数は、全体の3割余りにあたるおよそ92万2000件。

残りの4割以上は免除や猶予になっておらず、返済もしていない人たちです。

こうした中、返済が難しい状況が続いている人が少なくないことがわかってきました。

免除申請せず 返済できない人も

横浜市の健二さん(35歳・仮名)は中学校を卒業後、飲食業などで働き、一時は自分の店を構えたこともありました。

感染拡大で状況は一変し、勤めていた飲食店は倒産。

掛け持ちしていた建設業のアルバイトも、給料が支払われなくなりました。
ハローワークに通いましたが、安定した仕事は見つかりませんでした。

アルバイトや日雇いだけでなく、近所の人の手伝いをするとお小遣いがもらえるウェブサイトまで使って仕事を探しました。

食事は一日1食に。

全く食べられない日が続くこともありました。

特例貸付で30万円を借りましたが、たまった家賃の支払いですぐになくなったといいます。

相談する余裕なく…

飲食店を経営していた知り合いが自殺したという話も、聞こえてきました。
健二さんは精神的に追い込まれていきました。

特例貸付の返済免除を申請する余裕はなかったといいます。
健二さん
「お金のことを考えたりとか、これからどうしていくんだろうっていう、不安でいっぱいで毎日過ごしていました。社会福祉協議会からお知らせが来ましたが、日々少しでもお金が入ってくる方法を選んで行動していたので、相談する余裕もなかったです。返済は、今すぐは難しいです。はやく普通でいられる生活を送りたい。三食ごはん食べられて、ちゃんと家に帰ってこられて、ちゃんと寝るところもあって、ちゃんとした格好をして、不安にならないように生活をしていきたいです」
2月に取材したあと、健二さんには正社員の仕事が見つかりました。

今後返済を始めると話していました。

困っている人の状況が分からない

返済できない人が相次いでいる現状。

貸付を行っている社会福祉協議会では、それぞれの事情を把握するのが困難な状況です。
神奈川県座間市の社会福祉協議会が行った特例貸付は4000件余り。

担当する職員は6人しかいません。

直接対面して悩みなどを聞き取り、それぞれにあった支援につなげていきたくても、手が回らないのです。
座間市社会福祉協議会 加藤あずささん
「貸付当時は窓口に希望者が殺到したので、なかなか1人にお時間をゆっくりかけてお話をお伺いできませんでした。申し込んでいる人は今お困りなので、迅速な対応が必要でした」

つながりを作るきっかけに…

そうした中、新たに始めたのが食料品などを無償で配布する「フードバンク」です。
返済できない人や生活に困っている人を見つけて、少しずつ支援につなげようとしています。
座間市社会福祉協議会 加藤あずささん
「もともとギリギリの中で生活をされていて、コロナという未曽有の状況になって、生活が回らなくなってしまったという状況の人がたくさんいます。償還が始まりましたが、『困っている』となかなか声を上げられない人たちもいると思います。そうした人たちとどのようにつながりを築いていくかを模索しています」

支援・相談の充実を

生活困窮の問題に詳しい長野大学の鈴木忠義教授に、現状と対応策を聞きました。
長野大学 鈴木忠義 教授
「特例貸付は借りたお金ではあるが、返済のために生活が成り立たなくなるのは本末転倒だ。今後は、免除の対象を拡大するなどの対応が必要ではないか。一時的な貸付だけではなく、継続的な支援ができるよう相談体制の充実も含めた対策など、生活困窮者の支援制度の在り方を考える時期に来ている。社会福祉協議会や支援者など担当者だけでなく、多くの人が関心を持って考えていく必要がある」

生活困窮の実態 社会としてどう向き合うか

今回の取材で、新型コロナの影響はもともとギリギリの生活をしていた世帯で特に深刻であることを改めて思い知らされました。

社会が「コロナ後」に向けて大きく動いている今も、苦しい生活を余儀なくされている人は少なくありません。

特例貸付の返済が始まったことで浮かび上がってきた生活困窮の実態に、社会としてどう向き合っていくのか。

今後も取材を続けていきます。
横浜放送局 小田原支局 記者
北村 基
2017年入局
宇都宮局を経て横浜局
新型コロナの経済・雇用への影響を継続して取材
横浜放送局 記者
佐藤 美月
2010年入局
すべての子どもが生き生き暮らせる社会をテーマに取材
子どもの権利と切り離せない困窮や貧困についても取材を続ける