乗れないエレベーター

乗れないエレベーター
デパートなどでエレベーターの扉が開いても、満員でなかなか乗れないという経験、ないでしょうか?

車いすやベビーカーの利用者にとっては、今いるフロアから移動できないという深刻な問題なんです。街なかに人出が戻る今“乗れないエレベーター”について考えてみました。
(福岡放送局記者 早川俊太郎)

2階から1階に降りたいだけなのに…共感呼んだ訴え

「え、また乗れない…」

エレベーターの扉が開いた時、最前列の人が気まずそうに視線をそらすお決まりのシチュエーション。
私(記者)も息子が生まれてベビーカーを利用するようになって、視線をそらす側からため息をつく側に変わりました。

商業施設などの途中の階でたびたび遭遇する、エレベーターに乗れないという問題。私はおととし東京から福岡に転勤しましたが、変わらずこの問題に直面しています。
ほかの人たちは困っていないのかと気になって調べてみると、SNSで拡散しているある切実な訴えが目にとまりました。
「2階から1階に降りたいだけなのに。人が多くて乗れなくて15分ぐらい待ってた。トイレにも行きたくて、障害があって我慢できないから漏れとの戦い」
発信したのは、車いすを利用するユーチューバーの渋谷真子さんです。
車いすユーザーもエレベーターが利用できなければ、ほかの階に移動できません。

身近にありながら意外に深刻な問題だと感じ、渋谷さんに話を聞きました。
現場となった博多駅の商業施設のエレベーターまで渋谷さんに案内してもらうと、あることに気がつきました。
エレベーターの扉に、障害者やベビーカーの利用者の優先マークがついているのです。
実はこの商業施設ではすべてのエレベーターを、こうした方たちの優先にしているということです。
ただ、車いすの渋谷さんに、スペースを空けてくれる人は1人も現れませんでした。
ユーチューバー 渋谷真子さん
「エレベーターが到着するのに時間がかかって、来たら来たで人がたくさん乗っていて、乗れませんでした。トイレにもすごく行きたくて。ほかの歩ける方たちは、階段とかエスカレーターとかの選択肢があるなかで、どうなんだろうか、という思いでつぶやきました。ただ、車いすユーザーにとってはあるあるな話で、そういうもんだよね、という思いもありました」
渋谷さんの投稿にはさまざまな意見が寄せられました。
「誰も声かけしてくれないの?」

「正直このシチュエーションは想像しなかったです。やっぱり言われないと気づかないことってありますよね」

「エスカレーターも利用できるのであれば、できればそちらを利用してほしいですね」
中には、解決策のひとつとして、「譲ってくれるよう、自分から声をかければいいのに」という声もありましたが…。
ユーチューバー 渋谷真子さん
「いやあ、自分から譲ってくださいとはなかなか言えませんよ。みんなも苦労してエレベーターに乗り込めたのかなと想像すると、譲ってくださいとは言えないなと思いますね」
確かに、視線をそらして乗り続ける人たちに向かって「譲ってください」と声をかけるのはなかなかハードルが高そうです。

仮にお願いする場合も、声かけのたびに精神をすり減らしそうです。

エレベーターに乗れないベビーカーの親子

祝日に再度、同じ商業施設を訪ねると、やはり、エレベーターに乗れずに困っている多くの人たちに遭遇しました。
中でも印象的だったのが、8階のフロアで出会った3人の小さな子どもと一緒のお母さんの姿です。
帰省のついでに立ち寄ったそうで、左手でベビーカー、右手にはキャリーケースを持っていました。
ただ、時間はあいにくのお昼どき。上の階にはレストラン街があるため、エレベーターの扉が開いても開いても人がいっぱいで、乗り込むことができずにいました。
母親
「ベビーカーを利用していると、乗れないことはよくあります。子どもが3人いてエスカレーターも難しいので、ちょっと困ります。ほかの皆さんも順番を待っているので、ずかずかと乗り込みにくいです」
ベビーカーが乗れそうなスペースがあるエレベーターが来ても、身軽な人たちが我先にと乗り込んでしまいます。

