なぜダメなの?TikTok 世界に広がる禁止包囲網

なぜダメなの?TikTok 世界に広がる禁止包囲網
世界で10億人以上の利用者がいる「TikTok」。中国企業が運営するこの動画投稿アプリ、若い世代を中心に日本でもアメリカでも利用が拡大しています。しかし、一方で欧米では政府機関などを中心に使用禁止の包囲網が広がっています。さらにアメリカ政府は、運営する中国の企業にTikTokを中国以外の国の企業に売却するよう求め、応じなければ一般の利用が禁止されるおそれがあるとの報道まで飛び出しています。一企業のアプリをなぜここまで排除しようとするのか。アプリの先に見える複雑な構造を読み解きます。(ロサンゼルス支局記者 山田奈々/ネットワーク報道部記者 太田朗)

ユーザーの3分の2が若者

世界150か国以上で利用可能なTikTok。

中国企業のバイトダンスが運営する動画共有アプリです。

アメリカだけで、これまでに2億1000万回以上のアプリダウンロードがあったとされ、Z世代と呼ばれる10代半ばから20代半ばまでの若者が、ユーザーのおよそ3分の2を占めています。

歌ったり、踊ったりといった娯楽中心の動画が多い印象があるかもしれませんが、最近では、TikTokで、Z世代の若者が歴史や政治を解説するチャンネルや、クレジットカードなどの正しい使い方など金融リテラシーを若い世代に教えるチャンネルも登場。
アプリが浸透するにつれ、使い方も多様化しています。

「透明性センター」をオープン

若者を中心に人気が広がる中、TikTokは、先日、カリフォルニア州ロサンゼルスに新たな施設をオープンしました。

その施設の名は「透明性センター」。
アプリのデータ管理がどう行われているのか、会社のプライバシー規約や投稿内容の管理のしかたなどについて説明する施設で、2023年2月にアメリカメディア各社に公開しました。

アメリカの有力紙、ウォール・ストリート・ジャーナルの記者は自社のユーチューブチャンネルで「ミュージアムの展示とか、国立公園の観光案内所みたいな感じでした」と語ります。

広がるTikTok禁止包囲網

一方で、アメリカでは政府機関や州政府でのTikTok禁止の包囲網が急速に広がっています。

連邦政府の職員が仕事で使う端末でのTikTokの使用を禁止。

サウスダコタ州、ユタ州など、州政府レベルでも全米の半数以上で州から支給された端末でのアプリの使用を禁止しています。
アプリを通じて中国政府に利用者の個人情報などが流出しているのではないかとの懸念からのようです。

さらに、禁止の動きは大学でも。

テキサス大学オースティン校は、大学のWi-Fiにつないだ状態でのアプリの使用を禁止。

2023年3月1日には、ついに、アメリカ議会下院の外交委員会がTikTokの国内での利用を禁止する法案を可決し、法案が成立すれば、1億人を超える利用者に影響が出る可能性もあります。

きっかけは記者の位置情報不正入手

なぜ公的機関や大学で禁止の動きが広がっているのでしょうか。

きっかけの1つとされるのが、データの不正アクセスです。

ことは2022年12月下旬に明るみにでました。

アメリカの経済誌、フォーブスは、バイトダンスの社員が、TikTokの取材を担当している複数の記者の位置情報のデータを不正に入手しようとしていたと報道。

記事を書く記者たちがどのバイトダンス社員と接触したのか、つまり取材源をIPアドレスから特定しようとしたわけです。

バイトダンスはこれを認め、関与した社員を解雇する事態になりました。

禁止には政治的な背景

フォーブスの事案があったにせよ、実際にアメリカのTikTokユーザーのデータが中国政府に流出しているという明確な事実はこの記事を執筆した3月17日時点では示されておらず、会社側は、中国政府による干渉はないと一貫して主張しています。

ではなぜ、アメリカはここまで、TikTokに対して強硬な姿勢をとるのか。

テクノロジー分野の国際的な規制に詳しい、ジョージタウン大学のアヌパム・チャンダー教授は、政治的な背景があると指摘しています。
ジョージタウン大学 アヌパム・チャンダー教授
「アメリカは来年2024年に選挙を控えています。政治家たちには中国に対して強硬だという姿勢を示しておきたいという思惑がある。TikTokの禁止や規制は、アメリカの国家安全保障局が決めたことではなく、政治が決めたことです」

国家情報法への不信感

それでも欧米では情報流出のリスクがメディアでも指摘されている現状。

その根拠とされているのが、中国の「国家情報法」という中国の法律の存在です。

チャンダー教授によりますと国家情報法では「いかなる組織や個人も、国家の情報活動に協力しなければいけない」と定められているといいます。

つまり、国からデータを渡せと言われたら、中国企業はそれに逆らえない可能性があるのです。

位置情報やアプリの利用履歴などを分析すると、利用者の住所や職業などが特定できるとも言われる中、もしアメリカ政府の重要人物や、企業の幹部などの個人情報が中国政府に渡り、それが脅迫などに使われたら、国家の安全保障に関わるという危機感がアメリカにはあるわけです。
アメリカのFBI=連邦捜査局のレイ長官は2023年3月8日に開かれたアメリカ議会の公聴会で、TikTokの危険性について「最終的に中国政府の支配下にあるツールで、国家安全保障上の懸念は明白だ」などと述べたほか、中国政府が、アプリを通じて、台湾問題などをめぐり、アメリカを分断する情報操作を行う可能性があることも示唆しました。

