“干しいも”で起死回生?

“干しいも”で起死回生?
「地元のアパレル企業が干しいもを作っている」

茨城県内のビジネス関係者からこう聞いたのは、去年の暮れのことでした。茨城県はさつまいもの生産量で全国2位とはいえ、なぜアパレルの企業が?これは現場を見るしかないと、私はさっそく取材に向かいました。(水戸放送局記者 安永龍平)

アパレル企業 本気の挑戦

取材に訪れたのは、婦人服の製造・販売を手がける茨城県ひたちなか市の「フクダ」です。
創業は半世紀前の1972年で、福田勝也社長(45)が12年前から2代目として経営を担っています。

社員はおよそ110人で、関東や東北などのショッピングモールに20店舗余りを展開しています。

さっそく社内を案内してもらうと、服がストックされている倉庫の隣に大量のさつまいもが保管されている倉庫がありました。
およそ100トンのさつまいもを保管することができ、温度や湿度はAI=人工知能で管理しているといいます。

その倉庫の向かい側にあるのが干しいもの加工工場です。

去年12月に稼働を開始し、週に2日、社員が干しいもを製造しています。
倉庫や加工工場の整備にかかった費用はなんと1億円。

これは思っていた以上に本格的です。

「どうしてアパレル企業が、さつまいもに?」

私の疑問に、福田社長は順を追って話してくれました。

さつまいもは“三方よし”

きっかけは2020年に始まった新型コロナウイルスの感染拡大でした。

行動制限などの影響で来店者が減り、コロナ前にはおよそ17億円あった会社の売り上げは30%あまりも落ち込みました。
売り上げの減少を受けて、福田社長は32あった店舗を24店舗に削減し、東京の事業所も閉鎖。

本社機能はひたちなか市に集約しました。

新型コロナの影響がいつまで続くのか見通しが立たず、アパレル業界の先行きも不透明な中で、強い危機感を抱いた福田社長は従業員の雇用を守り、新たな収益の柱となるような事業を立ち上げようと考えました。

そこで考えついたのが、さつまいもの生産への参入でした。
農業が盛んな茨城県は、さつまいもの生産量が鹿児島県に次ぐ全国2位で、本社があるひたちなか市は県内でも干しいも作りが盛んな地域です。

ところが、農林水産省の統計によると、茨城県の荒廃農地の面積は全国で7番目の広さにのぼり、農業の再生が課題となっていました。

このため、県ではさつまいも生産に乗り出した事業者に補助金を支給するといった事業を展開していました。

こうした事情を知った福田社長は地域貢献になることに加えて、県の補助事業が充実していること、そして近年の焼きいもブームなどさつまいもの需要に伸びがみられることから「さつまいもの生産は収益化が見込める」と判断し、参入を決めたのです。
福田勝也社長
「さまざまな事業を検討するなかで、さつまいもは、まさに“三方よし”と感じた。短期的に終わらせるのではなく、長期的に続け、収益の柱にできると思った」

“ファッションなのに”の声も

福田社長はさっそく会議で「畑を借りてさつまいもを育てよう」と説明しましたが、当時、社員からは驚きの声とともに反対の声すらあったといいます。

そこで社員のみなさんにその時のことを尋ねてみました。
40代 システムエンジニア
「『ちょっと何を言っているのか分からない』という気持ちになりました。ただ、詳しい話を聞いて、できるかもしれないと思うようになりました」
50代 物流担当
「まさか、と思いましたよ。自分が農業に携わるなんて、考えてもいなかった」
「社員全員が合意の上でのスタートではなかった」というこの事業ですが、福田社長はみずから地元の農家に栽培方法を学び、およそ5アールの畑でさつまいもと向き合ったといいます。
福田勝也社長
「『今は本業のアパレルを頑張るべきではないか』、『ファッションなのに全く関係ない農業をやるなんて』。反対の声はもちろんありました。だからこそ、率先して動いて背中を見せることで、社員のやる気に火を付けたかった」

コロナ禍に原材料価格の高騰が追い打ち

コロナ禍による需要の減少で本業で初めての赤字となる中でも、福田社長はさつまいもを干しいもに加工する施設を建設するため、1億円の設備投資に踏み切りました。

ところが、そこにロシアによるウクライナ侵攻と円安という新たな試練がふりかかります。

綿やウールといった海外から調達している原材料価格が高騰し、生地の値段が最大で4割も値上がりしたのです。
新型コロナによる行動制限の緩和で、ようやく売り上げが回復してきても、今度は利益が圧迫される事態に追い込まれました。

仕入れ先を変えたり、縫製の方法を変えたりしてコスト削減を図ったものの、限界があったといいます。

ファッションも干しいももカギは“若い女性”

こうした逆境の中でも、去年12月からは、収穫したさつまいもを使った干しいも作りが始まりました。

ふだんは経理やバイヤーなどとして働いている社員たちが帽子と白衣に着替え、蒸したさつまいもの皮をむいていきます。
干しいもというと、かつては地味なイメージがあったかもしれませんが、今、世間は干しいもブーム。

優しい甘みで食物繊維が豊富、ダイエット中のおやつにぴったりだと若い世代にも人気で、女性向けの雑誌でも取り上げられています。

脂質が少ない炭水化物として、筋トレに励む人たちの間でも人気があるようです。

若い世代、女性といえば、本業のアパレルのターゲット層と重なります。

そこで福田社長たちは、干しいもを売り出す際のデザインにもこだわりました。
洋服の隣に並んでいても全くおかしくない洗練されたイラストにし、小腹がすいたときに気軽に食べられるよう、あるいはジムでのトレーニングの合間にも食べられるようにと、個包装の商品も作りました。

将来はアパレルに次ぐ柱の事業に

売れ行きは好調で、この2か月ほどでおよそ3000個の商品を販売し、数百万円を売り上げました。

ことし1月には新たなさつまいもの農地を購入し、これまでの10倍にあたるおよそ7ヘクタールを確保したということで、今後は通年で干しいもを生産できるようにしたいとしています。

今はまだ小さな事業ですが、福田社長は将来的には本業と同じ規模の売り上げへと伸ばしたい考えです。

近隣に新たな企業が進出し、人材の確保が課題となる中、会社はことし6月から最大で5%の賃上げを行う方針です。

福田社長は新たな事業を軌道に乗せ、持続的な賃上げにつなげたいとしています。
福田勝也社長
「新型コロナやウクライナ侵攻、それに原材料価格の高騰など経営環境はめまぐるしく変化しますが、何が起きても対応できるような柔軟性を備えなければいけないと考えています」

変化への対応が生き残りのカギ?

新型コロナに原材料価格の高騰と、企業は環境変化への対応を次々と求められています。

異業種への挑戦は、こうした厳しい環境でも何とか生き残ろうとする経営者の懸命な努力の裏返しだと言えそうです。

福田社長の姿にこの時代を生き抜くためのヒントもあるのではないかと感じました。
水戸放送局記者
安永龍平
2019年入局
北九州局を経て2022年から現所属
経済担当