10分以上待ってやっと乗れたエレベーターは、行きたい方向とは逆の、上に向かうものでした。一度、上の階まで行って、そのまま下に降りることにしたようです。

解決策を模索する商業施設

多くの商業施設が同様の問題を抱えていて、さまざまな対策を講じていますが、解決は一筋縄ではいかないようです。
そうした中、福岡の私鉄、西日本鉄道が運営する福岡市・天神にある商業施設では、かなり踏み込んだ取り組みが行われていると聞き、訪ねてみることにしました。
施設に到着してまずエレベーターを見てみると、上にも扉にも横のポスターにも、大きな「専用」の文字があります。

福岡の中心繁華街にあるこの施設は、土日や祝日を中心に多くの人でにぎわいますが、エレベーターが3台しかなく、混雑が長年の課題となっていました。
改善を望む声が寄せられていたこともあり、7年前からこのうち1台を障害者やベビーカーユーザーの専用エレベーターにしているということです。

利用者からは歓迎する声が聞かれました。
「とても便利で、助かります」

「県外から来てるんですけど、福岡いいねって」
一方で、現場で取材していると、課題も見えてきました。
若者など、明らかに「専用」の対象ではなさそうな人たちも、次々とエレベーターに乗り込んでいくのです。

実際に、あるベビーカーユーザーからは、こんな声が聞かれました。
「専用エレベーターの対象ではない人が乗っているので困ります。なかなか乗れないことの方が多いです」
この施設では、十分とは言えないものの、一定の効果がある今の取り組みを続けながら、さらに改善を目指すとしています。
西鉄 ソラリアプラザ 向江亮祐さん
「それぞれのフロアやエレベーターの中に、常に人を配置して案内するのは現実的には難しい状況です。中にはちょっとルールを守っていないお客様がいるという声は把握しており、そこは私たちも工夫しながら、最終的には本当に必要とされるお客様が乗りやすい状況にしていきたい」
この専用エレベーター、実は、SNSで話題になった博多駅のあの商業施設にも、去年11月まではあったのです。

ただ、専用を設けて以降、施設側に対して「ベビーカーの付き添いの人が何人も乗っているのはおかしい」といった意見や、外見からは障害者とわからない人から「障害者手帳を見せないと乗ってはいけないのか?」といった声などが寄せられたといいます。
JR博多シティ 田中充徳 お客さま相談室長
「いろいろなご意見があったのは事実で、すべてのお客様にとって1番いい方法は何だろうということで、いったん専用をやめて、すべてのエレベーターを優先にすることにしました」
ただ、期待とは裏腹に、必要とされる人たちが優先される環境は生まれませんでした。

専用エレベーターの復活を求める声が多く寄せられていることから、この施設ではことし3月に再び専用エレベーターを設置したのです。
JR博多シティ 田中充徳 お客さま相談室長
「車いすやベビーカーの方は、階の移動がエレベーターに限られます。エスカレーターを利用できる方は、できるかぎりそちらを利用いただき、多くの方がスムーズに移動できるようになることを願っています」

エレベーターでも「譲る」 広まるか

施設側の取り組みだけでなく、解決にはわれわれのマナーの改善も求められそうです。

電車やバスなどでは席やスペースを「譲る」という意識がある程度浸透していると思いますが、エレベーターをめぐっては「譲る」という発想自体が、まだ多くの人にとって無いのが現状だと感じます。

まずは、エレベーターで困っている人たちの現状を広く社会で認識すること。

その上で、自然に「譲ろう」という気持ちになるような機運をいかにつくっていくかがカギになりそうです。
福岡放送局記者
早川俊太郎
経済部などを経て現所属
遊軍として身近な気になる話題を取材