“もったいない”から生まれた牛肉 海外へ

“もったいない”から生まれた牛肉 海外へ
島根県の畜産会社が手がける牛肉がいま、海外への輸出を伸ばしています。輸出拡大の後押しとなっているのが、この会社が独自に進める、ある取り組みです。その取り組みとは?(松江放送局アナウンサー 澤田拓海)

“もったいない”から生まれたおいしい牛肉

訪れたのは、雲南市の畜産会社「熟豊ファーム」。

社長の石飛修平さんが6年前に設立した会社です。

石飛さんが育てている牛は、普段私たちが食べている牛とは少し違います。

「経産牛」といって、文字通り出産を経験した牛です。
一般的に経産牛は、出産を繰り返した分、肉質が固く、調理用には向かないとされています。

多くの場合、ひき肉や加工肉、さらにはペットフードなどに回されますが、石飛さんの農場は、この経産牛を専門に育てています。

取り組みを始めたきっかけは、子どものころの経験にありました。

石飛さんは、近所の農場からもらうなどして、経産牛の肉をよく食べていました。
固さは気になったものの、濃い肉の味わいが好きだったといいます。

そこで2017年、経産牛が持つ本来のおいしさをもっと知ってほしいと、経産牛専門の畜産会社を立ち上げました。
畜産会社社長 石飛修平さん
「お母さん牛だからといって、価値が低いものとして見てるっていうのがすごくもったいなかった。和牛生産に経産牛はなくてはならないものなので、それを最後、潜在価値を高めてあげて、テーブルミート(食卓にのぼる肉)にできるところが、一番僕はうれしいことですね」

コロナ禍きっかけに輸出開始

現在、会社が直接飼育している牛は、およそ1000頭。

このうち、実に半分近くが、海外向けに輸出されています。

海外進出のきっかけは、コロナ禍でした。

石飛さんは経産牛を何とかおいしく育てたいと考え、エサや飼育環境を試行錯誤。

経産牛は仕入れ値が比較的安く済むので、その分、飼育にコストもかけられるといいます。

苦労の末出荷できるおいしさまで仕上げ、順調に事業を拡大していましたが、新型コロナの感染拡大で大きな打撃を受けます。

飲食店の休業や外出自粛などから、外食需要が大幅に落ち込み、牛肉の価格も急落してしまったのです。

新たな取引先を求めるなかで京都の市場に試しに出したところ、輸出を手がける地元の卸売会社の目に止まりました。

そして2020年秋から、共同で輸出を開始することになったのです。

実は経産牛、脂っこくない赤身の味わいが堪能できるとして、特にヨーロッパで好まれているということで、輸出先は現在、ヨーロッパを中心に、フランス、イギリス、スイスなど世界15か国にまで広がっています。

海外人気もう1つのカギは?

石飛さんの牛が海外で評価されているのには、他にも理由があります。

キーワードは「SDGs」。

SDGsで掲げられた気候変動対策などに、積極的に取り組んでいるのです。

その1つが「エサ」。

石飛さんの会社では、食用油の一種「アマニ油」を加えたエサを使っています。
牛にアマニ油を与えることで、地球温暖化の原因となる、牛のげっぷに含まれるメタンガスを減らす効果が期待できるとされています。

さらに、地元で捨てられるはずだった麺類やおからの搾りかすなどもエサに混ぜ、フードロスの削減も行っています。
もうひとつ、力を入れているのが、「アニマルウエルフェア」=「動物の福祉」の取り組みです。

牛舎というと、あの特有の臭いがするイメージがありますよね。

しかし、ここの牛舎の中で臭いをかいでみても、ほとんどにおいはしません。

牛舎の掃除をこまめに行っているほか、牛の寝床にコーヒー豆を混ぜることで臭いを消しているんです。
また牛たちは、広々としたスペースで飼育されています。

2頭ずつ配置され、ペアとなる牛は血統や性格などの相性を考慮して組み合わせます。
牛のストレスを和らげることで、肉質もよくなるといいます。

飼育の過程で、抗生物質を使わないのも、大きなこだわりの1つです。

日本の和牛を専門に扱うイタリア人のバイヤーも、こうした取り組みを高く評価しています。
イタリア人バイヤー
「この牛肉は、味から育て方まで、ほかの牛肉と全然違います。この農場は『牛の福祉』について、たいへん興味深い技術を持っていると思います」
このバイヤーによると、ヨーロッパのシェフや消費者の多くは、牛がどんな環境で育ったのかを聞き、購入する際の判断材料にするそうで、ここ10年ほどで、その傾向が特に強まっているということです。
畜産会社社長 石飛修平さん
「ヨーロッパは、動物福祉やSDGsは一般的というか、それが当たり前の環境のなかで畜産物が存在しているので、味がおいしくて、その取り組みがあるというところからすごく良い評価をもらっています」

畜産業を持続可能なものにするために

「サステナブル」=「持続可能な」をモットーにしている石飛さん。

このところの畜産業を取り巻く環境の変化は、取り組みをさらに後押しする形となっています。

その1つが、ロシアによるウクライナ侵攻などに伴う、飼料価格の高騰です。

石飛さんは、将来エサが手に入らなくなった場合のことも考え、去年から地元の農家と耕作放棄地を使って、エサとなる牧草やトウモロコシの栽培も始めました。

後継者不足などさまざまな課題を抱える日本の畜産業。

石飛さんは、海外にも通用する持続可能な畜産業の形を作ることが、この先も求められると考えています。
畜産会社社長 石飛修平さん
「SDGsの取り組みは、取り入れていかなければ、畜産業を継続していくのは難しい。海外の方に日本の和牛の味を知っていただきながら世界に広めていくために、経産牛の肥育をきっかけにできたらいいなと思っています」
松江放送局アナウンス
澤田拓海
2016年入局
長野放送局を経て、2019年から現所属
4月から名古屋放送局