イラク戦争から きょうで20年 その後の国際情勢に大きな影響

アメリカが国連安全保障理事会の決議を得ずにイラクへの武力行使に踏み切ったイラク戦争の開戦から20日で20年となります。開戦の大義に掲げた大量破壊兵器はイラクに存在せず、アメリカの威信を傷つけ、その後の国際情勢にも大きな影響をもたらしました。

イラク戦争は、2003年3月20日、アメリカ軍による首都バグダッドへの空爆で始まり、独裁的だったフセイン政権は3週間で崩壊しました。

アメリカは国連安保理の決議をえないまま一方的に武力行使に踏み切りましたが、開戦の大義に掲げた大量破壊兵器はイラクに存在せず、当時、唯一の超大国だったアメリカの威信は大きく傷つき、国連の限界も露呈させる結果となりました。

イラクではその後、イスラム教の宗派間の対立や過激派組織IS=イスラミックステートの台頭などで治安の悪化が続き、イギリスの民間団体によりますと、この20年でおよそ20万人の民間人が犠牲となりました。

また、隣国イランの影響力の拡大など、中東の勢力図やその後の国際情勢にも大きな影響をもたらしました。

ロシアのプーチン大統領はウクライナへの軍事侵攻に踏み切った当日の演説で「イラク侵攻は何の法的根拠もなく行われた。大きな犠牲と破壊がもたらされ、テロリズムが一気に広がった」と述べるなど、ウクライナ侵攻を正当化するなかでイラク戦争に言及していて、イラクやアメリカのみならず国際社会にとっても大きな禍根となっています。

“国連が機能不全に” 旧フセイン政権の外務次官

アメリカが一方的にイラクへの武力行使に踏み切ったイラク戦争の開戦から20日で20年になるのを前に、旧フセイン政権で外務次官を務めたムハンマド・ハムド氏がNHKのインタビューに応じました。

この中で、ハムド氏は開戦前のイラク国内の状況について「フセイン政権時代、国内で発言権があった人は誰もいない。すべてフセイン大統領が独断で決めていた」として、イラク政府内では誰も戦争を止めるための言動は取れなかったと振り返りました。

そのうえで「イラク国民は当初アメリカによって、フセイン政権が打倒され、よい未来が待ち受けていると期待していた。本当の民主主義を手に入れられると思ったが、アメリカはイラクを支配し、人々の利益になることは何も起きず、希望はすぐに失望へと変わってしまった」と述べました。

また、ハムド氏はアメリカが戦争の大義としていた大量破壊兵器が見つからなかったことについて「国連は開戦前、フセイン大統領の寝室まで調べ上げたが、何も見つからなかった。アメリカは大量破壊兵器を侵攻の口実に使ったにすぎない」と指摘しました。

そのうえで「アメリカはイラクを統治するため宗派主義、部族主義を利用した。その禍根は残念ながら今もイラクに残っていて、国民は分断され、経済を衰退させる原因になった」と述べ、アメリカの占領統治によって宗派間の対立が深まり、今でもその負の遺産に苦しめられているとの認識を示しました。

一方でハムド氏は「イラク戦争はすべての侵略戦争に対する扉を開いてしまった。その先にあったのがロシアのウクライナへの侵攻であり、さらに今後も同じような侵略戦争が繰り返されるおそれがある」と指摘しました。

そのうえで、アメリカによるイラクへの武力行使を止められなかった国連安全保障理事会については「国連安保理は死に体だ。誰もアメリカなど超大国にノーと言えなくなっている」として、国連が機能不全に陥っていると主張しました。

“米国の覇権崩れる 超大国として中国が登場” 専門家

中東情勢に詳しい放送大学の高橋和夫名誉教授は、イラク戦争によって唯一の超大国だったアメリカの覇権が崩れ、この20年で中国という超大国が登場することになったと分析しています。

