袴田巌さん 再審決定まで40年余 なぜここまで時間がかかるのか

57年前に静岡県で一家4人が殺害された事件で、死刑が確定した袴田巌さん(87)の再審=裁判のやり直しが決まりました。死刑が確定した事件で再審が行われるのは5件目で、過去4件はいずれも無罪となっています。袴田さんが無実を訴え裁判のやり直しを求めてから40年余り。なぜここまで時間がかかるのか、指摘されているのが「再審法」の問題です。

揺れた司法判断

当時の事件現場 1966年
死刑判決の確定からこれまで袴田さんは司法の判断に翻弄されてきました。

事件が起きたのは1966年(昭和41年)。いまの静岡市清水区でみそ製造会社の専務の家が全焼し、焼け跡から一家4人が遺体で見つかりました。
強盗殺人などの疑いで逮捕されたのが、元プロボクサーで会社の従業員だった袴田さんです。

裁判では無罪を主張しましたが、静岡地方裁判所は死刑を言い渡しました。

証拠が限られる中、決め手となったのが現場近くのみそタンクから発見された血痕のついたシャツなど「5点の衣類」です。
袴田さんが犯行時に着ていて、その後隠したものだと認定されました。

2審の東京高裁でも最高裁判所でも無罪の主張は退けられ、1980年(昭和55年)に死刑が確定。翌年、袴田さんの弁護団は再審を申し立てます。
最高裁まで争いましたが、2008年(平成20年)に再審を認めないという判断が確定しました。

この時点で申し立てからすでに27年が経過していました。

弁護団はすかさず2回目の再審請求を申し立てます。

9年前の2014年(平成26年)3月、静岡地裁はDNA鑑定などをもとに「5点の衣類」は袴田さんのものではないとして再審を認め、拘置所に収容されていた袴田さんを釈放する決定を出しました。

死刑囚の釈放が認められるのは初めてのことでした。
静岡地裁が再審認める決定 2014年
しかし、この決定を不服として検察が抗告。2018年(平成30年)、東京高裁は地裁の決定を取り消し、一転して再審を認めませんでした。

これに対し今度は弁護側が不服として最高裁判所に特別抗告。最高裁は2020年(令和2年)「審理が尽くされていない」として東京高裁に差し戻します。

そして今月13日、2回目の申し立てから15年を経て、東京高裁が改めて再審を認める決定を出しました。
東京高裁が改めて再審認める決定 今月13日
死刑判決の決め手となった「5点の衣類」について「有罪の根拠とされた証拠に合理的な疑いが生じた」と指摘し、捜査機関によるねつ造の疑いにまで言及しました。

検察が特別抗告を断念したことから東京高裁の判断が確定し、ついに袴田さんの裁判はやり直されることになりました。

「再審法」具体的な手続きは定めず

再審請求に時間がかかるのは今回に限ったことではありません。

先月、大阪高裁が再審を認める決定を出したいわゆる「日野町事件」は、39年前の1984年(昭和59年)に滋賀県日野町で起きた強盗殺人事件です。

無期懲役が確定した男性は服役中に75歳で死亡しています。

大阪高裁の決定を不服として検察が最高裁に特別抗告したため、審理はさらに長期化する見通しです。
なぜ再審請求には時間がかかるのか。その要因として指摘されているのが「法制度の不備」です。

再審に関する規定(再審法)は刑事訴訟法にある19の条文のみ。これらは大正時代から一度も改正されていません。

しかも手続きの進め方などが具体的に定められていないため、裁判官の裁量に委ねられているのが実情だと言われています。
中でも課題だとされている1つが「証拠の開示」に関する具体的な規定がないことです。

通常の刑事裁判と違って明確なルールがないため、現状では裁判所が必要と判断した場合には検察に証拠の開示を命じます。

袴田さんのケースでも「5点の衣類」の写真などは2回目の再審請求の審理になって検察が新たに開示したものでした。

捜査機関がどのような証拠を持っているのか分からない中、“手探り”で争いを続けることで審理の長期化につながっているというのです。

もう1つ、長期化の大きな要因と指摘されているのが、裁判所が出した再審開始決定に対して不服を申し立てる「抗告」が認められていることです。

裁判所が再審開始を認めても、抗告が繰り返されれば審理が長引くため、日弁連=日本弁護士連合会は、仮に有罪を主張するのであればやり直しの裁判で行えばいいなどとして、検察官による抗告は禁止すべきだと訴えています。