チャンダー教授は、アメリカが抱くこの懸念は、現時点では「もし仮に中国政府がバイトダンスに情報提供を求めたら」という「仮説的なもの」にすぎないとしていますが、アメリカが規制を近い将来、弱めることはないとみています。
ジョージタウン大学 アヌパム・チャンダー教授
「TikTokは、アメリカの利用者のデータが安全だと証明するためアメリカ企業のオラクルのサーバーにデータを保管することにするなど対策を打ち出してきましたが、本当にアメリカで受け入れられるためには、中国企業の傘下から出るしか方法がないと思います」
政治的な思惑も背景に、TikTok包囲網が着々と広がっていくアメリカ。

一方、アメリカ同様若い世代を中心に利用者が多い日本でも、近ごろ投稿される動画の種類が増えていて、利用者層が広がり続けています。

TikTokでビジネスを拡大する企業も

TikTokが日本でサービスの提供を始めたのは2017年。

当初は好きな音楽に合わせて踊るダンス動画が中心でしたが、利用者が増えるにつれて英会話や料理レシピなど動画のジャンルは広がってきました。

特に最近増えているのが、ビジネスの拡大に活用する企業です。

東京・新宿の飲食店では、2022年春からTikTokに動画の投稿を始めました。
動画の内容は店員たちのミニコント。

「居酒屋あるある」などのテーマで思わずくすっと笑ってしまう数十秒の動画を投稿しています。
この店では投稿した動画を見て来店する客が増えているほか、アルバイトの募集をかけたときには一度に500人が応募してきたということで、会社は効果を実感しています。
飲食店経営を手がける FTT 曽根浩伸代表
「SNSでは自分がフォローしているアカウントの投稿を見るのが一般的ですが、TikTokはレコメンド画面に表示される動画を次々に見ていくユーザーが多いため、フォロワーの数はそこまで重要ではありません。投稿した動画を見た人の反応がよければ拡散して多くの人に見てもらうことができます。店舗ごとにインスタグラムやユーチューブも含めたSNSアカウントを作っていますが、TikTokはすぐに大きな効果を出すことができるので、新規出店する店舗では重要な意味を持っています」
広がり続ける日本のTikTok市場。

アメリカのように当局によって利用禁止などの措置がとられる可能性はあるのでしょうか。

個人情報の流出が疑われる場合などに企業に調査や指導を行う国の個人情報保護委員会の監視監督室を取材しましたが、「個別の案件には回答できない」として具体的な話を聞くことはできませんでした。

あらゆるSNSに情報流出の危険がある

では、情報セキュリティの専門家はどう考えているのか。

神戸大学大学院の森井昌克教授に話を聞きました。

SNSは一般的に位置情報から長期間の行動履歴をたどれば、自宅の住所や訪問先、よく会う人物などを特定される可能性があるといいます。

これはどのSNSでも起きうることです。
神戸大学大学院 森井昌克教授
「TikTokに対して中国政府が『国家情報法』に基づいて仮にデータの提供を要請した場合、位置情報や電話番号が政府に提供される可能性があり、アメリカ資本のSNSよりもこうしたリスクは一段高いといえます。ただ、それで仮に個人情報が流出しても政府関係者などを除けば利用者の大半は大きな影響がないでしょう」
TikTokに限らずあらゆるSNSは個人情報を収集していることは周知の事実です。

森井教授はSNSというものが流出の危険がついてまわるものだということを利用者は意識しなければならないと指摘します。

そのうえで、自分は利用しても大丈夫なのかどうか、一人一人が自分で判断できるようにITリテラシーを高める必要があると話します。

スマホの中でも米中が覇権争い

全面的な利用禁止も議論されているアメリカの状況について、森井教授は「政治的アピールの側面が強く、実現する可能性は低い」として、「アメリカの動きに日本が追随する必要はない」と指摘しました。

どちらかといえば個人情報に敏感な日本に対して、おおらかな印象のアメリカがなぜ先行して締め出そうとしているのか。

ここに米中の覇権争いという本質が見えてきます。
中国は独自の経済圏を構築し、アメリカを越える強い国を目指しています。

一方、アメリカのバイデン政権は2022年10月に発表した国家安全保障戦略で、中国を「国際秩序を変える意思と能力を兼ね備えた唯一の競合国」と位置づけ、抑止力を構築するとしています。

「政治」と「経済」が分離して経済の面から豊かさを求めることができた時代は過ぎ去り、経済は政治と切り離せない関係になっています。

中国の企業がスマホアプリで稼ぐことそれ自体が「国際秩序を変える」ことにつながると政治は受け取り、大きな規制の動きにつながっているのではないでしょうか。

多くの利用者を抱えるSNSで主導権を握るのはアメリカか中国か。

私たちのスマホの中で繰り広げられる覇権争いは今後も続きそうです。
ロサンゼルス支局記者
山田奈々
2009年入局
長崎局、経済部、国際部などを経て現所属
ネットワーク報道部記者
太田 朗
2012年入局
神戸局、大阪局、経済部を経て2022年から現所属