イラク戦争とその後の20年について高橋名誉教授は「戦争によりアメリカの覇権が壊れ始め、大変なエネルギーを使っている隙に、中国という超大国の登場を用意した時間だった。また中東では地域におけるバランスが崩れ、イランという地域大国が登場し、シリアやレバノンなどに影響力を浸透させることになった」と指摘しています。

また、国連安保理の常任理事国であるアメリカが一方的な武力行使に踏み切ったことについて「ブッシュ政権はイラク戦争を重要な国益だと思って動いたが、核兵器を持った大国が自国の死活的利益が関われば行動を起こす例として、プーチン大統領のウクライナ侵攻についても同じものを見ていると言える」と述べ、ロシアのウクライナ侵攻との共通点を指摘しました。

そして、近年は中東でのアメリカの存在感が低下していると指摘したうえで、長年対立してきたイランとサウジアラビアが中国の仲介で外交関係の正常化に合意したことについて「中国の外交的な勝利だと思う」と述べました。

そのうえで「中国はこれまで汗をかかずに経済的な利益だけを享受してきたが、外交面や、もしかすると軍事面で汗をかく時代に入ったと思う」と述べ、今後、中国が中東での存在感を強めていくという見方を示しました。

“プーチン大統領 イラク戦争持ち出し ウクライナ侵攻 正当化”

2000年に大統領に就任し、「強いロシアの復活」を掲げたプーチン大統領は当初、アメリカで起きた2001年の同時多発テロ事件のあと、国際的なテロとの戦いでアメリカと協調する姿勢も見せていました。

しかし、2003年にアメリカの当時のブッシュ政権がイラクによる大量破壊兵器の開発を主張して武力行使に踏み切ったことに対し、プーチン大統領は強い不信感を示し、その後、アメリカの「単独主義」を批判して対立が続いています。
プーチン政権に近い、ロシアの政府系シンクタンク「ロシア国際問題評議会」のアンドレイ・コルトゥノフ会長はNHKのインタビューで「イラク戦争はロシアにとっても国際社会にとっても重要な転換点となった」と指摘しています。

そして「イラクでは大量破壊兵器も化学兵器も一切見つからず、ロシア指導部にとって非常に重要な教訓となった。すなわち、世界では国際法が常に効力を発しているわけではなく、力のほうが有効だという教訓だ。今の国際的な状況では力で行動しなければならないというロシア指導部の考えに影響を及ぼした可能性がある」と分析しています。

一方、プーチン大統領はウクライナへの軍事侵攻をめぐってイラク戦争を持ち出して対米批判を展開することで侵攻を正当化しています。

侵攻に踏み切った去年2月24日に行った演説では「イラク侵攻は何の法的根拠もなく行われた。アメリカはイラクに大量破壊兵器が存在するという信頼性の高い情報があるとしていたが、あとになってすべてデマで、はったりだと判明した。大きな犠牲と破壊がもたらされ、テロリズムが一気に広がった」として、アメリカこそ国際秩序の脅威になっていると主張しました。

先月21日には軍事侵攻後、初めて行った年次教書演説で「アメリカなどNATOはウクライナの政権に大規模な戦争の準備をさせていた。過去にもユーゴスラビア、イラク、リビア、シリアを破壊したとき二枚舌なふるまいをしてきた」と述べ、イラク戦争にも触れてアメリカを非難しました。

“覇権主義の正体と 大きな危険性あらわに” 中国外務省

イラク戦争の開戦から、20日で20年となったことについて、中国外務省の汪文斌報道官は、20日の記者会見で「イラク戦争は、アメリカがみずからの地政学上のたくらみを実現するために引き起こしたものであり、地域と世界に重い代償を払わせ、アメリカの覇権主義の正体と大きな危険性をあらわにした」と述べ、アメリカを強く非難しました。

そのうえで「各国は手を携えて、覇権主義に『ノー』と言うため、より断固とした、より力強い行動をとるべきだ」と強調しました。