WBC 栗山英樹監督「すべては次世代のために」【特集】

「日本の子どもたちがかっこいいと思って、野球をやりたいと思ってくれるはず。それがうれしい」

2009年以来、3大会ぶりのWBC=ワールド・ベースボール・クラシックで優勝。世界一の称号を勝ち取った選手たちを見つめる指揮官の視線の先には、白球を追いかける未来の子どもたちの姿がありました。
(スポーツニュース部 記者 金沢隆大)

”世界一奪還”の続きは

おととし12月、日本代表の監督に就任した際に栗山英樹監督が掲げた目標はもちろん「世界一奪還」。
2022年7月
しかし、この目標には続きがありました。

「野球界の未来のために。次世代の発展のためにやっていきたい」。

プロ野球選手を引退後はスポーツキャスターとして高校野球から大リーグまで幅広く取材を続けた栗山監督は常に「大好きな野球」を学び、身近に感じながら活動してきました。

北海道栗山町にある自宅には少年野球ができるグラウンドを整備。
これまでの取材や人脈を生かして収集したプロ野球選手や大リーガーのユニフォーム、道具といった野球グッズを触れられるように展示して、少しでも野球に興味を持ってもらい裾野を広げようと力を尽くしてきました。

(栗山英樹監督)
「大リーグは大好きで、それこそ100回以上取材に行ったし、そこでグッズとか買って集めていた。この野球場で初めてキャッチボールをしたという親子もたくさんいるよ」

”ドリームチーム”が出来るまで

「野球界の未来のために」。

その信念は14年ぶりの世界一奪還を託されたチーム作りにも表れていました。
栗山監督が代表メンバーを選ぶ際に重視したのは技術面はもちろんのこと、選手の心構えにも及びます。

そして、何より「魂があって感動を与えられる選手」という条件がありました。

この条件にあうメンバーに声を掛けていく中で、日本ハム時代の教え子でもある大リーグ、エンジェルスの大谷翔平選手も招集できることになります。
さらに、2009年のWBC優勝を知るダルビッシュ有投手の参加も引き出し「史上最強」の呼び声高いドリームチームが形作られていきました。

特に今回のメンバーで唯一、世界一を経験していたダルビッシュ投手は自らの経験から目標を成し遂げるために「侍ジャパン」自体の成長が不可欠だとして、チームの一体感の醸成にひと役買いました。
“ダルビッシュ ジャパン”
自身の所属チームでの調整よりも「侍ジャパン」での活動を優先し、2月17日から始まった宮崎合宿から参加しました。若い選手たちと積極的に「意見交換」を行い、投手だけでなく野手とも交流を深めました。

栗山監督も「“ダルビッシュ ジャパン”と言えるほどの存在。いろんなことを我慢して、日本のために尽くしている」とその姿に敬意を払いました。
“ペッパーミル・パフォーマンス”で一体感
そして、プロ野球で力を発揮している選手たちが、ダルビッシュ選手はもちろん、大谷選手やヌートバー選手などから刺激を受けていく様子をこう表現しました。

(栗山英樹監督)
「チームに化学変化が起きた。間違いなく彼らの野球人生にとって、すばらしい経験になる」

広がり続ける「化学変化」の力

迎えたWBC開幕。
大谷選手の投打二刀流をはじめ、大リーガーを日本で見られるということもあり東京ドームで行われた1次ラウンドと準々決勝の5試合には、いずれも4万1000人を超えるファンが駆けつけました。
「日本が世界一になった大会を見て、自分もずっと出たいと思っていた」とWBCへの強い意欲を話していた大谷選手が、その喜びを体現するかのように打って、投げて、走ってと縦横無尽にグラウンドで躍動する姿を多くの野球ファンが目に焼き付けました。
代表チームの中で起きた「化学変化」が、勝ち進むごとに見る人たちへも広がっていきます。
そして、アメリカに勝負の舞台を移す中で、栗山監督も決意を新たにします。

「WBCが日本の野球の未来につながっている」

過渡期を迎えているという野球界にとって今大会の結果が重要なものになると強調しました。
(栗山英樹監督)
「野球の生まれたこの地で大リーガーが集まるアメリカを倒して世界一になる。立ち向かう姿を見た子どもたちが『日本代表いいな。選ばれたら絶対にそこでプレーしたい』という空気を作りたい」
そのために勝たなければならない準決勝のメキシコ戦は劇的な試合となりました。
準決勝 逆転サヨナラタイムリーの村上宗隆
一度もリードを奪えない苦しい展開の中、1点を追う9回に不振にあえいだ村上宗隆選手に、ためらうことなくチャンスの場面を託してサヨナラ勝ちを手にします。
2大会連続で涙をのんだ準決勝をドラマチックな試合運びで突破しました。

さらに、決勝は想像を超える展開になります。
ダルビッシュ投手など6人の投手リレーでリードを守り、3対2で9回表を迎えました。
抑えれば優勝と重圧のかかるマウンドに栗山監督が送ったのは大谷選手でした。

2アウトランナー無しと、あと1人の場面。

打席にはアメリカのキャプテンで、エンジェルスで大谷選手のチームメートでもあるトラウト選手。日米が誇るスター選手の対戦に会場のボルテージは最高潮に達します。

その世界最高峰の勝負を締めくくったのは大谷選手のアウトコースに大きく曲がるスライダーでした。
優勝を決めると大谷選手はおたけびをあげてグラブと帽子を放り投げ、喜びを爆発させました。

その喜びをかみしめながら大谷選手が優勝後のインタビューで語った、そのことばは、栗山監督が抱いてきた思いそのものでした。
(大谷翔平選手)
「第1回大会から先輩方がすばらしいゲームをして、ここでやりたいと思わせてくれたことが一番。今回の大会で、そういう子どもが増えたら本当にすばらしいことだと思う」

最高の結果がつなぐ”野球の未来”

試合後の会見場に姿を見せた栗山監督の表情は、まだ少し直前まで勝負に臨んでいた指揮官としての緊張感を残したものでしたが、会見が進むと徐々に野球を愛する1人の野球人として、北海道で子どもたちのキャッチボールを見つめているまなざしへと戻っていきました。
「日本の子どもたちがかっこいいと思って、野球をやりたいと思ってくれるはずだし、それがうれしい」

2023年3月に開催された第5回WBC=ワールド・ベースボール・クラシック。
歓喜の中、優勝トロフィーを日本代表が掲げたそのシーンは、栗山監督がこだわり続けた”野球の未来”を担う次の世代にバトンが託された瞬間でもありました。