若者が考える「えん罪」と「再審」

「えん罪」や再審法の問題に関心を抱く若者もいます。

京都府の大学生、石川愛麻さん(19)は、小学生のころテレビドラマをきっかけに弁護士の仕事に興味を抱き、高校生になるとえん罪事件について自分で調べるようになったといいます。
地元の弁護士会からの誘いを受け、ほかの大学生と一緒に実際の事件現場を訪れたり、再審で無罪が確定した人と面会したりもしました。

(石川愛麻さん)
「いろいろ調べていても気持ちのどこかで『えん罪はドラマの世界の話だ』という感覚でいました。しかし、実際にえん罪の被害に遭った人たちのお話を聞いて深刻な問題だと実感しました」
去年9月には静岡県を訪れ、袴田さんと姉のひで子さん、それに袴田さんを支援する人たちにも直接会って話を聞きました。

(石川さん)
「袴田さんは拘置所で毎朝、自分が殺されるかもしれないと思いながら過ごしていたと思います。そんな恐怖とずっと向き合っていたら、この世界から逃げたくもなるだろうと感じたし、袴田さんがそこまで追い込まれたことを社会として考える必要があると思いました」

石川さんたちは調べた成果を去年12月の弁護士会のシンポジウムで発表しました。
えん罪を防ぐために何が必要か、再審法の課題についても仲間と議論を重ねています。

今月9日の話し合いでは「検察の抗告は、再審をするかしないかの段階で闘う権利を国家権力が奪っているような気がする」とか「裁判官によって進め方が異なるのは『再審ガチャ』みたいなものだと思う。手続きを定めた法律があれば良い」といった意見が出されていました。
石川さんは、多くの人に「我がこと」として関心を持って欲しいと考えています。

(石川さん)
「私自身も『法律家ではない自分が何かしたところで意味がないのでは』と思っていましたが、この問題は法律家だけの問題ではないと気がつきました。私たち市民が声を上げないと法律は変わらないと思っています」

諸外国は法改正の動き進む

再審に関しては、諸外国でも法律や制度を見直す動きが広がっています。

日弁連の再審法改正実現本部によりますと、ドイツでは1964年の法改正によって、再審開始決定に対する検察官の抗告が禁止されたほか、イギリスは政府から独立して再審事件を調査する公的機関を1995年に設置しました。

また、台湾も2015年以降、再審に関する法律をたびたび見直し、捜査段階で収集された証拠や記録を再審請求でも通常の裁判と同様に閲覧できるようになったほか、受刑者がDNA型鑑定を請求する手続きも明文化されたということです。
えん罪が明らかになったことをきっかけに法律や制度を見直した国が多く、再審法改正実現本部で本部長代行を務める鴨志田祐美弁護士は、日本も法改正を急ぐべきだと訴えます。

(鴨志田祐美弁護士)
「袴田さんのケースもそうですが、やり直しの裁判になる前の請求の段階でかなりの時間がかかっています。再審開始決定が出されても抗告によって審理が長引くのは制度の不備だと思いますし、再審無罪になった事件で『こんな証拠を隠していたのか』ということがあるのも事実です。間違いがあったときにどう向き合い、救済するかという点に軸足を置いた方が、国民の司法に対する信頼は得られると思います」
一方、国はどう考えているのでしょうか。

今月3日、齋藤法務大臣は記者会見で再審の課題や法改正について問われ「現時点において現行法の規定に直ちに手当てを必要とする不備があるとは認識していない」とした上で「いずれにしても再審制度のあり方は、確定判決による法的安定性の要請と、個々の事件における是正の必要性との調和点をどこに求めるかに関わるので、様々な角度から慎重に検討すべきものと考えている」と述べました。

請求から40年余を経て再審へ

今月20日、袴田さんの再審開始決定について検察が特別抗告を断念したことを知った石川さん。改めて法改正が必要だと感じたということです。

(石川さん)
「ニュースを聞いた時、巌さんや姉のひで子さんたちが57年間あきらめなかったことが報われる嬉しさと、再審で闘う権利をもらうのにこんなに長い時間がかかったことへの悔しさで涙が出ました。今の法律のままだとえん罪被害者を救えないと思います。多くのえん罪被害者が公平に救われる社会に変わってほしいと思います」

袴田さんの1回目の再審請求からまもなく42年。やり直しの裁判が開かれるのはこれからです。