信頼できる?相次ぐ“脱炭素”宣言

信頼できる?相次ぐ“脱炭素”宣言
今月20日、国連のIPCC=「気候変動に関する政府間パネル」が最新の報告書を発表し「地球温暖化対策はまったなし」と強調しました。

報告書で、人為的な温暖化を抑えるために重要な取り組みと位置づけられたのが「ゼロカーボン」。産業や人々の暮らしから排出される二酸化炭素などの温室効果ガスを実質ゼロにすることを目指す取り組みです。

シンクタンクなどの調べでは、世界ではおよそ1720の企業が取り組みへの参加を表明。多くの自治体も、この目標を掲げています。

日本では2019年、各地の自治体が相次いで「ゼロカーボン」を目指すと打ち出しました。あれから数年が経ち、取り組みはどこまで進んだのか。宣言はしてみたものの、それだけで終わっていないか。

自治体の「ゼロカーボン」のその後を調べてみました。

(国際部記者 杉田沙智代・松田伸子)

『ゼロカーボン』 一大ブームになったものの…

「ゼロカーボン」ということばを耳にするようになったのは、2019年。

当時、2020年から始まる温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」を前に、温暖化対策に取り組まなければならないという機運が国際社会で高まっていました。

この機運を受けて、2050年にゼロカーボンを目指すことが世界共通の目標となり、国や自治体、企業が相次いで目標に掲げることを表明したのです。
日本国内でも、当時の小泉環境大臣の後押しで、自治体が相次いで「ゼロカーボン」を宣言。

いまやその数は871にのぼっています(2023年2月末時点)。
宣言した自治体は、2050年に産業や人々の暮らしから排出される二酸化炭素などの温室効果ガスを実質ゼロにすることを目指して、どのように動き出しているのか。

試しにいくつかの自治体に電話をしてみると…。
(記者)「どうやって進めていく予定ですか」
(自治体A担当者)「まだ決まっていません」

(記者)
「計画はどのように作っていきますか」
(自治体B担当者)「どこから手をつけていいのかわからないでいます」
30ほどの自治体に話を聞いてみましたが、どこも、数十年先のゴールに向けて、具体的にどのように取り組めばいいのか、その計画作りに悩んでいました。

どうやって達成する? 模索する自治体

計画づくりのなにが難しいのかを探ろうと、1つの自治体に向かいました。2019年に「ゼロカーボン」の目標を掲げた、鳥取県北栄町です。
以前から町内に風力発電や太陽光発電の設置を進めてきていた北栄町では、当初、再生可能エネルギーの導入をさらに進めていけば、二酸化炭素の排出を実質ゼロにできると見込んでいました。

ところが、分析をすすめると、再生可能エネルギーを増やすだけでは、目標の達成は難しいと見込まれることがわかったといいます。
町の2019年度の二酸化炭素の排出量はおよそ7万4000トン。

一方、再生可能エネルギーの導入で削減できる二酸化炭素の相当量は、そのわずか4分の1だったのです。

町は、再生可能エネルギーを増やす方法がないか、専門の業者に依頼し調査に乗り出しています。それと同時に、二酸化炭素の排出そのものを削減しようと模索を始めています。
北栄町地域エネルギー推進室 山本公司室長
「再生可能エネルギーを増やせる量には限界がある。必要とする量まで増やせないのであれば、そもそも電力を使わない、使っているエネルギーをまずは減らすという取り組みが求められると考えました」
二酸化炭素の排出削減を進めるには、住民の理解と協力が欠かせないと考えた町。まず、住民の有志を集めてワークショップを開き、アイデアを募りました。

住民からは、北栄町の主要産業の農業で使う農業用機械をEV=電気自動車に変えるアイデアや、住宅の屋根に太陽光パネルを設置する事業を進める提案などがあがります。
その後も、専門家を招いて脱炭素経営に関する講演会を地元の企業向けに開いたり、2050年にゼロカーボンを達成するための対策の取りまとめを進めたりするなどして、町全体の機運を高めていこうとしています。
北栄町地域エネルギー推進室 山本公司室長
「まだ正直、何をすればいいのか分からない。しかし、町としては、何かをしないといけないという問題意識の中で、ゼロカーボンを宣言した。目標というものは、ゴールが長期になると、なかなか、どこに向かっていくかわからなくなる。まずは近いところで目標を達成しながら、最終的にはゼロカーボンを目指したい」

宣言するだけじゃだめ 国連の危機感

多くの自治体が手探りの模索を続けるなか、国連が新たな手を打ちました。
「うわべだけの宣言を私たちは容認すべきではない」
2022年11月、エジプトで開かれた国連の気候変動対策の会議「COP27」で、国連のグテーレス事務総長が訴えたことばです。

長期的な目標であるがゆえに、どうしても具体的な計画を立てるのが難しい「ゼロカーボン」。

これは日本に限らず、世界の共通した課題となっています。

この問題意識から、国連の専門家グループが「ゼロカーボン」の目標の信頼性を高めるための新しい基準を公表したのです。
公表された新たな基準では、
▽2025年までの削減目標をまず設定し、少なくとも5年ごとの目標や計画を立てること、
▽目標の進捗状況について、毎年、第三者が検証可能な内容を報告すること、
▽化石燃料からの脱却をどう進めるかを公表すること
などを提言しています。

国連は、新たな基準が目標の信頼性を担保し、自治体や企業が説明責任を果たすための手引きになるとしています。

目標に関する国連の提言の策定に関わったメンバーは、次のように指摘しています。
国連 専門家グループメンバー 三宅香さん
「いま温暖化は深刻な状況にあり、目標を実行に移していかないと、地球は救えない。今回の基準を道しるべにして、技術面や資金面、そして人材面について、国、自治体、企業が相互に支え合って取り組んでいかないといけない」

海外の自治体では

取材を進めると国連が提言をまとめる前から、その基準に近い形で取り組んでいる海外の自治体がありました。環境先進国とも言われる北欧デンマークの街です。
訪ねたのは、首都コペンハーゲンから車で1時間半ほどのところにある、人口4万余りのロラン市。沖縄本島と同じくらいの広さの平地に、てんさいや小麦などを栽培する広大な畑が広がっています。

車を走らせると、農地の真ん中でたくさんの風車が回っていて、とてものどかな地域です。
ロラン市が2050年までに「ゼロカーボン」を目指すという目標を掲げたのは2021年のこと。

デンマークが国として「ゼロカーボン」を宣言したことを受けてのことでした。

市は、それから1年ほどかけて、現状の分析やどうやって削減していくのかをまとめた計画を作成しました。

計画では、中間目標として、2030年に2017年と比べて50%削減を目指すという目標を立てています。

さらに、国連の基準でも求められている、定期的な計画の更新と進捗状況の公表を行うことにしています。

目標達成が困難でも情報開示が大事

この計画をまとめる際に中心的な役割を担ったのが、二酸化炭素の排出の計算などの専門知識を持った「気候コーディネーター」のリキッツェ・ラセンさんです。

デンマークでは2019年から、この「気候コーディネーター」を置く自治体が増え、今ではほぼすべての自治体に広がっています。

ラセンさんによると、ロラン市では風力発電が盛んで、市民が使う電気の8倍の発電量があるため、発電からの二酸化炭素の排出はすでにゼロになっています。
では、どこから排出されるかというと、暖房などのための熱供給が31%、運輸が28%、農業が37%で、この3分野であわせて95%以上を占めています。

このうち、暖房などのための熱供給からの排出量については、ゼロにするめどがみえてきたといいます。

一方、運輸や農業の分野では2050年にゼロにすることが難しいことがわかりました。

農業用のトラクターなどは、今の技術では化石燃料を使わざるを得ず、農業に使われる肥料からの排出も残ってしまうのです。

ラセンさんは、現状のままでは、目標を達成できないことを正直に市民に示しています。

そして、少なくとも2年に1度は計画の進捗を示した上で、市民から削減に向けた新たなアイデアを募ろうとしています。
気候コーディネーター リキッツェ・ラセンさん
「自治体と市民が一体となって努力し続けなければ、ゼロカーボンの目標は達成できません。目指す将来像を示せば、考えてくれる人が出てきます。それを計画に組み込んでいくことが大切なのです。常に新たな取り組みを生み出せないか考えていくつもりです」

動き出す市民も

デンマークではこうした市の姿勢を受けて、自発的に取り組みを始める市民も現れています。

てんさいなどを栽培する大規模農家のレオ・ファビンケさんが数年前に導入したのは、太陽光で動く自動種まき機です。
晴れた日に畑に出しておけば、時速80メートルでゆっくりを進みながら、種をまいていきます。

GPSを利用して、1センチ単位で設定できると言います。

さらに、種をまいたあとの畑の雑草取りも自動でできるといいます。
太陽光でバッテリーを充電するため、一晩中、自動で作業をしてくれるということです。

この機械を使うことで、ガソリンで動く従来の種まき機は不要になりました。

価格は1000万円ほどしましたが、燃料費や人件費がうくため、ゆくゆくは採算がとれると考え、購入を決めたといいます。
レオ・ファビンケさん
「私たちは、環境にどんな影響を与えているか意識的でなければならないのです。消費者も、二酸化炭素の排出が少ない方法で栽培された作物を求めるようになります。世界は脱炭素の方向に向かっていくのです」
デンマークでは、市民の取り組みを促そうと、数年前から、環境に配慮した農業機器の購入費に最大30%の補助金を出す制度を設けていて、ファビンケさんのように動き出す農家が増えることが見込まれています。
気候コーディネーター ラセンさん
「排出削減につながる機器の購入などには、国の補助金がありますので、それを市民に周知して理解してもらい、行動を促しています。最後は消費者が日々の生活を変えないといけないのですから」

取材を終えて

2050年に、産業や人々の暮らしから排出される二酸化炭素などの温室効果ガスを実質ゼロにすることを目指す「ゼロカーボン」。

いまからおよそ30年後のこととなると、どうしてもはるか先のことのように感じられ、自分事として捉えるのが難しくなりがちです。

一方、デンマークの取材で印象的だったのは、「脱炭素社会」がやってくることを疑う人が少ないことでした。

そして、「ゼロカーボン」に向けた取り組みが、「環境によい」だけではなく、新たなビジネスにつながるという機運が高まっていることでした。

国連のグテーレス事務総長も指摘する「うわべだけの宣言」にしないためにはどうすればいいのか。一人一人が知恵を出し合っていく必要がありそうです。
国際部記者
杉田沙智代
2010年入局
和歌山局 大阪局を経て2016年から社会部
国土交通省や環境省、厚生労働省などを担当し2022年8月から現所属
国際部記者
松田伸子
2008年入局
社会部を経て現在、国際部で気候変動やジェンダーの問題を中心に取材